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愛の溢れる終末世界

 

「『奴ら』の数はどう?」

「んーとねー。さっきより二人くらい増えてる、かな」

「そう。……愛の溢れる世界だね」

「んー? それを言うなら『愛の溢れる終末世界』じゃない?」


「じゃ、僕はそろそろ食料調達に行ってくるよ。何か欲しいものはある?」

「あたしも一緒に行く」

「ここにいときなよ。ゾンビなんて見ても面白くないだろうし……」

「危ないだろ? とは言ってくれないんだ」

「…………」

「君に言われなくても『分かってる』よ。なんならあたし、ゾンビの中を素っ裸で歩いてもいいくらい」

「それは……やめなよ」

「噛まれちゃうから?」

「…………」

「嘘でもいいからそうだって言ってほしかったなあ」

「ごめん……」


「ショッピングモールとうちゃーくっ!」

「あんまりはしゃがないようにっていつも言ってるのに……。ほら、『奴ら』がこっち見てる」

「でも全然近づいてこないじゃん? マネキンみたい」

「それは……」

「来てくれてもいいのになー」

「……やめなって」

「ねえ、噛みに来てよ。あたしはここにいるよ。ねえ……ねえっ!」

「やめなって!」


「――――あのさあ、そっちにチョコレートない? できればアルコール入りのやつ」

「いや。……クッキーならあるけど」

「チョコレート食べたいなあ。冬なのに売ってなかったのかな。それともゾンビたちがぜんぶ食べちゃった? バレンタインといえばチョコだし」

「…………」

「愛の溢れる終末世界だねー。あ、チョコが売り切れでもココアの粉末は残ってるかな?」

「さあ……」


「――……ねえ」

「ん?」

「政府が言わなかった……ていうか政府が言う前に世界が終わっちゃったんだけど、やっぱりあの話って本当だよね」

「……愛する人に、ってやつ?」

「うん。あれ本当だと思う。って言ったら『まだ生き残ってる君』に失礼だけど」

「……」

「いや分かんないよ、今後君も噛まれるかもしれないし!」

「そっちの意味の『分かんない』なんだね」



【プラナウイルス】

 20××年に発見された新型ウイルス。なお、「マリッジリングウイルス」はプラナウイルスの俗称である。


 主な感染経路は『感染者に噛まれる・引っ掻かれる』であり、空気感染した例はない。

 患者は感染後、発熱・吐血等の症状を訴え四十八時間以内に死亡する。

 死後、感染者は蘇り――いわゆる『ゾンビ』として『獲物』を求めて活動する。移動速度にはかなりの個体差があり、歩くのも難しい個体から、生前同様走ったりジャンプしたりする個体まで存在する。

 世に氾濫しているパニック映画のような話ではあるが、このウイルスの感染者――ゾンビの求める『獲物』だけは特殊である。


 彼らは、生前自分が『最も愛していた人間』だけを攻撃する。


 ここでの『愛』は恋愛にとどまらない。また『最も』としたが、愛していた人間が一人だとも限らない。

 たとえばゾンビ(化した感染者)が、生前愛していたのが四人の家族ならば、四人は平等に噛みつかれる。我が子に『だけ』愛情があったのであれば、そのゾンビは子供のみを攻撃し、配偶者には目もくれない。家族よりも恋人(友達)を愛していたのならば、その恋人(友達)のみが攻撃対象となり家族は生き残る。

 ゾンビ化した患者は『生前愛していた人間』を獲物として探し、徘徊する。そうして獲物に噛みついた後はその場からほとんど動かなくなり、第三者へ噛みつきにいくこともない。立ち尽くし、身体が腐り果てるのを待つだけの存在となる。この状態を『人形』と呼ぶ。


 人物AとBが相思相愛で、Aがゾンビ化したとする。その際、次に攻撃されるのは間違いなくBである。感染したBはゾンビとなるが、攻撃対象(最愛の者)Aは既にゾンビ化しているため、AもBもそのまま『人形』となる。


 夫婦AとBのうち、夫Bが女性Cと不倫していたとする。仮に夫Bが女性Cと本気で恋愛をしているのであれば、夫Bがゾンビ化した際に襲いに行く相手は、妻Aでなく不倫相手Cである。不倫相手Cが、Bはただの遊びで、本当は家族が一番大事だと思っていた場合、Cは感染後、家族のもとへと向かう。


