連続殺人
六月の半ば、梅雨に入り今日も一日中雨が降り続いていた。しかし、東京の街は人が途絶えることなく、夜になっても色とりどりの傘が街を埋め尽くしていた。そんな中、
『ドスッ』
鈍い音と共に一人の男性が交差点の真ん中に倒れこんだ。
「どうかしました?」
通りがかった学生が身体を揺すったが、男性は身動き一つせず、眠っているかのように目を閉じて安らかな表情を浮かべていた。何度も身体を揺すってみせると、学生はその男性の胸から何かが流れ出ていることに気がついた。
「うわ、血だ」
学生が後ろに倒れながら声を上げると、
「きゃあー、人殺しよ」
その後ろにいたOL風の女性が悲鳴を上げた。
(間に合わなかった。これで三人目。 ……時間がない)
白いコートを羽織った少女は息を切らし、ひざに手をついた。そして、息を整える暇なく人々の目に触れぬよう去っていった。
野次馬たちが集まり騒いでいたが、誰かが救急車と警察を呼んだために間も無くその場は警察によって取り締まわれた。警察はすぐさまテープを張り、野次馬たちを事件現場から遠ざけると、同時に交通規制もされた。
「北島刑事」
一人の刑事が駆け寄ると、被害者の倒れていた場所で合掌していた中年の男性が腰を上げた。少し白髪がかったその男は、いつも茶色いロングコートを着ており、古風な人間の持つ独特な風格のようなものを備えていた。
「被害者の名前は西脇ひさし。クロウドカンパニーというコンピュータ開発の会社に勤める四十八歳の男性で、一人暮らしの独身。鑑識の報告によりますと、被害者の左胸には前の二件と同様刺青のような文字があり、今回も文字を断ち切るかの如く刃物が刺さった跡があったそうです」
報告を聞くと、北島は面倒くさそうな表情で頭を掻いた。そして、
「これで三件目か。それで、目撃者の証言は聞けたか?」
と、目撃者が乗せられている車に目を遣りながら尋ねた。
「はい。第一発見者によると、被害者は誰かとぶつかった後に突然倒れたようです。他の目撃者からも同様の証言が得られました」
北島は手帳を取り出し、報告をメモし始めた。
「顔を見た者は?」
「一瞬のことだったそうで、誰も見ていないそうです。 ……ただ、そのすぐ後で白いコートの少女が走り去るのを見た者がいます」
白いコートという言葉を聞くなり、北島は表情を曇らせた。
(白いコート? まさかな)
北島はコートの内ポケットから煙草を取り出すと、火をつけ、大きく一息吸った。
「交通整理と現場検証に必要最低限の人数を残して、他の者は一旦署に戻るよう伝えてくれ。署のほうで報告を聞いた後に捜査指示を出す」
警視庁においての経験と実績を評価され、本部よりこの事件を全面的に任せられていた北島はそのように指示を出すと、車に乗り込んだ。
「目撃者はどうします?」
立ち去ろうとする北島に刑事が尋ねると、
「今日はもう帰って頂け。その際、連絡先を聞いて、後日詳しい話を聞きに伺うと伝えておいてくれ」
北島は答え、車を走らせた。
署に戻り、一通りの報告を受けた北島は、
「事件当時被害者と接触を持ったと思われる人物と白いコートの女性の特定、刺青の意味の捜査、ここ最近の被害者の様子の調査に分かれて捜査を行う。捜査員の割り振りは紙に書いてあるとおりだ。鑑識は凶器の特定を急いでくれ」
集まっている者たちに指示を出すと、ゆっくりと立ち上がった。
「北島さん、どちらに?」
「少し気がかりなことがある。何かあったら電話をしてくれ」
北島はそう言うと、コートを手に取り会議室を出て行った。




