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静寂

 咲は北島の聴取以来、学校も休みがちになり、部屋に閉じこもるようになってしまっていた。直感で自分が連続殺人事件に関わりがあると感じていたのである。

 咲は戒に自分の部屋に外側から鍵をかけるよう頼んだが、戒は第二の事件発生時に学校にいた咲が事件に関われるはずがないと、咲の要求を断った。しかし、不安が拭い去れない咲の様子を見て戒は、玄関に戒しか持たない鍵を取り付け、夜間施錠することで咲は納得した。


 七月の初め、一週間学校に出てこなかった咲の様子を心配した里絵は、次の週から毎朝咲を迎えに来ていた。

「咲、学校行こう」

 インターホンが鳴ると同時に玄関のほうから、いつものように里絵の声がした。

「おはよう、里絵ちゃん。いつもありがとうね」

「いいえ、良いんですよ」

戒は玄関の扉を開け、里絵と挨拶を交わした。

「咲、今着替えているから中で待っていてよ」

戒は家の中に里絵を招き入れた。すると、咲の部屋からはドタドタと慌しい物音が聞こえてきた。そして、その音が止み部屋が静かになると、バタンっと大きな音を立て、部屋のドアが開いた。

「ごめん、里絵。遅くなった」

咲の必死な顔を見ると、戒と里絵は目を見合わせ、声を上げて笑った。

「何よ?」

遠慮なく笑う二人を見て、咲は頬を膨らまして怒った素振りを見せた。

「ごめん、ごめん。だって、咲があまりにすごい顔で出てくるから」

里絵はお腹を抱え、笑いながらも慌てて弁解した。

「じゃあ、行こうか」

里絵は息を落ち着かせて言うと、咲は小さくうなずいた。

「じゃあ、お兄ちゃん。いってくるね」

「ああ、気をつけて」

 少し遅刻しそうだった二人は、家を出ると学校まで駆け足で向かった。

「咲ちゃん、里絵ちゃん、いってらっしゃい」

近所のおばさんに声をかけられると、その都度足を止め、

「いってきます」

二人は声を合わせて答え、会釈をした。

「また付いてきているよ」

 突然里絵が立ち止まり、後ろを振り向くと、人影が路地裏に入り込んだ。

「うん。この前、家に来た刑事さん。たぶん私が事件と何か関わりがあるんじゃないかって監視しているの」

咲はそう言うと、里絵の肩に手を置き、

「さぁ、遅刻しちゃうよ」

里絵の身体を前に向かせると二人は再び走り始めた。

 学校では咲の様子を気遣って献身的に接してくれる学生が多いが、少しおかしな子として、忌み避ける学生も増えていた。

 その視線を感じると咲は時折悲しい気持ちがこみ上げてきたが、良くしてくれる仲間たちの前では決して笑顔を絶やすことはなかった。

「咲、帰ろう」

 授業が終わると、咲と里絵は一緒に学校を出た。相変わらず咲を監視している刑事の姿を見て、

「このままでいいの? 何にも悪いことしていないのに監視されるなんて不快じゃない。しかも、あんなバレバレの尾行」

里絵は咲に不満を漏らした。

「ボディーガードが付いていると思えばいいって、お兄ちゃんが」

咲は苦笑いをすると、里絵は納得いかない表情を浮かべた。その表情を見た咲は里絵の頬をつねると、ニコッと笑いかけた。その顔を見た里絵は不気味に笑うと、

「撒こうか」

咲の手をとり、全力で走り始めた。そして、途中狭い路地に入ったり、民家の庭を横切ったりと走り回った。

 咲は監視している刑事のことを気にかけながらも、引っ張られるがままに、時には里絵追い抜いて引っ張りながら夕暮れの中をはしゃぎながら走っていった。

 二人が膝に手をつき、息を切らしていると、刑事が付いてきていないことに気がついた。

「やったね」

里絵は息を切らしながら言うと、咲に小さくピースをした。咲はそれを見ると、満面の笑みで応えた。

「いつも通りの咲だ」

里絵がホッとした表情を浮かべると、咲はそっと微笑んだ。

「心配かけてごめんね」

「ううん。それより、随分遠回りになっちゃったね」

「まぁ、たまにはいいんじゃない」

二人は息を整えながら、戒のマンションへとゆっくりと歩いていった。

 二人がマンションの近くまで来ると咲は急に立ち止まり、赤く染まった空を見上げた。

「どうしたの、咲?」

里絵が心配しながら声をかけると、

「私、明日から一人で学校行くね」

咲は里絵に微笑みかけた。

「何で? 一緒に行こうよ」

「ううん。里絵に引っ張られたり、お兄ちゃんに押されたりしてじゃなく、自分の足で歩きたいから」

「無理しないでね」

 里絵は咲の強い意志を持った目を見ると、小さくうなずき微笑み返した。咲は笑みを浮かべながら深くうなずくと、里絵の背中をポンッと叩き、再び歩き始めた。すると、いつも二人が帰ってくる道から、咲を監視していた刑事が歩いて戻ってきた。

