38 □見に行くだけ□
「ね、まだっ?」
「やっぱそろそろ危ないよっ」
声を潜めながらも延々と騒ぎ立てるコユキとサユキに顔をしかめる。こっちは必死でタイミング計ってるってのに、集中できないだろうが。
「うるさい、あとちょっとだから静かにしろ」
「でもあのナイフだってっ」
「……っ落とすぞ!」
ここは空中。それもかなりの高さだ。そこで俺たちは風に乗ってさらに気配を消し、城の壁に張り付いている。
たったこれだけの行為がどれだけ神経すり減らしているか、きっとこいつらは分かってない。認めるのは癪だが、正直結構限界に近かったりする。
だいたいお前ら、一応俺の監視役だろ。行かせようとしてどうすんだっての。
『やっぱ俺、ツムギ見に行ってきます。やっぱ、地の国に放り出したままになんてできません』
ツムギが出発してからしばらくして、どうしても落ち着かなくなった俺は一人城を訪れていた。カザネの息子だと言って半ば無理やり王女との面会の許可をもらい、国外へ出ることを許可してもらおうとしたのだ。
『なりません。あの子が決めたことです』
しかし、そんな許可が簡単に出る訳もなく。
『じゃああいつに何かあったらどうすんだよ』
『口を慎みなさい、ハヤテ』
……そして俺は自分で思っていたよりもずいぶん気が短かったらしい。背後からのその声にハッとする。
っていうか、なんであんたがここにいるんだよ。
『ウレン。来ていたのですね』
『ええ。ついにツムギと対面したという話を耳にしたもので。お会いできて光栄です、王女』
『まだほとんど知らないはずだが?』
で、なんで母さんまでここにいるんだよ。
ウレンはくす、と笑いながらばれましたかと言った。
『失敬。勘ですよ。ただ、この手の勘は驚くほど良く当たるもので』
『あ、あたしはただこの馬鹿息子がこそこそと家出てったから、またろくでもないこと考えたなーと思ってつけてきただけです』
チッ、ばれてたのかよ。てか二人とも……
『理由が勘ってどうなんだよ』
『理由が勘というのはどうなんですか』
盛大にかぶった。なかなかに気まずいが、王女がまともな感覚を持っていたことにはとりあえず安堵する。
『いや、ただ挨拶に来たわけじゃありませんよ。今までの話を聞いたうえで、ひとつ提案があります』
どこから聞いてたかが気になるが、きっとウレンのことだから最初から最後まで把握してるんだろうな。ほぼ投げやりにそう思う。だってウレン、いつでもなんでも知ってるし。
床の絨毯の模様に目を落とし、ゆっくりとたどっていく。
ウレンが来たってことは、もう国外へ出られる望みは消えたも同然だ。妙に説得力があるためか口論で買ったことがない。
『ハヤテの言っていることにも一理あるかと。私は見に行かせることに賛成ですね』
……あれ。耳を疑い、せっかく一筆書きのようにたどっていた模様から目を離す。さっと顔をあげると母さんと王女が怪訝な顔をしていた。
どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。
『ハヤテは血の気が多すぎる。必ず攻撃して戻ってくるぞ。』
『ここでむやみに手出ししたら、彼らの思うつぼですよ』
『ええ、その通りですね』
……母さん、それでも母親か。どれだけなじれば気がすむんだよ。
それにウレン、あんたも俺を行かせたいのか行かせたくないのか、どっちだ。横で会話を聞きながらだんだん混乱してくる。
『だから、私の弟子二人を監視役につけましょう』
『はっ? 誰があいつらと……』
普段ちょっと居合わせるだけでうるさいのに。
『ハヤテ、これ以外に方法はありませんよ?』
『……っ』
『分かりました。行かせましょう』
あーあ、ほらみんな言うこと聞いちゃう。って俺もあの笑顔向けられて返事できなかったけど。それにしても俺に決定権は一切ないんだな。
『ただしハヤテ、あなたは何もしないこと。見に行くだけ、です。何かあったら、コユキとサユキに任せなさい』
『言いつけ破ったら、どうなるか、覚悟しときな』
『……っ分かったよ!』
母さんの最後の一言で、俺はやっと返事をした。
カツ、カツ――
「ここは、地の国なんだよ?」
一歩ずつ近づいていく音と奴の囁くような声が聞こえて、ハッとする。
さすがにこれはまずい。これ以上様子を見ていれば、何をされるかわからない。取り返しのつかないことになってからじゃ遅いのだ。
