貴方の幸せを願う
ボーイズラブのタグがありますが、男の子同士の恋人のようなイチャイチャした描写はありません。
同性愛者について少し描写がある程度です。
「不毛だよ」
友人のその言葉に苦笑を漏らす。
友人は少し怒ったように眉根を寄せて、アイスティーの入ったグラスを持ち上げた。
赤いストローを咥え、一口ごくりと飲み込むとドン、とグラスをテーブルに置いた。
「すごいと思うけどね、三年間もずっと気持ちが続くなんて。だけど望みがないのにこのままその気持ちを持ち続けるの?」
「わかってるよ、不毛なことぐらい。でもね、好きなの。彼が、好きなの」
私の返答に友人は口を噤み、一つ溜息を吐く。
次いで、誰に言うでもなくポツリと呟いた。
「辛いね、恋って」
それは私の事でもあり、また友人自身のことでもあるのだろうと、窓越しに見える飛行機雲も眺めながらなんとなく思った。
*
私、篠塚幸は今恋をしている。
高校二年生に気持ちを自覚して、今までずっと片想いを続けているのだ。
相手は一年生の頃同じクラスだった人だ。
明るくて面白くて頭も良い、女子にも男子にも優しい、人気者。
身長が男の子にしては低くて、細くて、目が大きい可愛い系の男子。
そんな彼に恋する女子は少なくなかった。
なまじ彼が誰にでも優しいもんだから、彼の優しさに期待してしまう人が多いのだ。
かく言う私も、その一人なのだけど。
彼とは趣味があったためよく話したし、趣味が合う三、四人のグループで遊びもした。
彼はあまり女子に自ら話しかけに行ったりしない人だ。
話しかけられたら笑顔で接するため、別に話したくないわけではないのだと思うが、それ故に彼から話しかけられる女子は嫉妬の対象になった。
自慢ではないが私は結構彼から話しかけられることが多くて、まあ案の定他の女子から嫉妬されていたと思う。
あれは三年生の秋だっただろうか。
文化祭で朝早くに学校に行っていた私の元に、隣のクラスの友達がやって来た。
「しーちゃんって、彼と仲良いよね?」
「…急にどうしたの?」
「二人ってよく廊下で話してるから…二人って中学一緒だっけ?」
「ううん、違うけど」
「そうなの?すごく仲良いから、一緒なのかと思った」
確かに彼は中学が同じ人とは名前で呼び合うくらい仲が良い。
決して恋愛感情を抱いていなくても、名前を呼んだ、というだけで嫉妬の対象になるぐらいだ。
だから彼と同じ中学の人は慣れないながらも彼を苗字呼びしようと頑張っていた。
それに私と彼がよく廊下で話しているといってもクラスが違うし、精々休み時間に一言二言話すくらいだ。
しかも毎日話すわけでもないし。
もちろん私は彼を名前呼びなんてしたことがない。
それに比べたら彼と同じクラスのあなたの方がよく話してるんじゃない?と言おうとして、やめた。
これじゃ喧嘩売ってるみたいだ。
「ねえ、しーちゃんて彼のこと、好きでしょ?」
「…え?好きじゃないよ」
直球だった。
断定するような言い方に、一瞬言葉に詰まる。
彼への想いは本人は疎か、私の普段接している友人にも言ってない事だ。
唯一、互いの恋愛相談をしている美穂という友人には話しているが。
口から出たのは咄嗟の嘘だった。
「嘘、だっていつも楽しそうに話してるじゃん」
「そりゃ友達だからね。恋愛感情として好きじゃないよ。私他に好きな人いるし」
「本当?誰?」
「…中学の同級生。この学校じゃない人だよ」
つらつら出てくる嘘に、自分でもびっくりした。
そんな人いないのに。
相手はまだ少し不信げにこっちを見ていたけど、私は表情を崩さなかった。
内心は冷や汗だらだらだったけど。
絶対にばれたくない気持ちだと、誰にも悟られてはいけない気持ちだと知っていたから。
「そうなんだ。…ね、私ね、彼のこと好きなの」
「そうなの…?」
「そう、すごく好き。他の女子と話してるとイライラしちゃうくらい好き」
「っ」
「ねえしーちゃん、協力してくれる?」
それは紛れもない牽制であった。
好きじゃないなら話すな、近づくな、と。
笑顔でそんなことを言う彼女が少し怖くて、でも羨ましかった。
大々的に好きだと言える彼女が。
恋の成就のため、堂々と嫉妬していることを隠さない彼女が。
私は力なく頷くしか出来なかった。
それからの彼女のアプローチはすごかった。
直球的な言葉こそ言わないものの、行動力たるやすごいの一言に限る。
若干行き過ぎて、彼も困っているようだったけど。
そんな彼女や他の彼に想いを寄せる女子生徒を見ても、私は別段焦ることはなかった。
彼女達の恋が実ることはないと知っていたから。
*
「ゆき、幸!」
