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04 ■シエルアのばば様■


 さっきまでは米粒のようだった建物が目の前にある。人はいないし、灯りも全くない。日が暮れていくにつれて、あたりはどんどんと暗くなっていく。


 柱の上からはすべてを見渡すことができたのでそんなに大きな国だとは思わなかったが、地上に近づいて行くたびにその印象は間違っていたことに気付いた。この国はとてつもなく、大きい。あの柱が高すぎたんだ。


 どうにか立ち上がろうともがく。しかし一度しゃがみこんでしまったが最後、足に力が入らず簡単には立ち上がることができない。

 なんとか立ち上がると、膝が笑っていた。初めての経験だ。何もしてないのに勝手に脚が震え、意識しないとちゃんと立っていられない。

 風に乗っている途中で腰が抜け休憩させてもらったが、それでもこのありさまだった。

 なんでハヤテはあんなに平気そうなの……さっきのは、この世界では日常茶飯事なのかな。


「歩けるか」


 なんとか踏ん張っていると、前に立つハヤテが鞭をしまったところで振り返り、私に問いかけた。


「……もし歩けなかったら、どうやって移動するの」


「この国のやつら全員に顔を教える覚悟で、風に乗るしかないだろうな」


 ハヤテは全く気にしない風にそう言った。


「遠慮する」


 冗談じゃない。ここがどんなところかもわからないうちに、有名になんてなったら……


 ていうか、やっぱり車とかないんだなと思う。

 車がないなら、タイムスリップかな。昔なら名字なんて使わなかったっていうし。ハヤテって名前も日本っぽいし、私と話せてるしね。


 ……まぁ、古代日本人が風に乗るなんて、聞いたことないけど。


「少し休んだら行くぞ」


「あの……さ、どこ、いくの……?」


 語尾がかすかに震える。悪い人ではないと思うが、やっぱり不安だ。


「シエルア。近いから文句言うな」


「シエルア……?」


「この国一番のばあさんがいる街。ばば様ならなにか知ってるだろうからな。……そろそろ行くぞ」


 さっさと歩き始めたハヤテを追いかけるが、全く会話がない。沈黙が気まずくて話しかけたが、何を聞いても最初は答えてくれなかった。


 しかし、しばらくすると歩きながらぼそぼそとこれから会うばば様って人について教えてくれた。


 ばば様は昔、女王のドレスを作っていた職人らしく、糸からすべて、自分で作るのだという。この国で一番の年寄りで結構強引な面もあるらしいが、なんでも知っているから困ったときはそこへいけばなんとかなる、と教えてくれた。名前を知る者はおらず、みんなばば様と呼んでいるそうだ。


