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再生

 カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました咲は、時計を見るなり飛び起きた。

「何で起こしてくれなかったのよ。今日は学校あること知っているでしょ」

咲はドタバタと音を立てながらリビングに向かうと強い口調で戒に言った。

「昨日倒れたんだ。今日は休んだほうがいい」

朝食を並べていた戒は困った顔をして答えた。

「大丈夫よ」

咲は並べられた朝食からパンを一枚咥えると、そのまま学校へ行く支度を始めた。

「こら、咲。行儀が悪いよ。座って食べなさい」

「仕方ないでしょ」

咲は支度を終え、制服に着替え終わると、食卓に用意されていた牛乳を一気に飲み干した。そして、お気に入りの白いコートを羽織ると、

「いってきます」

咲は飛び出すように家を出て行った。

「気をつけて行けよ」

戒は玄関から顔を出すと、大きく手を振って咲を見送った。

「はーい」

咲は戒のほうを振り返ると、大きく手を振りながらマンションの階段を降りていった。

 雲の隙間から穏やかな日が差し込む月曜の朝。ごみを出し終え、顔を合わせた近所のおばさんたちが世間話をし始めるその横を、咲は白いコートをはためかせて走って行った。その様子は、まるで羽を羽ばたかせる鳥のように見えた。

「今日もお寝坊した天使ちゃんが駆けてゆくわよ」

「本当ね」

おばさんたちがクスクス笑いながら話をしていると、その様子に気づいた咲は、

「いってきます」

恥ずかしそうに笑いながら大きく手を振った。咲のぎこちない笑顔を見ると、おばさんたちも微笑みながら、

「いってらっしゃい」

小さく手を振り、咲を見送った。

 校門前の大きな水溜りを飛び越えると、咲は勢いよく校舎内へと走って行った。すると、下駄箱では、ちょうど咲の友達が上履きに履き替えていた。

「おはよう、里絵」

「おはよう」

咲が声をかけると、里絵は振り向き笑顔で答えた。

「身体は大丈夫?」

「うん。心配かけてごめんね」

二人は話しながら歩いて教室へと向かった。そして、咲が教室の扉を開けると、

「咲、おはよう」

数人の女子が咲を囲んだ。

「はい、そこ。席に着きなさい。それに春日さんと菅谷さん、遅刻ですよ」

出席を取っていた担任が二人を指差し、注意を促した。

「はい、すみません」

咲たちは互いに顔を見合わせると、笑いあいながら席に着いた。そして、いつもと変わらない穏やかな時間が過ぎていった。

 放課後、夕陽が教室に差込みグランドでは部活で賑わう声が聞こえる中、咲は教室に残って欠席していた分の授業ノートを里絵に借り、里絵に協力をしてもらいながら書き写していた。

 すると、教室後方の扉が開き、女子数人が入ってきた。咲とはあまり気の合わない女子であるため、教室内は少々重苦しい雰囲気に包まれた。

「最近いい事ないんだ」

「でもまぁ、家族が死ぬよりましなんじゃない」

「だよねぇ」

何の前振りもなく突然咲を中傷して笑いあう女子たちに腹を立て、里絵は彼女たちを睨みつけ、席を立った。

「今日はここまで。里絵、帰ろう」

咲も同時に席を立ち、里絵に微笑みかけた。そして、帰りの支度を終えると、咲は彼女たちと目を合わせることなく静かに教室を出て行った。

 学校を出ると、重苦しい空気の中を二人静かに歩いていった。終始怒りと悲しみの二つの感情を併せ持ったような複雑な表情を浮かべる里絵に、

「ありがと、私のために怒ってくれて」

咲は優しく微笑んだ。里絵はその笑顔を見る負の感情で満たされた自分の心を恥ずかしく思った。、

「ううん。私のほうこそごめんね」

里絵は慌てた様子で笑顔を作り、笑顔で答えた。

 それからは他愛のない話をしながら笑いあい、二人は帰っていった。

 咲は家の中に入ると、暗い面持ちで夕飯の支度をし始めた。そして、先に食事を済ますと、咲は風呂を沸かしに風呂場へと向かった。すると、玄関の扉が開く音がした。

「お兄ちゃん」

待っていたと言わんばかりに笑顔で迎える咲の姿に驚いた戒は、

「どうした? 何かあった?」

目を丸くして尋ねた。

「ううん、何でもないよ。おかえり」

笑顔で答える咲を見て、戒は優しく微笑みながら小さくうなずいた。

「ただいま。で、学校は楽しかった?」

「うん」

 食卓に着いた戒に夕飯を出しながら、咲は今日あった学校の話をした。もちろん、放課後の話だけは除いてである。

「お兄ちゃん、先にお風呂入る?」

 一通り話し終えると、咲は時計に目を遣りながら尋ねた。

「ううん。まだ食べているから、先に入っていいよ」

「じゃあ、先にお風呂入るね。後片付けよろしく」

戒の返事を聞くなり、咲はニヤリと笑って逃げるように風呂場へと向かった。

 戒は食事を終えると、渋々夕飯の後片付けを始めた。そして、何事もなく夜は静かに更けていった。

 

