08 ■改めて、よろしく■
「ありがとねっ、ツムギちゃん」
銀髪のツインテールと青いリボンが揺れる。小首をかしげてお礼を言うその姿はお人形さんみたいに可憐だ。
ユキちゃんはいつも注文をして服を買うみたいで、この1週間のうちに何度も新作を受け取るために店へやってきた。
……さすがに覚えたよ、予約の品があるところ。
いつも赤か青のリボンで髪の毛をくくっていて、その色にあわせて服装が違ったり、新作もしっかりチェックして買いに来たり。何度も何度も分けて取りに来るなんて、なかなかいない。普通は一度にまとめて受け取ると思うんだけど。とにかくすごくおしゃれな子だ。
そういえば私の刺繍が入ったハンカチを店においてもらえるようになったんだけど、それなんかも買ってくれたり。
ユキちゃんはなんでも、2つ買っていく。赤と青で、1つずつ。
青い花と赤い花、その刺繍が入ったハンカチを一枚ずつ買ってくれた。
「あ、今日、歓迎会あるって聞いたよ! 楽しみだねっ」
「来てくれるの?」
「当たり前じゃんっ! コンターレまでの道、知ってる?」
コンターレへの道どころか、街まで出られるかもわからない。
結構大きいからわかるとは思うけど、と呟いてからユキちゃんはにこっと笑った。
「あたしが迎えに来てあげるっ。っていうか、連れてこいって言われてるしね。ね、一緒に行こ!」
「えっうん、ありがと!」
ヒナタさんが迎えにやるって言ったのはユキちゃんのことだったんだ。
「じゃあねっ!」
手を振って遠ざかっていくユキちゃんに私は頭を下げた。友達でも、お客さんだもんね。
「ありがとうございました!」
お店に来てくれたひとへ頭を下げるのは、嫌いじゃない。その服を大事にしてあげてくださいって思いながら、ありがとうございましたと頭を下げる。
それって、なんだか素敵だと思う。
「ツムギちゃーん」
「はいっ」
慌てて店内に戻ると中年の男性が二枚の服をもって困った顔をしていた。彼はrainbowの常連さんだとばば様に教えてもらった。
少し薄くなった髪の毛と少し出てきたと嘆いているお腹が特徴の優しいおじさん。ばば様と仲がよくて、買い物の用がなくてもばば様とお喋りするためにやってきたりする。
今日はどうやら買い物をしに来たようだった。持っている二枚の服は同じ幾何学模様で、色が違う。青と黄色だ。
何度か身体に合わせたのを見て、私はアドバイスした。
「青い服の方が似合いますよ」
「そうかい? 黄色い服も着てみたいんだが……」
「それもいいですね! この服、昨日ばば様が作ったものなので、在庫はたっぷりありますよ。だから、気に入ってから挑戦してみるのもいいかもしれないです」
そうか……と言いながらしばらく悩んでいる彼に私はなにも言わずにそばにいた。
しばらくすると、彼は決めた、と黄色い服を棚に戻す。
「ツムギちゃんに似合うって言われたら、こっちの方がよく見えてきちゃってね。また黄色いのも買いに来るよ」
お金をもらって、お見送りだ。からん、とまたベルがなる。
「ありがとうございましたっ」
からん
「ツームーギちゃんっ」
そわそわと着物の着崩れたのを直していた私はさっと振り返った。いつもよりほんのすこしおめかししたユキちゃんが戸口から顔をのぞかせている。
「行こっ!」
店を出ると、もう日は暮れかけていて、空は綺麗なグラデーションになっていた。
平坦な道をしばらく歩く。坂道とかないんだな……
「今度は赤いリボンなんだね」
「えっ? ……あぁ、うん! 赤、好きなんだっ」
今朝服を取りに来たときは青いリボンだったのに、今度は赤いリボンに変わっていた。
ほんと、おしゃれだなあ……
「朝から、わざわざ着替えたんだ?」
「……まっ、まあねっ! あ、みんなもう始めてる!」
気づいたらコンターレについていたらしい。らしい、というのも、どこからどこがお店か分からないからだ。
大きな広場に屋台のように調理場があり、ジュージューとなにかを焼いている音がして香ばしい匂いや甘ったるい香りがする。
そして人々はあたりに置かれた机や椅子を使って自由に食事を楽しんでいた。
お上品に言えば立食パーティーのようだが、大人も子供も入り交じって大騒ぎ。お祭りかと思うほどの賑やかさだった。
「ユキちゃん、今日って、お祭りだったり……」
「さすがにヒナタさんもそんな日に重ねたりしないよっ」
だ、だよね……
「それにしても、主役が来る前に始めちゃうなんてっ! ひどいことするよねっ……ずるいっ私も食べるーっ」
ユキちゃんはひどいよね、と言いつつ食べ物の方へ向かっていってしまって、あっという間にはぐれてしまった。
それにしても、ひとだらけだ。こんなに人が集まるだなんて。
少し近くを探すとヒナタさんはたまたま近くのテーブルにいた。
これ、見つからなかったらどうするつもりだったんだろう……?