 また、愛する者がいない人間は死後一度も徘徊せず、即座に『人形』となることが確認されている。


 ほとんど動かないゾンビすなわち『人形』は、近づいても問題はない。逆に、活動しているゾンビは攻撃対象(最愛の者)を探している状態であるため、ゾンビの顔に見覚えがある場合はもちろん、見覚えがなくとも充分に注意する必要がある。

 あなたが相手を最愛だと思っていなくとも、相手があなたを最愛だと思っていれば攻撃される。

(※ゾンビたちのこの奇妙な習性により、芸能人は一般人よりも危険だとされている。ファンに攻撃されて感染した芸能人の被害件数は現在集計中である)


 もしもあなたが感染し、最愛の者がまだ生きている場合。

 あなたは、その人間の元から一刻も早く離れるべきである。



「――お母さんが噛みつかれてさ、次はあたしの番だ、あたしも死んじゃうんだーって泣くじゃない。でもお母さんは『人形』になってさ、一人娘のあたしは放置。……泣いちゃうじゃない、違う意味でさ」

「…………」

「学校に行って、変わり果てた同級生に出会っても、だーれもこっちに向かってこないの。あたしこれでも高校がっこうではいい子にしてたし皆から好かれてたんだよ? ……でもさ、八方美人って誰かの一番にはなれないんだ。誰からも好かれて、でも誰からも愛されない」

「…………」

「ねえ、最低な事言っていい?」

「なに」


「あたし、誰かに噛まれたい」


「…………」

「やだなあ、そんな顔しないでよ。悲壮すぎるって」

「君が言ったら冗談に聞こえないから」

「だって冗談じゃないもん」

「…………」

「だからその顔ほんとやめて。こっちが泣いちゃいそう」

「……何を言えばいいか」

「お互い様でしょ。……あ、ココア! しかもこれ高いやつだよ、パンホーテン」

「よかったね」

「君の分もいれたげる。寒いしホットがいいよね」

「え、いや僕は」

「いいから受け取りなよ。今日バレンタインでしょ」

「…………」

「ごめん、もちろん義理」

「だろうね」

「でもホワイトデーは期待してるから! 三倍返しで!」

「もちろん返すよ、生きてたら」

「……一か月後に生きてるのと死んでるの。どっちがいいだろね」

「…………」

「死んだ方がマシなんて、誰が言いだしたんだろうねえ」


「……朝倉さん」

「なあにー、神林くん」

「どうして、僕と一緒に行こうなんて思ったの?」

「んんー? だってもう『あたしを愛してくれてた人』なんて、あの場には誰一人いなかったし。でももしかしたら――地球をぷらぷら歩いてたら、世界の端っこに一人くらいはいてくれるかも、なんて」

「……その人に噛まれたいの? 噛まれにいくの?」

「深刻な表情してくれるねえ。君だって似たようなもんでしょ。遠距離恋愛中の彼女――最愛の人に会いに行くってことは、自ら感染する確率をあげてんだよ? 再会した瞬間にガブリの可能性大。ショーキのサタとは思えませんなあ」

「こんな世界で、恋人に会いたくなるのは自然だよ」

「でも、死ににいくのは不自然だと思ってるんでしょ?」

「…………」

「ねえ。もしかしてすごい勘違いされてるかもしれないけど。あたし、別に死にたいわけじゃないんだ」

「……うん」

「ただ、――……誰かに愛してもらいたかっただけ」



「暗くなってきたし、そろそろ寝床に戻ろうか」

「んー。……あれ? さっきまであんなところにゾンビいたっけ?」

「いや。誰か探してるみたいだな、徘徊してる」

「おーい、朝倉さんはここにいるよー! 探し人ってあたしじゃなーい!?」

「ちょ、ちょっと!」


「……あーあ、行っちゃった。ってなにその顔」

「いや……」

「嬉しそうな顔してくれるねえ。その分残酷だよ、神林くん」



「あのゾンビは誰を探してるんだろう」

「さあねー。でもなんか、必死そうだったなあ」

「確かに。僕らには見向きもしなかったし」

「すんごく大切な人を探してるんだろうねー」

「……うん」


「――ほんと、愛の溢れる終末世界だねえ」



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