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42 ■私がここにいる理由■

 私ってこんなに馬鹿だったっけ。馬鹿なんだ。うん。

 普通、最初に気づくよね、ね?


 お母さんはうるんだ目を指でそっとぬぐうとツムギ、と私のことを呼んだ。


「話を聞いて、分かった? 私が、なぜツムギをこの世界へ呼んだのか」


 ちょ、待って。私結構違うところに動揺してるんだけど。

 というか、さっきの話でそういうところあったっけ。


 首を横にふった私にお母さんはそう、と呟いて私の心臓を止めたいんじゃないかってくらいの衝撃の言葉を放った。


「この世界を、救ってもらうためよ」


 ――ナニヲオッシャッテイルノデスカ、アナタハ?


「ごめん、お母さん。もう一回言って」


「あなたをここへ呼んだのは、この世界を救ってほしいからって言ったのよ」



 ああ、はい。私はこの世界を救うために……


 ってなんでええええええ!


 心の中で悲鳴をあげるがすんでのところで飲み込む。

 むしろ飲み込むどころか、びっくりしすぎて声なんて出なかったよ、今。


「……それ、前にも言ってたよね」


 地の国へ行く前に、確かそう聞いた。こくりと頷いたお母さんは私が出来るようになのか、ゆっくりと話し始める。


「説明するとね、まずはあなたがどちらの血をひいたのか、確かめたかったの」


 あの世界の人間、お父さんの血をひいたのか。それとも、この世界の人間、お母さんの人間の血をひいたのか。


 答えは――


「あなたは私の血をひいていたわ。しかも、相当に濃くね」


「そんなの、なんでわかったの?」


「普通なら、いくらハヤテくん仕込みのトレーニングを受けても今さら風なんて使えない。その時点であなたがこの世界の人間である何よりの証よ」


 じゃあ――


 なにも知らないのにこの国の字が読めたのも、言葉が分かったのも。


 育ちは違うとはいえ、私がこの世界の人間だったから。



「もし、私がお母さんの血をひいていなかったらどうしたの?」


「もちろん元の世界に返すつもりだったわ」


 そういうこと、か。呼ぶことだって出来たんだから、返せてもおかしくない。


 お母さんは私のことを指差す。

 指の先は私の胸元に向かっていて、目をやればほのかに光るペンダントがそこにある。


「それ、誰にもらったの?」


「これは……」


「お母様よね」


 ――はい?

 お母さん、やっぱ王女様って大変なんだね。疲れてるんだね。

 いや、だって……


「これをくれたのはばば様、だよ」


 少し目を丸くすると、お母さんは笑い出す。


「ごめんごめん、まだ行ってなかったわね。ばば様は、私のお母様よ」


 待って、待って待って。


「そのペンダントが光っているのはあなたが王族である証よ。あなたは、私と同じようになにか特別な力を持っているはず」


 私の混乱に気づいているのかいないのか、お母さんは口をぱくぱくしている私を無視して話を続けていく。

 ぼんやりと、だがしっかりとしたその光は、自分の存在感を主張している。


「さっき、誰ひとりとして同じ力を持つ者は存在しない、そう言ったわね。だからあなたのその力がどんなものかは予想も出来ない」


 お母さんが風渡りの力を持っていたからと言って、私が風渡りの力を手に入れることはない、ってこと。


「あなたが私の血をひいて、王族であるなら、必ずなにか力はあるはずなの。それは変わらないわ」


 私の力……


「そしてその力で、空の国を守ってほしいの」


 本当にそんなものがあるの?

 本当にそんなものがあったとして、私にそんなことができるの?


