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09 ■ガラスが飛んで?■




 がっしゃーん


 足元を見ると、一人のウェイトレスの女の子が転んでいた。

 グラスの水をぶちまけてしまっている。


「あっ、あのっお客様! お怪我が飛んでガラスをしてい……ま…………あれ?」


「「……ぷっ」」


 その場にいた全員が吹き出したのは言うまでもない。なんて言い間違い。すごい慌てようだ。


 彼女が太陽の民だということはひと目でわかった。赤みがかった髪と瞳が不安げに揺れている。怒られないか震えているようだ。

 カチューシャのような紐の髪飾りを額のあたりにつけていて、それには見慣れたあの大きな赤いビーズがついている。太陽の民の証、的なものなのかな。


「ガラスが飛んで、お怪我をしていませんか、でしょ?」


「あ、えと、そのっ、申し訳ありませんっ」


 私が足元に散らばった破片をひとつ拾い上げるとコユキちゃんとサユキちゃんもひとつずつ拾い上げた。


「早く片付けちゃおっ」


「危ないしねっ」


 周りの人々も拾い始めた。

 案外多くのグラスが割れてしまったようで、なかなか全てを拾いきれない。


「ちょっ、またなにして……っ」


 咎めるような声がする。コック帽をかぶった小柄な男の子が駆けてきた。


「そろそろ本当に店長に怒られるよ」


「ごめんなさい……」


 一瞬怒っているように見えたけど、彼も少し不安そうだ。

 周りのひとにすいません、と頭を下げるその少年はハルトくんだった。


「あ、ツムギさんっ! これだけ人が多いから会えないかと思ったよ」


 周囲を見渡して私に気づき、きらきらとした瞳がこちらに向けられる。くるくると変わる表情は子犬みたいだ。


「あ、この子は同期なんだけど、すっごいドジっ子で……」


「うん、見れば分かるよ」


 ハルトくんがどうも申し訳ありませんでしたっとおどけた様子で頭を下げる。

 その横でさっきまでしょぼんとへこんでいたはずの女の子が目をきらきらとさせて私をじっと見つめている。

 な、なにかついてるかな。さっき食べたものが顔についてたり……?


「あっ、あなたがツムグさんっ!お会いできて光栄です……!」


「ツムギ、ね」


「あう……」


 また少し固まってすいません……と項垂れる彼女だったが、次の瞬間には立ち直っていた。なんだその切り替えの早さは。

 また周囲に笑いが巻き起こる。これはこれで、この子のいいところかもしれない。


「さ、早く片付けちゃおう?」


 またひとつ破片を拾い上げたとき、こっちです、という声と共に背の高い男のひとが人混みをかきわけてやってきた。傍らには女の子を連れている。


「失礼します。そこです」


「……お前ら、なにやってんだ」


 二人はびくっと肩をこわばらせ、そうっと振り返った。


「あ、えと、その、グラスを、その……」


「こいつがまたドジっちゃって……」


「なんでまたそんなっ!」


 かん高い声で叫んだ女の子だったがすぐに咳払いをして黙りこむ。男の人はわずかに舌打ちをして、ギロリと二人を見た。そばにいる私まで凍りつきそうな感じだ。

 隣にいるコユキちゃんとサユキちゃんが小さな声でこわっ、と呟いているのが聞こえる。

 このひとを目の前にしてそんなこと口に出せるふたりの方がすごいよ。聞こえちゃったらどうするの……!