「あっ」

二人が声を上げて指差すと、その刑事はスッと電柱の陰に隠れた。

「あの刑事、ドラマの見すぎだよね。もうバレバレだって」

里絵が呆れ顔でその刑事に聞こえるように大きな声で言うと、

「かわいいじゃん」

咲は赤ん坊のようにクシャクシャな顔をして笑いながらその刑事に軽くお辞儀をした。

「ありがとね、里絵。じゃあ、明日学校で」

咲は里絵に手を振りながらマンションの階段を上っていった。里絵は咲が家の中に入るのを確認すると、電柱に隠れている刑事に向かってニヤリといやらしく満面笑みを浮かべて、大きく手を振って帰っていった。

 

 咲が一人で登校するようになって二週間が経った。学校では期末テストも終わり、後は夏休みを待つだけとなっていた。

「咲、夏休みどこか行こうよ」

「そうだね、お兄ちゃんに頼んでおくね」

 心配していた夢遊病の症状も七月に入ってからはほとんど現れず、咲の精神状態は安定し始めていた。そのため、授業が終わると咲と里絵は下校しながら旅行の計画を立てていた。

「咲って、お兄ちゃん大好きだよね」

「うん」

「それって、恋愛感情で?」

満面の笑みで答える咲の顔を見て、里絵は咲の顔を窺いながら尋ねた。

「ううん、違うよ。お兄ちゃんとしてだよ」

咲は頬を赤らめ、慌てた様子で大きく首を横に振った。

「戒さんも同じ気持ちかな?」

里絵が少しうつむき加減で続けて言うと、

「当たり前でしょ。バカじゃないの?」

咲は怒鳴るような強い口調で言い放った。

「ごめん、そうだよね。当たり前だよね」

「そうだよ。当たり前だよ」

咲はカバンで里絵の腰を叩き、微笑んだ。

「さぁ、帰ろう」

二人ゆっくりと歩き始めた。

 それからしばらく、二人の間に妙な雰囲気が立ち込め、沈黙が続いた。

「戒さんって恋人いるのかな」

唐突に言う里絵の頬が赤らんでいるのを見て、

「えー」

咲は驚きのあまり声を上げた。

「ふ、深い意味はないよ」

手をまごつかせながら、弁解するかのように慌てた様子で言う里絵を見ると、咲はクスッと笑った。

「旅行、お兄ちゃんも誘おうね」

咲は里絵の肩に手を置き、優しく微笑みかけた。

「うん」

里絵は照れた表情を浮かべながら微笑み、咲の一歩前を歩いていった。

 咲は夕焼けに染まる里絵の頬を後方で穏やかな顔をして見つめていた。

 家に帰ると、咲は夕飯の準備をし、戒の帰りを待った。そして、戒が帰ってくると一緒に夕飯を済ませた。

「どうした?」

戒は、何だかそわそわしている咲を見て尋ねた。すると、咲は里絵との旅行の計画について話し始めた。

「お兄ちゃんも一緒に行こう」

咲は少しニヤつきながら誘った。

「……そうだね。高校生二人だけは心配だから、一緒に行こうかな」

しばらく考えた後、戒は小さくうなずきながら答えた。

「やった。じゃあ、早速里絵に電話するね」

そう言うと、咲は急いで里絵に電話をかけに行った。戒はうれしそうにはしゃぐ咲を見て、優しく微笑むと、ゆっくりと席を立ち、夕飯の片づけを始めた。

 その日の夜、部屋で眠っていた咲はどこから聞こえる物音に目を覚ました。

(お兄ちゃん、まだ仕事しているのかな)

咲は頭の中でつぶやくと、音を立てないように静かに部屋を出て行った。そして、リビングにほのかに灯りが点っているのを見ると、咲は足を忍ばせて近づき、そっと覗き込んだ。すると、リビングでは酒を飲みながら、悲しそうにうつむく戒の姿があった。

「哀、俺はどうすればいい?俺はまたしても君を……」

戒の口から哀の名が出た瞬間、またもや咲の心に悲しみが溢れ出した。

(この感じ、前にもあった)

胸を押さえながら壁にもたれ掛かった咲は、

(逃げちゃだめ)

と、必死に自分に言い聞かし、再度戒のほうに注意を向けた。

「奴にだけは君を渡せない」

戒はそう言うと、グラスを空け、テーブルに伏してしまった。

(お兄ちゃん、哀さんのことを知っている?)

一つの疑問が咲の頭を過ぎった瞬間、

「もう、苦しまないで」

咲は無意識のうちに言葉を発した。咲は自分の口から自然と発せられた言葉に驚いた。そして、その言葉と同時に自分のものとは別の感情が溢れてくるのを感じ、不安を覚えた。

(誰の想い? 哀さん?)

さまざまな感情が自分の感情と交差し、胸が苦しくなってきた咲は、覚束ない足取りで部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。


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