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35 □王女からの命令□




「大丈夫だよ」


 そう言って、ツムギは店の扉の奥へ姿を消した。


「……っ」


 お前の大丈夫ってのは、どれに対しての大丈夫だ?

 自分の母親のことを知っても、ショックなんか受けてないって意味か?

 地の国へ乗り込むのは、あっちの王子と友達になったから平気だって意味か?


 どっちにしろ大丈夫なわけないだろ。


「……分かりやすすぎるんだよ、馬鹿」


 思わず噛み締めた唇から言葉が漏れる。握った拳も震え、爪が皮膚へと食い込んでいく。


「ハヤテ」


 ぽん、と肩に手が置かれ、目をやると母さんが俺を見つめていた。


「なにかしてやりたいって気持ちはわかるよ。あたしだって同じだ。でも今回は、やめときな」


「……わかってる」


 俺が首を突っ込む話じゃない。それくらい、わかってる――


 俺たちはツムギが消えた扉に背を向け、家へと向かった。











「顔をあげなさい。ハヤテ」


 城へと招かれ、母さんと一緒に王女と対面したのはつい最近のことだ。


 王女の声に従い、素直に顔をあげるとそこにいたのは見慣れた女だった。


「……なんの冗談だよ」


 掠れた声が少しだけ開いた口からこぼれる。自分の声じゃないみたいだ。


 晴れ渡った空を思わせる透き通るような蒼い瞳。長く伸びたつややかな黒髪に、真冬に降り積もる美しい雪のような白い肌。


 なんで、ここにツムギが……?