 咲が普通に学校に登校するようになって数日が経ち、ようやく平穏な日常が取り戻せつつあった。

「お兄ちゃん、いってきます」

「いってらっしゃい。気をつけて行けよ」

「はーい」

エプロン姿の戒に見送られると、咲はいつものように時間ぎりぎりに家を出て行った。

「うわぁ、雨すごく降っているよ」

咲は空を見上げると傘を開き、鼻唄混じりのステップで水溜りを飛び越えながら、学校へと向かった。

 学校に着くと咲は上履きに履き替え、教室へと向かった。

 あの事件以来、学校では数人の女子が咲のことを死神と呼び、忌み嫌う様が見られた。しかし、それ以上に皆が優しく接してくれたおかげで、咲は笑顔で学校生活を過ごすことができていた。

「おはよう」

咲がいつものように笑顔で教室の扉を開けると、

「おはよう」

笑顔とともにクラスメイトの声が返ってきた。咲はニコニコ微笑みながら自分の席へと着いた。そして、授業を受け、放課になると友達とおしゃべりをし、時々は居眠りと、いつも通りの時間を過ごすと、最後のチャイムが鳴り今日も何ごともなく終わりを迎えた。

 放課後になると、咲は教室に残り、里絵とおしゃべりをして過ごしていた。

「ちょっとトイレにいってくるね」

里絵が教室を抜けると、咲は教室に一人となった。すると、咲を嫌う女子たちが教室に入ってきた。

 また後ろのほうで嫌なことを言われると思った咲は、帰る支度を整え、静かに里絵が戻ってくるのを待つことにした。しかし、いつもとは様子が違い、女子たちは咲の周りを取り囲んで腕を組み、座っている咲をジッと見下した。

「なに?」

咲が震えるような声で優しく微笑みながら尋ねると、

「死神さぁ、消えてくれない。あなたのせいで周りの不幸が絶えないのよ」

咲の正面に立っていた、髪は坊主にし、女性の割には随分大柄の女子が、咲を睨み付けながら言った。身に覚えのない咲は、当然のことだが目を丸くした。すると、彼女の合図で周りの女子たちが、

「あなたのせいで彼氏と別れた」

「怪我して大会に出られなくなったじゃない。あんたのせいよ」

などの理不尽な文句をぶつけつつ、咲に平手打ちをした。

「何でこんなことするの?」

頬を赤くした咲が涙目で尋ねると、咲の後ろで終始うつむいたままであった一人が、咲の横にやって来た。、

「あんたのせいで家のペットが死んじゃった。ねぇ、返して。返してよ」

その女子は強く咲を突き飛ばした。すると、咲は椅子ごとその場に倒れこんだ。

「あなたたち何しているの?」

椅子が倒れる音を聞いた里絵は慌てて教室の扉を開け、咲のもとへと駆け寄った。

「咲、大丈夫?」

里絵が咲の身体を起こすと、頬を腫らした咲は息を荒くして放心状態となっていた。

「何かやばくない? 様子が変だよ?」

一人が大柄の女子の耳元で囁いた。そんな中、咲は焦点の合わない目で辺りを見渡していた。

 咲は先日の雨の日と同様、また記憶の錯乱を起こしていたのである。

 

『何でこんなことするの? 何が楽しいの?』

 空き地には女子高生が数人立っていた。中心にいる女子は震えながらも周りの女子を睨み付けた。

『生意気なんだよ。いちいち鼻につく態度しやがって』

長髪で長いスカートのリーダー格の女子が彼女を突き飛ばすと、彼女はその場に倒れこんだ。すると、手の着いた先には割れたビール瓶があり、彼女は手を切ってしまった。

『やばくない?』

隣に立っていた一人が言うと、

『い、行くよ』

リーダーの声で女子たちは足早に立ち去っていった。

傷を押さえてうずくまる彼女のもとに一人の男子高生が駆け寄った。

『中村』

彼はハンカチを取り出すと、彼女の傷口に巻きつけた。

『もういいよ。俺のことは放っておけばいいよ』

『私は平気よ。あなたがいるもの』

涙を浮かべながら言う彼の頬に手をあて、彼女は優しく微笑みかけた。まるで天使のようなその笑顔に心を包まれた彼は、真っ直ぐな涙を流し、小さくうなずいた。

 