「ヒナタさんっ」
「おっ、やっときた! おーい、みんな、ツムギが来たぞー!」
ざわざわとしていた人々がどんどん静まっていく。視線が、痛い。
いつの間にか隣に来ていたヒナタさんに挨拶挨拶、と急かされて私は口を開いた。
「えと、あの……ツムギです。今日はこんな素敵な会を開いてもらって、ありがとうございます。あの、すごく嬉しいです」
「遠慮せずに食べちまえ! 今日はツムギの奢りだ!」
「え、えっ、そんな!」
静まっていた広場に笑いがおこる。みんな緊張しているだけだったようで、さっきまで痛かった視線は暖かいものに変わっていた。
「嘘だって、ばかやろう」
「……もうっ」
緊張をほぐそうとしてくれたらしい。今さらそんなことに気づく。
「あの、でも、みなさんぜひ楽しんでください…!」
「よしっ、じゃあ乾杯だーっ」
「「かんぱーいっ」」
「ちゃんと挨拶してたじゃないっ」
「噛まなかったねっ、今日は」
挨拶のあとしばらくたって、ようやく一人でごはんを食べられるようになると、聞き覚えのある声がした。振り向くとユキちゃんがいた。さっきまで一緒にいたユキちゃんだ。
でも、普段通りに口が動かない。
「……ユキちゃんが、ふたり?」
まずい、頭が追いつかない。
そっくりそのまま瓜二つだ。ツインテールの高さも同じ声も同じ。違うことと言えば、赤いリボンか青いリボンかというだけ……
「ふっ、ふたご……?」
「「正解ーっ」」
訳がわからない。理解不可能。私の脳で理解できる範囲を軽く越えました。
ぽかんと口を開けたまま突っ立っていると二人のユキちゃんが笑いだした。鈴が転がるような笑い声。身をよじっていかにも楽しそうに笑っている。
「ごめんね、つい楽しくてっ」
「えっと、つまり……どういうこと?」
「あたし、コユキ」
「あたし、サユキ」
コユキちゃんが青いリボン、サユキちゃんが赤いリボン……
誰かがシエルアへ引っ越してきたりすると、いつもこうしていたずらをするらしい。いたずらを仕掛けられた本人は気づかず、最後に混乱して泣きそうな顔になるらしく、それが面白いのだと言う。確かに、混乱していい迷惑だ。
「もうっ、ツムギちゃん、最後の最後に気づきそうになるから怖かったよっ」
「ほんと、サユキが逃げてきたから何事かと思ったっ」
二人はケラケラと笑い続けている。
近くにいたおばさんたちが、話が聞こえたのか入ってきた。
「なんだ、またやられたのか。ツムギも知らなかったのかい?」
肩を落としてはい、と言うと雨の民のおばさまたちは少し自慢げにコユキとサユキのことを話し出す。
「コユキとサユキは雨の民一番の切れ者さ」
「なんてったって、ウレンの弟子よ」
「まぁ、雨の民一番のいたずらっ子でもあるけどねえ」
「「またまた、おばさんってばーっ」」
完全にシンクロしてる……こんなの、絶対どっちがどっちかわかんない。
「あの、おばさんは見分けつくんですか」
「え、つくわけないでしょ、こんなの」
手のひらをぱたぱたと振りながらそう言って笑うおばさんたち。
「そのためにこの子達、リボンの色変えてくれてんのよ」
つまり私なんかにわかるわけないってことか。
コユキちゃんが青いリボン、サユキちゃんが赤いリボン、ね……
覚えとかなきゃ。
「「じゃ、改めてよろしくね、ツムギちゃんっ」」
「よ、よろしく……」
屈託なく笑う二人に私は早くも疲れていた。今夜はきっと長いだろうな……
どんっ
「きゃっ、ごめんなさっ、ごめんなさいっ」
……今度は、何なのだろう。