「やはり、あの子と私は似ていますか」


 少し微笑むときのその目の細め方、うっすらとできるえくぼの位置。なにからなにまで、あいつそのままだ。


 もしかして。いや、でもまさか、そんなことって……


「ツムギの、母親……ですか」


 二年前に突然行方をくらましたというツムギの母親。


 ツムギだって突然この世界へやってきたのだ。その母親もこっちへ来ていたという方が、双子やそっくりさんと考えるよりよっぽどしっくりとくる。

 母さんが初めてツムギと会ったとき、驚かなかったのもなにかに気づいたから、もしくは知っていたからに違いない。


「はじめまして、ハヤテくん。いつも娘がお世話になってます」


 ひざまずいたままの俺に、王女は静かに近づいて身体を二つに折る。

 あんたみたいなひとから頭下げられても、こっちが困るんだけどな。


 近づいてきた王女の顔をよく見ると、似てはいるけどやはりツムギとは全然違うことに気づく。

 若く見えるが、その眼差しには今までの人生をうつしたような凛とした強さがあった。俺たち子供の目には宿らない強い光。


「私のこと、ツムギから聞いてたんですか」


「……まあ、ちょっと」


「そうですか。驚かせてしまったでしょう。でもあなたには話しておかなければならないことがあるので」


 俺が呼ばれた理由、ってわけか。


「あなたも知っていると思いますが、地の国の攻撃がだんだんと増えてきています。攻撃のレベルも、あがってきています」


 それくらい知っている。ていうかだいたい俺に仕事回してた大元はあんただろう。さすがに口には出さないが。


 確かに被害はだんだん大きくなっていて、修復に時間がかかるものが増えてきていた。


「そして先日、ついに我が国に砂漠ができてしまいました」


「なっ……!」


 場所を聞くと、砂の柱の近く。隣街ではあるが現場はここから遠い場所で、俺のあまり知らない場所だった。


 確かあの周辺に住んでいる人間たちは砂時計で生計を立てているはずだ。砂の純度が落ちれば、それな直接彼らの生活に響くだろう。


 彼らの生活への影響も気になるが、なにより、城のある街のとなりでそんな大掛かりな騒動を起こしてくれるとは思いもしなかった。

 さすがにもうちょっと様子を見て、慎重に仕掛けてくると思っていたのだ。


 確かに砂の柱の近くは、砂の民が力を使いやすい場所だ。

 だからといって、王女の住む城の近くへそんな罠を仕掛けるとは、喧嘩を売っているようなものだ。


 いや、実際そうなのだろう。これは堂々とした宣戦布告だ。


 地の国の王が亡くなってからしばらく経つ。権力者は幼い王子。

 民の長たちが何を考えようと、誰からも咎められない。おそらく彼らの思惑が戦へと……


「このまま、戦が始まるでしょう」


 十年間止まっていた戦場の時間が、再び流れ出すのだ――


「以前のように私が止められたらよいのですが……」


「出来ないんですか」


 未来を憂うように虚を見つめる王女に俺は尋ねた。


「私ひとりでは、さすがに厳しいです。それに、多くの民が不満を爆発させるでしょう」


 今回ほど目立った傷跡を残されては、それは免れない。民の不満が爆発すれば、どっちにしろこの国はめちゃくちゃになる。


 空の国は地の国からの誘いへ、乗らざるをえない。


 それを計算し尽くしての攻撃だ。全くいまいましい。


「すべての攻撃は……」


「あっちの民の長が、中心になるでしょうね」


 大臣たちが動くはずがない。

 俺が言葉を引き継ぐと、王女は少し目をみはってから、微笑んだ。


「なかなか賢いんですね」


 別にそれほどのことじゃない。

 そのあたりのシステムは、どちらの国もさほど変わらない。大臣と民の長では大きく違うのだ。


 まず、適性というものが違う。大臣の中にはひどい場合、それぞれの民が持つ特有の力を使えないものまでいたりする。

 大臣たちはもっぱら頭脳派で、頭を使うのみ。実戦に参加することはない。


 大臣の方が形式上高い地位にいるが、世間一般では民の長への信頼度の方がよっぽど高い。

 日頃から人々と接していて、人間性などもよく知っているからだろう。


「あなたが聡明な人間で、より安心しました」


 だからなんだ。はっきり言えよ。

 あんたの言いたいことは、分かってる。


「ハヤテ。行ってくれますね?」


 当たり前だ。何のために、日々鍛練してきたというのだ。


 俺が力強く頷いたのを見て、王女は姿勢を正してから再び口を開いた。


「風の民ハヤテ。あなたに、風の民の長カザネと共に戦へ身を投じ、命の限り戦うことを願います」


「は。私は命の限り、王女とこの国のすべての民のため、戦うことを誓います」


 俺はそう宣言し、母さんと一緒に再び頭をたれた。















「……とは言ってもなあ」


 天井からぶら下がる温かな灯りを見ながら、自分の部屋で大の字になる。


 ……命の限り、か。死ぬかもしれないんだよな、俺。


 太陽に手をかざすように、灯りの方へ手を伸ばす。


「びびってんじゃん、俺」


 手が、震えている。


 分かってる。何が怖いのかは。


 俺が守るものは何もない。失うものはもう何もない。


 母さんは自分の身くらい自分で守る。もしダメだったときは……考えてもしょうがない。母さんに出来ないことが俺に出来るわけがないのだから。


 国のすべての民のため。そう言ったって、すべての民と知り合いなわけではない。それにあれから、心を閉ざし続けてきた俺には心から守りたいと思うような友もいなかった。


 そう、いなかった。そのはずだった。

 誰のためでもなく、自分のために戦うだけだ。そう思っていた。



 ……でも。


 失いたくないものが、出来た。いや、違う。また、目に入ってきたんだ。そらし続けていた大切なものたちが。


「ったく、迷惑ばっかかけやがって」


 なんでこんなこと考えるようになったんだか。悪態をつきながらも、自分の頬が緩んでいるのをしっかりと感じる。


 ツムギ。お前のおかげだ。なんか悔しいから直接礼なんて言わねえけど、お前のおかげで俺の閉ざされた世界は再び開かれた。


 守りたいものに気づいたんだ。

 もしなにも気づけずに戦が始まっていたのなら、俺はまたいつか後悔していたんだろう。


 ハルト。リン。天祭りの時に出会ったあのチビやその母親。

 俺が守るまでもないだろうが、コユキやサユキ。ウレンやヒナタも。


 こいつらを、絶対に失いたくない。


 そして俺がこいつらに対してもつこの感情をすべての人が持っているはずだ。そいつらを悲しませないためにも、空の国の人間を誰ひとりとして失いたくない。


 そう、強く思う。




「とりあえず、身体動かすかな」


 俺は勢いよく立ち上がり、もうご飯出来るのにと文句を言う母さんを残して表へ出た。






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