 がくがくの足で歩くのは難しかったが、なんでも少し経つと慣れるものだ。確かにシエルアにはすぐに到着し、なんとか周りを見ながら歩く余裕ができた。

 わりと大きな建物が並んでいる。屋上がついている家や風車がついた家が多く、石造りの家やすりガラスなどの美しい家も建ち並ぶ。

 歩いているうちに暗くなってしまい、シルエットしか見えないが城もある。多分シエルアはこの国の首都なんだろう。


 どんどん歩いていってしまうハヤテを追いかけ続けて、しばらくすると街を抜けた。

 どこが近いんだか。シエルアに行くって言っておいて、シエルアの街は普通に通りすぎている。


 すぐそばで川が流れている。輝くその水面は日が暮れきってしまうぎりぎりまで輝きを吸収し、再び放っているようだ。薄暗くなってしまっても微かに光が見えた。


『rainbow』


 川のほとりに看板がたててある。木に文字を彫った簡単なもので、古さがうかがえる。


 ハヤテが二度ノックすると、きぃ、と木がしなる音と共にドアがひとりでに開いた。からん、というベルの音と共にハヤテは何も言わずにずかずかと踏み込んでいく。


 たくさんの服が飾られていた。服にはどれも美しい刺繍が入っていて、店内の暖かい光を反射して輝きを放っている。


「珍しいね、ハヤテじゃないか」


 奥のテーブルにはきれいな着物を着て、白髪にかんざしをさしているおばあさんがいた。なんだろう、懐かしい感じがする。


「ああ。天地の柱に女がいたから連れてきた」


「……ハヤテ、お前さん、またあんなところへ」


「そんなことより、女だろ」


 おばあちゃんはそこでやっと私のことを見てすぅっと目を細めた。

 この人、私と同じ蒼い瞳だ……


「お前さん、名は」


「かざ……あーえっと、ツムギ、です」


「竜巻に巻き込まれて、気付いたら天地の柱の上にいたんだとさ」


「ほぉ……」


 いかにもばからしいとでもいう風にハヤテは戸口にもたれかかり、腕を組んでそっぽを向いていた。


「じゃ、俺もう行くから。長には俺から言っとく。ばば様、後は頼んだ」


 ばば様は黙ったまま私を見つめている。そらせずに見つめ返しているとからん、とベルの音がしてハヤテは颯爽と出ていってしまった。

 あ、お礼ちゃんと言えてない……


「話したいことは様々にあるが、先にひとつだけ聞かせとくれ」


 ハヤテがいなくなって初めてばば様が口を開く。さっきまでは垂れた目がものすごく優しそうな印象だったのに、今では真剣な光を帯びていて身がすくむ。


「お前さん、先に地の国に行ったなんてことはあるまいな?」


「……地の国?」


 また聞いたことのない地名が出てきた。首をかしげるとばば様はそうか、と軽く頷いた。


「知らぬのなら良い。……ツムギとやら、これからしばらくここにいなされ。どうせ行くあてもないのじゃろう」


「え、いいんですか……! ありがとうございます!」


 これからどうするのか。ちょうど困っていたところだ。

 この人ならこうしてくれると分かってハヤテはここへ連れてきてくれたのだろうか。やっぱり、いい人なんだろうな……


「お腹はすいとるか」


 うーん……私は少し首を傾げた。結構な時間、何も口にしていないから本当は空腹のはずなんだろうけど……


「今は大丈夫です。すいません」


 疲れたからか、あまり食べ物を口にする気にはなれない。


 別に謝ることはないよ、と言いながら、ばば様は店の奥へと歩き出した。いろんな服が無造作に置かれていて、足のやり場に困る。


「早くおいで。あ、そこらにあるのは売り物だから、踏まないように頼むよ」


 すでに姿が見えなくなっているばば様が大きな声で私に注意する。こ、これを踏まないでって言われても……

 私はすでにハヤテの「ばば様は強引な人だ」という言葉を身をもって感じていた。



 やっとの思いで散乱していた服とも布ともいえるものたちを脇によせ、奥へ進む。たどり着いた和風の部屋で、ばば様は布団を敷いてくれていた。


「この部屋空いてるから、ここを使いなさい。……もちろん無料じゃないからね。この店を手伝っておくれ」


「はいっ」


 ここ、多分服屋さんだし。色々教えてもらえるなら、好都合だ。


 ばば様は私の返事を聞いて、元気じゃのと笑った。敷き終わった布団を最後に整えるようにぽんぽんとたたく。


「もうすっかり日も暮れた。疲れてるじゃろうし、今日はもう眠りなさい」


 ばば様はそう言うと部屋を出ていってしまった。

 ひとり置き去りにされて部屋のなかをよく見てみると見たことのない形のオブジェなどが飾ってある。他にも、ぱっと見ただけでは使い方のわからないものがたくさん。


 やっぱり……


「違う世界、なんだよね」


「そうじゃよ」


 あれ、戻ってきてる。いつの間にか服を抱えたばば様が戸口に立っていた。


「この世界はお前さんが暮らしてきた世界とは違う世界じゃ。おそらくしばらくは帰れまい」


 ……うすうすそんな気はしてたけど。やっぱり帰れないんだね。

 もしかして、この世界は死後の世界、なんてことないかな。現実では私にたくさんのコードがつながれてて、生死の境を……とか? ど、どっちがいいんだろうか、これが夢で死にかけちゃってるのと本当に異世界にいるのと。


「……明日にしようかと思っておったが、やはりもうひとつ聞かせてもらっていいかね」


「あ、はい」


 ほぼ何も知らないのだから何を聞かれても答えられる可能性は少ないけれど、とひとり思う。

 しかしばば様からの口から出てきた言葉は私の想像していた難しいものではなかった。


「お前さん、風間ツムギじゃな?」


「えっ、なんで私の名前……」


 やはりか、とひとり納得して私の胸辺りに服を押し付ける。ベージュがかった白いワンピースのようなものだ。


 この人は、私を知っているのだろうか……だからこそ、見ず知らずのはずの私に親切にしてくれようとしている?


「長く話をしてすまなかったの。汚れているじゃろうから、とりあえずそれを着なされ」


「あの……!」


「早速じゃが明日から働いてもらうからの。ゆっくりおやすみ」


 以前にどこかでお会いしていますかと聞こうとしたが、ばば様は気づかないふりをしたのか本当に気づいていないのか、優しく微笑んで去っていってしまった。


 とりあえず寝なければ。明日から働くのだから。よくわからないことばかりだけど、それはこれから少しずつ聞けばいい。

 さっとワンピースに着替えて布団にはいると、ふわっといい香りがして私は自然に眠りについた。





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