 そんな後ろ向きな疑問が私の中を渦巻く。


「お母さんが戻ったんだから、大丈夫なんじゃ……」


 後ろ向きな発言。こんなこと言っちゃ駄目だ。わかっているのに――


「駄目なのよ。大丈夫じゃ、ないの」


 そう、分かっている。自分でなんとか出来たなら私を呼んだりしない――


「ずっと向こうにいて使っていなかったからね、もう、ほとんど力は残っていなかった。当然のことよね」


 お母さんは自嘲気味に笑う。


「私だけが持っていた風渡りの力も。お母様にもこっぴどく叱られたわ。……ごめんね」


 ばば様……


 改めてばば様の存在を思い出す。

 お母さんのお母様、なら。ばば様は、私の本当のおばあちゃんだってことだ。

 私が生まれる前に死んだって言ってたけど、そうじゃなかった……


「ばば様は、私が孫だって知ってたの」


 この世界へ来た日からずっと親切にしてくれたばば様。


「知っていたも何も、あなたを呼ぶことを提案したのはお母様よ」


「え……」


「私に娘がいると知っていたのはお母様だけだもの。あなたが力を受け継いでいることも、知っていたわ」


 ばば様は嫁にきた側だから王族ではないらしい。それでも母親として、お母さんに提案をした。


『あなたの娘なら、王族である可能性もあるわ。そしてスカイである可能性も、あるはずよ』



「王族じゃないって言っても、あのひとは本物の魔法使いよ。だから、信じることにしたの」


 お母さんはお茶目にくす、と笑った。


 灯りもないのに明るい地下のアトリエ。

 あまり時間もかけずに食卓に並ぶ毎日の食事。

 あの膨大な量の衣服を管理する小さな家。


 魔法、ね。そりゃ納得がいく。というか、よく考えればそう考えないと納得がいかない。


「ねえ、お母さん」


 ハヤテくんがまっすぐにお母様のところに連れていってくれたのは助かったわ、と笑うお母さんに質問をぶつける。


「私、スカイなの?」


「どうかしらね。すぐに分かるわよ」


 お母さんは微笑んで、そうはぐらかす。


「どうする? お母様のところへ行く?」


「うん」


 このままお母さんと話を続けて、お城で一晩を過ごしてもいい。でもばば様の話も聞きたい。


 なぜ私を呼ぼうと言ったのか。

 なぜ私をお城へ送らずに、自分で面倒を見てくれたのか。


「じゃあ、またね。お母さん」


 お母さんは昔から見慣れた優しい笑みを浮かべる。私が背を向けて歩き出すと、大きな扉が閉じた。







「おう、終わったか」


 城の門を出ると、壁にもたれかかる人間の姿が目に入る。

 死角だったために少し驚いて身を固くしたが、腕を組むそのひとは久しぶりに目にする親しいひとだった。


「ヒナタさん……」


 よっ、と軽く手をあげるヒナタさんにぺこりと頭を下げる。

 ずいぶんと長い間会っていなかった気がする。


「お久しぶりです。でも、どうして?」


「いや、ハヤテにお前が一人で残ってるから待っとけって言われてさ。本当はウレンもいるはずだったんだけど、あいつ仕事で来られなかったらしい」


 そう言うと家まで送るよ、と歩き出す。


 ハヤテがそんなことを言うなんて。また、心配かけちゃったみたいだ。


「ハヤテもしばらく粘ってたらしいが、カザネが無理矢理引っ張って帰ったよ。そろそろ準備もしなきゃならねえからな」


「準備?」


「……もしかして、お前まだ聞いてないのか」


 え、なにを?

 今とんでもない現実を知らされたばかりだっていうのに、まだ私の知らないことがあるの?


 きょとんとした私にヒナタさんは確かに言いにくいよな、と苦笑しながら目をそらした。


「まあ、ハヤテに聞け。すぐに会えるだろ」


 他愛もない話を続けていると辺りが見慣れた景色になっていく。

 ずっと話をしていなかったからか、私たちの口が止まることはなくて笑顔でシエルアにたどり着く。


 ふと会話が途切れたそのとき、私がずっと喉元で止めていた質問をこぼす。


「ヒナタさんは、知ってたんですか」


 ヒナタさんは、ん? ととぼけているが、きっと分かっているだろう。


 民の長であるヒナタさんだ。いくら親しみやすくても、力は相当なもののはず。


 私が王女様の娘かもしれないって。私が、スカイかもしれないって。

 知ってたの?


「私のことです」


「ああ、知ってたさ」


 今までの会話と同じようなリズムで頷き、話を続ける。


「初対面のときさ、俺、ウレンと喧嘩してただろ?」


 忘れもしない、私の歓迎会での喧嘩。初めて暴力に力を使うひとを見て、すごく怖かったのを覚えてる。それでもがむしゃらに止めにいって。


「あれ、お前がどんな人間か、審査するためのテストだって言ったのを覚えてるか?」


 止められるような人間じゃないとここにいるのは認められない、とかなんとか。

 確かそんなだった気がする。


 ありゃ後付けの理由だよといたずらっぽく笑う彼に眉をひそめる。


「お前に喧嘩を止めてほしかったのは本当だ。どうするか、見ようと思ってた」


 ふと前に目をやると、夕陽はもう沈みかけている。


「でも俺たちが喧嘩を止めたのは冷静になったからじゃない。元は冷静だったし、力のコントロールもしてた。だからあのまま続けてもよかったんだが……ただ、続けられなかったんだよ」


 なにが言いたいのか、あんまりよくわからないんだけど。


「どういうことか、分かるか? 俺たちは喧嘩を止めたんじゃない。お前に止められたんだ」


 私の頭の中の疑問符がさらに増えたのを察したのか、ヒナタさんは止められたんだ、という言葉を強調する。


「お前の力はまだ完璧じゃないと思う。どうやったら完璧になるかも分からない。ただ、あのとき、お前の意思によって力は解放され、俺たちの力を抑えた。民の長である俺たちの力を、だ」


 すぐに分かるわよ。

 お母さんのその言葉で、私がスカイなんだってことはなんとなくわかっていたけど。


「だから、スカイだろうなって。ハヤテとウレンも知ってるはずだぜ」


 そう、なんだ。ヒナタさんの話を聞いていると、もうひとつの疑問がむくむくとふくれあがってくる。


 じゃあ、なんで。

 私は堪えきれずに口を開いた。


「なんで変わらずに接してくれるの?」


 そう呟くとヒナタさんは、は? と怪訝な顔をした。さっきみたいにとぼけた顔ではなくて、真剣に訳がわからない、という顔だ。


「じゃあ逆に聞くけど、お前がスカイだったからって、お前のなにが変わるんだよ?」


 それは。


「ツムギはツムギだろ。俺たちはツムギって女の子を見てきたんだ。そこに今さらどんな付録がついていようと関係ない。だからお前への接し方なんて変わらねえよ」


 まっすぐなその言葉が胸の奥へ染み渡る。


 昔からあるこの国の伝説。その伝説に現れるスカイ。

 何ができるわけでもない。そんな私が本当にこの世界を救えるの?


 なんでもいい。根拠がほしかった。不安を解消してくれる根拠が。頑張るための根拠が。


 でも、もうそんなものいらない。


 ただ、私を信じてくれるひとがいれば。私をしっかりと見てくれるひとがいれば。


 それだけで、私はきっと頑張れる。不安なんてものともせずに、きっと頑張れる。


「みんな、そう思ってると思うぜ?」


 ヒナタさんらしくもなくきれいにそうまとめると、彼はじゃあな、と手を振った。もう私の目の前はrainbowだった。







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