「あ、ごめん、何?」
「ごめんじゃないわよ、全く。幸のあいつに対する気持ちは良く分かったわ。それで、今日はそれだけじゃないんでしょ?」
「実はね、明日彼と会うの」
「えっ?」
「ああ、もちろん二人きりじゃないよ?いつものメンバーで集まるの」
「へー高校卒業して一年経つのに、まだ続いてるんだね」
「私も驚いてる。急に集まろうって話になったから。ここ1年全く連絡取らなかったのに、すごいよね」
ふふ、と笑う私を、友人は訝しそうに見る。
高校を卒業しても、彼のことを話したのは目の前の友人の美穂だけ。
私が彼のことを他の人に言う時は、私が彼のことを忘れた時だろう。
それが何年先になるか、まだわからないけど。
「それで、会ってどうするの?」
「彼に、気持ちを伝えようと思って」
「は…?だって幸、彼は」
「わかってるよ、彼が私の気持ちに応えないことぐらい。でも、美穂が言った通り、この気持ちをこのままずっと持っているのはよくないと思うの」
彼が他の女子生徒と仲が良くても焦らない理由。
彼が自ら女子に進んで話しかけない理由。
彼への恋が、絶対実らない理由。
私はそれらを知っていた。
知ってて、彼に恋をした。
彼は、同性愛者だった。
紛れもない彼から告げられた事実。
知ったのは、本当に偶然だ。
高校三年生の春、たまたま、本当にたまたま彼の告白現場に居合わせてしまったのだ。
私を見たその時の彼の顔は、真っ青だった。
相手の男の子は私に気づいていなかったらしく、気持ちは嬉しいけど、恋愛対象としては見れない、友達として付き合っていたいと言って、その場を去った。
意図せずして二人きりになってしまった教室で、彼は自嘲的な笑みを零し、吐き捨てるように言った。
『気持ち悪いだろ、同性愛者なんて』
その顔があまりにも悲痛で、苦しそうで、何故だか私も悲しくなった。
そして何故だか涙が出た。
『何でお前が泣いてんだよ』
『知らないよ…あなた見てたら、何か泣きたくなったの…!』
『な、何だよ…同情かよ…』
彼の声は震えていた。
ぼやける視界で、彼の頬から何か伝ったように見えた。
彼も辛いのだ、苦しいのだ。
だったら泣けばいいと、彼に思い切り抱きついた。
『泣きたいなら、泣きなよ…あなた今、可哀想だから、私も一緒に泣くから…』
『、何だよ本当に…意味わかんねえ…』
そう言いながら、二人して大泣きした。
付き合ってもいない男女が抱き合って泣くなんて、おかしな話だ。
彼は、自分の性別を呪うように、泣きながら好きだったのに、好きだったのに、と繰り返していた。
私はこの時、ああ、私失恋したんだな、と心の中で思っていた。
そして、何故だか彼の勇気を振り絞った告白が玉砕した事実が悔しいと思った。
それらの心の痛みを流すかのように、私も泣いた。
泣き止んで、お互いの腫れた目元を見て、笑った。
彼も笑ってくれた。
『あなたは気持ち悪くなんかないよ。好きになったならしょうがないよ』
『そう…。そう言ってもらえて、よかった』
そう言って、彼は優しげな笑みをそっと浮かべた。
次の日彼は自分のことが噂になっていたらどうしよう、と不安そうだったが、学校に来てそれは杞憂だったと笑みを零した。
私はもちろん、彼が告白した相手も、彼が同性愛者だということについて黙ってくれているらしかった。
その後高校を卒業するまで、彼と告白された男子は良い友達として、仲良さげに過ごしていた。
今思えばあの出来事で私と彼の距離は縮まったのだ。
しかし同時に、彼への想いは絶対に届かないことを知った。
近いのに遠い、一方的な見方であるが、不思議な関係がそこで出来上がった。
「私、彼には幸せになって欲しいな。障害を乗り越えて、本当の愛を見つけて欲しい」
「つくづく、健気だね、幸って」
「ううん、そんなことない。私ってずるい女よ。彼が女の人と付き合わないことに安心してるけど、彼が同性愛者じゃなかったらって、思うことあるもの」
どうしようもないことだ。
彼との距離を縮めたきっかけは、彼が同性愛者という事実。
もし彼が異性を愛せる人だったなら、こんなにも距離は近づかなかった。
なんて残酷な恋なんだろう。
「幸、玉砕したら私の胸かしてあげる」
「…ふふ、ありがとう。頼もしい」
一筋の涙が頬を伝う。
私は貴方の幸せを願うわ。
でも今だけ、貴方を好きでいるうちは、貴方を恨むことを許してね。
読んでくださりありがとうございました。
同性愛については難しい問題ですよね。
ですが、もっと同性愛について寛容な時代が来るといいなあと思います。
好きな人と愛し合いたいですからね!