それに、いい加減我慢の限界だ。ここで殺してもいいだとかなんとか言ってる時点でだいぶ頭にきてたんだけどな。ここまで我慢できたなんて本当に珍しいと思う。
「今だ、行くぞ。構えろ」
「うんっ」
遥か下方で木が揺れる音がし、ちょうどその風に自分の力を注ぎこむ。
ふわっと動き出した瞬間に若干悲鳴が聞こえた気がするが、予定通りの軌道で二人は部屋へと吸い込まれていった。
反動で後退してしまった分の距離をすぐに縮め、中の様子をうかがう。
ビシャッ
「ぶっ」
コユキとサユキの放った水がメープの顔にヒットしたらしく、あいつはのけ反ってよろけている。
うわ、こりゃまた派手にやったなお前ら……殺傷能力はないにしても、これやられたら相当むかつくぞ。
でも。
『出来るだけ傷つけないよう、最新の注意を払いなさい』
空の国を発つ直前、ウレンに言われたその言葉は忠実に守っている。さすが、一番弟子って感じだな。
「そこまでにしなさいよっ変態男」
「そうよっ、それ以上ツムギに手出したら、許さないからっ」
おうおう、変態男とまで。紳士気取ったようなあいつには禁句な気がするんだが。メンタル面は容赦なく傷つけるんだな、女って怖え。
「コユキちゃん、サユキちゃん……!」
震えてはいるが、安堵がにじみ出ている聞きなれた声が聞こえ、ツムギの無事を悟る。
「なかなかのやり手みたいだね。不意打ちされたのなんて久しぶりだよ」
やけに険悪な声が聞こえて慌てて覗き込む。濡れた髪の毛をかきあげているその男の目には凶暴な光が宿っていて、片手を軽く上げたその体勢からは攻撃を仕掛けようとしているのがまる分かりだ。
「でも女の子二人で乗り込んで来るなんて、舐められたもんだよねー、こっちも」
待てよ、と言いながら少し弾みをつけて窓枠へと飛び乗る。お、なかなか豪華な部屋使わせてくれてんじゃん。
「俺のこと忘れんな。やり手なら、こっちにもいるぜ」
よっと、とそのまま部屋へ入り込むと皮肉をこめて口を開く。
「水も滴るいい男。今のお前にぴったりな言葉だよな」
ヒクッと顔をひきつらせたところを見てから、壁際に座りこんでいるツムギに目をやる。腰が抜けているのかもしれないが、見たところけがはしていないようだ。
「さっさとツムギから離れろ」
「そうよっ次はもっと強く水ぶっかけちゃうからねっ」
「違うよっ、次は氷柱にして攻撃だよっ」
「うん、やっぱそれがいいっ!」
「何よ、真似しないでっ」
「全く、元気だね。騒がしい」
うんざりとした顔をしながらメ―プがため息をつく。近くにあったグラスを手にとって青い液体を飲み干すと再びこっちに向き直って首をかしげる。
「戦争をやめましょうって話をしに来てるのに、喧嘩吹っ掛けるんだ?」
「別にそんなつもりねえけど。俺たちはツムギを迎えに来ただけだ。喧嘩したいならそれでもいいぜ」
「勘弁してって。俺今わがまま王子寝かしつけた後だから疲れてんだよ?」
そう言いながら頭の後ろで手を組み、私たちに背中を向けながら歩き出す。背中なんて向けたら、攻撃されるかもしれないって思わないのか。舐めた真似しやがって。
「はい、ツムギちゃん、これ。もっと大事にした方がいいよ」
「え……」
「ほら、みんなと一緒に帰れば?」
拾い上げたナイフをツムギに差し出すと、あっという間に扉の所まで歩いていった。あまりにあっけなさ過ぎて、全員が不審そうにメープを見ている。こんな簡単に逃がしてくれるものなのか。
「ツムギちゃん。このまま明日も話して、説得できる自信あるの? ないでしょ? んじゃ、帰ればいいじゃん」
おそらくツムギ贔屓の王子には黙ってやったことだろうから人手を集めるのも厳しいだろうし、メ―プにとっては不利だ。だから戦うことを避けたのか。
案外頭も使える奴ってことだな。
「てか、帰れよ。俺の気が変わらないうちにさ」
まあ俺も今戦うのはうれしくない。帰りは三人風に乗せて帰らなきゃならないんだからな。それに何より、こんなとこで無意味に手出したりなんてしたら母さんに怒られる。
「……早く戻るぞ」
「でも……」
「いいから」
ツムギに手を貸して立ち上がらせ、双子をひきつれて窓枠に乗る。手早く風を作って三人をそれぞれ乗せると、振り返って扉に寄りかかる男に声をかけた。
「んじゃまたな、メ―プさん」




