41 ■母の過去■
豪華に飾られたきらびやかな広い空間を、耐え難い沈黙が支配する。
視線が交錯し、唾を飲む音が聞こえる。それが自分のものなのか、目の前にいるお母さんのものなのか、そんな区別がつくわけもなかった。
直後、お母さんがツムギ、と沈黙を破った。
「私がなぜ王女か、分かる?」
「……血筋、じゃないの」
そんなのどこだって、日本の天皇だってそうじゃないの。まさかじゃんけんで決めたわけじゃあるまいし。
「そうね。それじゃあ、どうして私の一族が王族になったか、分かる?」
「それは――分かんないけど」
じゃあ、そこからね。そう呟きながらお母さんは微かに頷いた。
「私の一族が王族になったのは、ご先祖さまが特別な力を持っていたからよ。そして私たちはそれを形は違うけれど、受け継いできた」
特別な、力。
「この世界の人たちが自然の力を利用して生きているのは、あなたも分かっているでしょう?」
それは分かる。今までに見てきたんだから。
こっちに来て一番に出会ったハヤテが風に乗せてくれたり。
ハルトくんが一生懸命火を起こしていたり。
ヒナタさんとウレンさんが火の玉水の玉を飛ばして喧嘩し始めたり。
サリナさんの砂嵐には襲われたし、メープさんの木のツルで出来た鞭には縛られたし。
コユキちゃんとサユキちゃんはとんでもない水鉄砲を見せてくれたし。
思い出せばきりがない。日常的にも、非日常的にも、自然の力を利用することはこの世界では当たり前のことだったから。
「でも、それとは違う。もっと、もっと特別なものなの。持っているのは王族だけ。誰ひとりとして同じ能力を持つ者は存在しないし、してはならない」
つまり、王族は他の民とは違う、何らかの特別な力を持っているということ。
じゃあ、お母さんも――?
「私が持っているのは風渡りっていう力よ」
「風渡り?」
初めて聞く聞き慣れない言葉に、思わずおうむ返しをする。
それに頷き返して、お母さんは続けた。
「風はどこにでも吹いているの。世界と世界の狭間でさえも」
パラレルワールドってものがあるってことは聞いたことがある。今まで都市伝説だと思ってきたけれど、多分そのことだろう。
この世界では、前の世界での考えじゃやっていけない。これも学んだこと。
「私はどんな風でも、その風から風へと渡ることが出来るの。つまり、違う世界に飛ぶことすら出来るのよ」
えーと、タイムスリップの、場所バージョン、なのかな。
パラレルワールドってたしか時間は同じものが流れてるんだよね。私の解釈が間違ってなければ、そういうことになる。
「私も若かった。楽しくて楽しくて、しょうがなかったわ」
お母さんは懐かしむような表情で、苦笑しながら続ける。
「周りの人たちみんなに叱られたりしたけど、戻ってくるんだからいいじゃないって反発して、好き放題にやってた。そして――」
……遠い目。
いとおしさと、哀しさと。色々なものがその目に現れる。
「あの世界へ、たどり着いた」
テレビがあって。車が走っていて。蛇口をひねれば水が出て、カチッとボタンを押せば火が飛び出して。
それが、私のいた世界……
「そこで、彼と――あなたのお父さんと、出会った」
仕事をしていれば冷静で頭もいいのに、二人になるとふざけたようによく笑うその表情。華奢な身体からは想像も出来ない力で、よろけた私を支えてくれる力強い腕。眼鏡ごしに私を見つめるその眼差し。
「彼のすべてを愛していた。住む世界が違う、そう分かっていても」
身分が違うこと、釣り合わないことを、人は『住む世界が違う』と言う。
でも、お母さんにはそんなものとは比べ物にならなかったんだ。
本当に、住む世界が違ったのだから。
「自分は次期王女。それは分かっていたけど、『お父様もいらっしゃるし大丈夫』。そう自分に言い聞かせて、私は向こうで暮らすことを決めたわ」
そして、あなたが生まれて、とお母さんが私を見つめる。
その目は母親以外の何者でもなくて。自分がお母さんかどうかを疑ったのが恥ずかしいほどだ。
「あなたとお父さんを残して、戻るつもりなんてなかった。三人での生活が幸せだったから」
そう言って少しうつむくその顔をのぞきこむと、お母さんは悲痛な表情を浮かべていた。
「でも、二年前――お父様が亡くなったの」
つまりそれは、この国に王がいなくなったということ。
次期統率者は、お母さん。だから――
「違うの。それだけなら、まだよかった。それでもあの世界へとどまる覚悟は出来ていたわ」
「じゃあ、なんで……」
「天地の戦が始まると聞いて――戻らざるをえなくなったの」
今回の、戦だ。
私も地の国へ行ったけど、止められるわけなんてなくて。
「国が、滅びるから」
「え?」
「天地の戦は、他の戦と規模が違うの。文字通りの総力戦。負ければ、国は必ず滅びるわ」
そんな。初めて聞いた事実に寒気がする。
「私のせいで、国が滅びるなんて。こんな自分勝手な私のせいで、国が滅びるなんて許せなかったの」
お母さんはうなだれながらそう呟く。
あれ、でも――
「どうやって聞いたの? それまでは戻らなかったんでしょ?」
『みんなの信じる力よ』
なっ、今……
頭に直接声が……?
『すべては風の知らせ。今やっているのと、同じよ』
今のが、風の知らせ……
こんな微かな声、周りに気をとられていたらきっと気づかない。
「あなたの思った通りよ。こんな声、気づかなくてもおかしくないでしょう? みんなだって、私が気づかないことも考えられたはずなのに、それでも私のことを信じて風に声を乗せてくれたの」
確かに、無駄に終わるかもしれないことをやるのはその人を信じていないと出来ない。
「あなたのときもそうだったはずよ」
「え?」
「ハヤテくんは誰かが気づくことを信じて、風に声を乗せたの。本当に微かだったけど、それはリンちゃんに届いたでしょう?」
あの、とき。
私が地の国へ連れていかれて、ハヤテが助けに来てくれたとき。
帰りにメープさんの攻撃を受けて、大変だった、あのとき。
ハヤテはみんなのことを信じて、残り少ない体力で風に声をのせたんだ。
「私のことを信じて、待っているひとがいる。そう考えると、私だけがあの世界で楽しく過ごすなんてことは出来なかったの」
だから――
私とお父さんを、置いていくことになった。そういうことね。
「本当に、自分勝手なことをしたと思ってる。寂しい思いも辛い思いもたくさんしたでしょう? 本当にごめんね」
確かにすごく寂しかったし、どうしてって少し恨んだりもした。
でも。
「大丈夫。お母さんがちゃんとみんなのことを考えて行動した結果なんだし、きっと正しいよ。お母さんが立派な王女さまでよかった!」
そう言い切った私をお母さんはまじまじと見つめ、目をうるませた。
ありがとう、と何度も言いながら。
……って、あれ。
お母さんが、立派な王女さまでよかった?
――もしかして私、お姫様ってこと!?
なんで今まで気づかなかったんだろ……
私はやっと気づいた衝撃の事実に、ひとり動揺していた。




