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39 □俺たちの仲間だ□




「ねえ、なんで……」


 ツムギがぼそりと言葉を発するが、風の上では空気の耳元をすり抜けていく音でうまく聞き取れない。


 風に乗ったまま上空を飛んでいて、ひたすら広がる森は遥か下にある。誰ひとりとして落とすわけにはいかない。こんなところから落っこちたら命なんてあるわけがない。


 ……が、予想以上にきついなこれ。くそ、早く帰りてぇ。


「っ……なんだって?」


 周りの風を見てさっとバランスを整えるともう一度聞き返す。


 そういえば、ツムギも立派になったもんだ。いつのまにか俺に手を貸せるようになってるなんてな。出会った日は俺の背中で腰抜かしてたくせに。


「なんで、助けに来てくれたの!」


「当たり前だろ! つーか、こんな緊迫状態の中敵陣突っ込んで無事だと思う方がどうかしてるわ! ……っとと」


 拍子抜けの質問に思わず気をそらしたすきにバランスを崩しかける。なんとか持ちこたえたが冷や汗ものだ。


 ……持ちこたえたのは、こいつのおかげか?


 ゴオッ


 手元に伝わってきた違和感に不審感を抱き、考えている隙に激しい風が吹いた。対流が起きて、乗っている風のスピードが緩む。


 さっきのがどうかは置いといて、今のは確実にツムギの仕業だ。


「あぶね……っ! 何してんだよいきなり!」


 そう言いながらツムギの方に目をやると、なぜか涙を浮かべている。


 ああ、もう。ほんとよく泣くよなお前。なんでそんな泣き虫なんだよ。


「悪かったって。信用してなかった訳じゃない。ただ……その、」


 口に出すだけでこんな言いづらいってどういうことだ。

 そうか、風に気をとられてるからだ。きっとそう。……なんだかそれも悔しいが。


「……だからその、しんぱ」

「違うの」


 せっかく口に出したと思った瞬間、ツムギが首を振りながら言葉を被せてくる。そして間髪入れずに鼻をすする音が聞こえた。


「私、私……」


「ちょっ、おま……!」


 ぐすぐすと泣き出してしまった。しゃくりあげるようにしているのはきっと堪えようとしているのだろうが、余計変になっている。苦しくないのか心配なほどだ。


 そしてチクチクと頬の辺りになにかを感じ、ため息をつきながら何気なくその方向へ目線をやると、コユキとサユキが容赦なく非難の目線を向けていた。

 ……お前ら今氷柱でも飛ばしたか。まじでチクチクしたぞ。


「……ハヤテ。一回下に降りよっ」


「いや、でも……」


 じとーっとしたその目に気圧されて言葉を濁していると再び同じ声が発される。


「話、聞こうよ。それに、ハヤテも限界でしょっ」


 確かにツムギの支えがなくなった今、自分以外に三人を風にのせて移動するのはきつい。

 下手に意地を張っても意味がない。ここはこいつらの言う通りだろう。


「……わかった。ちょっと待ってろ」


 遥か下に見える森に木の少ない場所を見つけるとゆっくりと降りていった。











「さっみぃ……」


「ごめんね、あたしたち何も出来なくて」


「陽の民も一緒にいれば、ゆっくりできたんだけど……」


 身に染みる寒さにぶるっと震えると、二人はちょっと首をすくめて申し訳なさそうな顔をした。わずかに上目遣いになっていて、こういうところが男たちにも小悪魔だなんて呼ばれる理由なんだろうなあと無意味なことを考える。