 我に返った咲は、自分の手から血が流れていることに気がついた。

「いやぁー」

咲は悲鳴を上げると、その場で意識を失った。すると、女子たちは逃げるように立ち去った。

 里絵はパニック状態で身体を震わせながらも咲をゆっくりと横にすると、急いで職員室へ先生を呼びに行った。

 目を覚ますと、咲は保健室のベッドにいた。不思議なことに職員が駆けつけたときには、傷口はもう塞がっていたため、また、学校側はあまり騒ぎにはしたくなかったため、病院には運ばなかったのである。

「咲?」

咲は聞きなれた声を聞き、ふと横を見るとそこには戒と里絵が座っていた。

「お兄ちゃんも里絵も心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」

咲はいつものように笑顔を作ると、ゆっくりと立ち上がった。

「こんなところ早く帰って、家でゆっくり休もう」

戒は咲を背中に抱えると、険しい顔をして保健室を出て行った。里絵は咲のカバンを持つと、二人の後ろをついていった。

 三人が廊下を歩いていると、咲の担任が前から歩いてきた。

「川本さん、もう大丈夫なの?」

「はい。心配かけてすみません」

咲が小さく頭を下げると、

「明日、病院で検査を受けさせます。咲を傷つけた連中の処分のほうを宜しくお願いします」

戒は険しい表情で言い放った。そして、里絵からカバンを受け取ると、二人は家へと向かった。

 戒がマンションの玄関を開けると、電話が鳴っていた。

「部屋で休んでなさい」

戒は咲にそう言うと、急いで受話器を取った。

「はい、春日です。あ、どうも。えっ、それで?」

難しい顔をして話をする戒の様子を気にしながら、咲は部屋へと入っていった。そして、咲は制服からパジャマへと着替えると、戒が電話を終えるのをベッドの中で待った。

 しばらくすると、戒が話し終え、受話器を置く音がした。すると、真っ直ぐ足音が咲の部屋へと近づいて来た。

「咲、入るよ」

「うん」

部屋のドアを開け、中に入ってくる戒の顔は曇っていた。

「どうしたの? 誰から?」

咲が尋ねると、戒はゆっくりと口を開いた。

「北島刑事からだよ。今日の夕方に殺人事件が発生したらしいんだ」

「それで、どうして家に電話がかかってくるの?」

咲が当然の疑問を戒に問いかけると、

「被害者の胸には鳴海さんのものと同じ刺青があって、鳴海さんと同様に文字を断ち切るように刃物の跡があったらしい。それで、警察は今回の事件を連続殺人事件として捜査するそうだ」

戒は咲の目を見て答えた。鳴海は狙われて殺されたことを知り、咲は困惑し、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。

「咲は何も心配することないよ。とりあえず今日はもうお休み」

戒は優しく声をかけ、静かに部屋を出て行った。

 真夜中、夕飯も食べずに眠ってしまった咲はお腹を空かしていた。そして、何か食べるものはないかとキッチンへと向かった。すると、戒が電気も付けずにリビングで酒を飲んでいるところを目撃した。

 咲は声をかけようとしたが、戒は泣きながら何か言っていることに気づき、よく耳を澄ました。

「俺はバカだ。同じ過ちを繰り返して。すまない、哀」

哀という名前を聴いた瞬間、咲の心の内から切なさがこみ上げてきて、瞳から涙が溢れ出した。

(なに、この想い? 止まらない)

咲は壁をつたいながらどうにか部屋に戻ると、ベッドに潜り込み、溢れる涙を止めることなく、泣き明かした。

 数日後、咲をいじめていた女子たちのうち、リーダー格である大柄な女子と咲を突き飛ばし、怪我をさせた女子の二名は退学処分となり、残りのものも一ヶ月の停学処分が言い渡された。少し厳しすぎるのではないかという周囲の反応も見られたが、二度と同じようなことが起こらないためにと、厳しい処分が下された。

咲は念のため精密検査を受けたが、どこにも異常が見られなかった。手の傷もすでに完治しており、倒れた際にどこかで切ったのだろうとされた。

 咲はここ数日間、戒に哀という名の人物のことを幾度か尋ねようとしたが、戒の涙が思い出され、どうしても聞けずにいた。


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