「それで、お客様に片付けていただいてるのか」


「それは……あの、すいません……」


 ふと私を見て、これはこれは、と男の人は私に向かって微笑んだ。目尻に皺がよって少し柔らかい表情になる。


「ツムギ様でいらっしゃいますね」


「え、あ、そうです」


「本日はありがとうございます」


「こっ、こちらこそ」


「いや、すいませんね。うちの若いのが迷惑おかけして」


「あ、いえ。大丈夫です。あの……片付けだしたのは私なんです。だから二人のことを責めないでください……」


 なんとなく語尾が震えてしまう。

 私たちもそうだからっとコユキちゃんとサユキちゃんも声を揃える。周りのみんなもこくこくとうなずいている。


「そうですか。わかりました。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくおねがいします」


 さっと辺りを見渡すと頭を下げて、さっとその場を立ち去ってしまった。女の子もそれに続く。

 もちろん二人とも、見習いコックへの冷たい視線を置き土産に。


「あのひとが店長。厳しいけど、僕らのこと見捨てないでくれるんだ」


 苦笑いしながらハルトくんが言う。

 厳しいって言うより、怖いと思うけどな……


 それからは私たちがいいよと言うのも聞かず、二人は破片を拾い集めてさっさと厨房がある方へと走っていってしまった。






 だいぶ夜も更けてきて、みんなほろ酔いになってきていた。

 コユキちゃんとサユキちゃんのおかげでたくさんのひとと話ができて、少しだけど仲良くなれた気がする。


「ふざけるな!」


 男の人の怒鳴り声が近くから聞こえた。ハスキーな大きな声が響き、周囲の人が振り返る。

 人々の隙間から見えた明らかに興奮しているその人とは対照的に、相手はすごく落ち着いていて、首をすくめて微笑んでいる。


「私はふざけてなんかいませんよ」


「だったらさっきの発言、今すぐ撤回しろ」


「それは無理ですね。事実は事実ですから」


 喧嘩しているのは二人の男のひとのようだ。

 雨の民のひとは長く伸ばした銀髪を後ろでひとつにまとめ、中心でわけた長い前髪からは冷ややかな微笑みがのぞいている。

 手前にいるのは多分ヒナタさんだと思う。あの髪型も背格好も声も昨日会っているから覚えている。


「どっ、どうしたの、あのふたり……」


 なんでこんな騒ぎばっかり起こるの。今日って厄日だったりする?


「え、ふたり? ……うわあ、珍しいっ」


「ウレンさん、怒ってるよ。コユキ、どうする?」


「どうするもこうするも、ね……ウレンさんが本気になったら、あたしたちなんかじゃ止めらんないよ」


「知り合い、なの?」


 二人は同時にうん、とうなずき二人を指差して教えてくれた。

 ……怒鳴り合いしてるような血ののぼってるひとに指なんて指していいのかな。


「ウレンさんは雨の民の長で、私たちの先生なのっ」


「言い争ってるのはヒナタさん。太陽の民の長だよ」


 ヒナタさんは知っていたけど、ウレンさんって人の名前は初めて聞いた。


 お互い本気で怒っているのはすぐに分かる。

 ヒナタさんは顔を真っ赤にして怒っているし、ウレンさんという人だって表情にこそ出していないがその冷たい笑みと刃物のような眼差しがどんな気持ちでいるかを物語っている。


「なぁ、おい」


 振り返ると、そこにいたのはハヤテだった。

 それにしてもおいってどうなのよ。名前名前。私、ツムギなんだけど。


「なに?」


「あいつら、とめてくれ」


「え」


 なんで、私が。

 周囲は静まって、なおも言い合う二人の様子を見守っている。


「ああなったら誰も止められねえんだ」


 渋い顔をしながらハヤテは続ける。


「今日はお前のためにみんな集まってるんだろ。とめてやれ。新入りに喧嘩止められてそのまんま続けるほど、大人げないやつらじゃないから」


 いや、無理でしょ。多分新入りが口を出すなって怒られちゃう……


「そうだね、コユキもそれがいいと思うっ」


「あたしもっ」


 弟子が止めらんない師匠を、止められるわけないじゃない。


 そう思いながらも、二人の方へと近づいてあの、と口を開いていた自分にびっくりする。

 まあ、ハヤテの頼みなら断れないよね。助けてもらったわけだし。


 ……あぁ、今日はどうなっちゃうんだろうか。





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