 当の本人たちは、いつも水を操っているだけあって寒さには強いらしい。


「別にそこまでじゃないから。大丈夫」


 ぱたぱたと手を振ってそう言うと胸元の服をかきあわせた。

 それに、ここで何か燃やして暖をとったとしても、また痛い目見るのは分かっている。

 あのときみたいに迷子なんて、この状態では洒落にならない。


「ごめん、落ち着いたからもう行こう?」


 俺たちが話していると、ツムギがすこし赤くした鼻をこすりながらそう言った。


「だめだよっツムギの話聞くために降りたんだから」


「ね、なんで泣いてたの? いつもならハヤテにちょっときつく言われたくらいでツムギ泣かないじゃんっ」


 いつもきつい言い方で悪かったな。うるせぇよ、と言ってやろうと思ったが喉元で堪える。

 言い返せばまた面倒な言い合いになる。このぎりぎりな時に無駄な体力消費は御免だ。


「私のことはいいから。ほら、早く行こ」


「駄目だよっ」


「理由があるんでしょっ」


「……でも、早く帰らないと!」


「なあ、ツムギ」


 明らかにおかしい。こいつは確かにいつもせっかちだけど、いつにも増して急いでいるように感じる。

 こいつが説明もなく、行動するなんてそうはないはずだ。


「なんで、そんなに焦ってるんだよ?」


「……っ」


「普通、帰りたくないだろ。どんな形であれ任務完了せずに戻るなんて」


 話せば分かるはず。そう言って空の国を発ったのだ。

 戦を止めるために地の国へ行ったのに、止めるどころか戦になるのは確定だという事実を身をもって感じさせられただけだった。

 まあ、戦を止めるなんてことが可能だとはあまり思っていなかったが。


「だって、だって帰らなきゃ……」


「風に乗せてんのは俺だ。お前が話すまで、乗せねえぞ」


 半ば脅すようにそう言うと、ツムギはあっけなくうつむいた。


「ごめん、私逃げただけなんだ。


「逃げた?」


「え、何からっ?」


「なんでっ?」


「……お母さんから。お母さんが王女様だなんて、信じられなくて。どうしたらいいか、わからなくて」


 やたらと冷静だったのはそのせいか。

 普通なら気が動転してもっと取り乱すだろうに、ツムギは少し顔をしかめただけだった。


「戦を止めたいと思ったのは本当だよ。でもね、お母さんから本当の話を聞きたくなかったの。だから、話し合わないとなんて言って、お母さんの前から逃げ出した」


 そこまで一気に話すと俺たちと目を合わせる間もなしに身体を二つに折る。


「巻き込んでごめん。本当にいつも、迷惑ばっかりかけて……」


「いいよ、いいから。泣くなって」


 再び涙声になりながらごめん、ごめんと繰り返すツムギにそう返す。

 次泣かれたら本気で氷柱が飛んでくる気がする。いや、せめてまだ尖っていない雹とか。

 ……あれ、でも話させようとしたのコユキたちじゃないか?


「早く本当のことを聞かなきゃ。これ以上迷惑なんてかけられないよ」


「ツムギ、私たち迷惑なんて思ってないよ」


「そうだよ、いきなりそんなこと聞かされて混乱するのは当たり前だって」


「ウレンさんがお母さんだったなんて聞かされたら、私たち寝込んじゃうよっ」


「バカ、ウレンさんがなるならお父さんでしょっ」


 突っ込むところが違う気がするんだが。でもまあ、こういうときにこいつらの存在はありがた……いのかと思ったら、逆効果だったようだ。


 目を大きくするとすぐに潤ませ、大きな声で泣き始めた。


「なんで、なの? なんで、そんなに優しくしてくれるの?」


「なんでって、そりゃ……」


 とんでもない言葉が出てくる予感に身をこわばらせる。

 そして――


「私は、余所者なのに……!」


「ふざけないでよっ」


 ガツンと衝撃が来て、乾いた音が静かな森に響く。


「あたしたちが、それだけでツムギから離れるの? ツムギが王女様の娘さんだったからって?」


「ありえないよ、そんなの!」


「ハヤテもなんとか言いなさいよっ」


 なんとか、って言われてもな。意外と大きな衝撃が俺を襲ったようで、うまく言葉が出ない。


「……とりあえず、お前らそれ離してやれば?」


 コユキとサユキに頬をはさまれ、ツムギの口はタコさんになっている。少しの沈黙のあと、二人は揃って舌を出した。


「あはっごめんね!」


「つい、手が動いちゃって」


「…………さすが、双子だね」


「「誉め言葉として受け取っとくね!」」


 思わずこめかみをおさえる。どうするんだこの空気。


「……まあ、確かに聞き捨てならないな、さっきの言葉は。俺たちはお前を余所者だなんて思ってない」


 きっと、空の国の誰も、そんなこと思ってない。


「何でも馬鹿みたいにがむしゃらにやろうとしてて」


「みんなのことが大好きで」


「ひどいことした私たちのこと許してくれて」


 ツムギが来てからの日々を思い出す。気づけば空の国には、笑顔が増えていた。


「そんなお前を、余所者だなんて思ってるわけないだろ。お前が王女の娘であろうと、なんであろうと関係ねえ。ツムギは、俺たちの仲間だ」


「……みん、なっ……!」


 改めて大泣きするツムギに寄り添って背中を撫でるコユキとサユキに俺は黙って背を向けた。


 俺今超恥ずかしいこと言ったぞ、おい。普通だったらコユキたちに盛大にからかわれていることだろう。ツムギが大泣きしてくれてよかったのかもしれない。


「ツムギ、今回はそのとんでもない発言許してやるよ」


 この際、ついでに言っとくか。


「その代わり、次はもう逃げるな」


 お前の抱えてるものがどんなものなのか、どんなものになるのか。俺には絶対わかんねえんだろうけど、どれだけ辛くても、逃げるなよ。


 ツムギは力強く、頷いた。




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