33 ■あなたは■
「え、連れていくってどこにですか?」
「ん? 城だよ」
近くにあった太めのブレスを手にとって眺めながらカザネさんが答える。ガラスのビーズが通されたもので、陽にかざすととてもきれいだ。
お城? って、この国の王女様がいる、お城?
「あの、なんで……?」
「え、あーそれは……」
「これじゃろ、カザネ」
カザネさんはブレスをいじりまわしていた手を止め、言いにくそうに固まってしまっていたが、いつの間にかばば様が奥から大切そうに包みを抱えてきていた。
きらびやかな包装紙で包まれたそれは十分に空気を含んで結構な大きさになっており、ばば様が抱えると前を向くのも危なっかしい。
「王女から新しい羽衣の注文を受けておってな。なかなか届ける時間がなくて先送りにしてたから、痺れを切らしてカザネを遣わした。そんなとこじゃろう。違うか?」
「えっと、あー、うん! そう、そうなんだよ。心待ちにしてらっしゃるご様子だったから、私が、ね」
王女様が使う羽衣。多分ものすごく綺麗なものなのだろう。たいそう美しい素材を使って作られた最高級のものに違いない。
ばば様が王族の衣服を作ってるという噂は耳にしたことがある。それくらい腕のいい裁縫師なんだってことは私だって知ってるからそんなに驚くことでもないんだけど……やっぱり驚いた。
「ほら、一応ここの代表ってことで来てほしいんだけどさ。ツムギ、今すぐ出れる?」
特に用事はないけど、店の代表なのにばば様が行かなくてもいいんだろうか。
まあ、昼間のこんな時間から店も空けられないけど……
「大丈夫、です」
あまりにばば様が気にしない風だったので私はおずおずと頷いた。ばば様が行かなきゃいけないんだったら自分で私が行くと言っているはずだ。
「俺も行っていいか」
「ハヤテ、あんたは……」
私が頷いてすぐに口を開いたのはハヤテだった。それを聞いたカザネさんは顔を曇らせ、黙りこんでいる。なにか言おうものならすぐに返せるぞという表情のハヤテを目の前にして、どう引き留めるか思案している風だ。
確実に親子喧嘩が始まる――と思ったときに助け船を出したのは意外にもばば様だった。
「お前さんも行きなさい。カザネ、連れていっておやり」
そしてなぜかハヤテの味方……
なんで?
カザネさんは腑に落ちない風な顔をしているかと思ったら、意外とすっきりとした顔で頷き、上着を脱いでいる。
今まで隠れてはいたが、いつもの服より上等なものなのが一目でわかる。美しく格好いいカザネさんらしい服だ。
黒地にうっすらと刺繍が施された布に、深い緑色の帯紐が絶妙なさし色になっている。
私がじっと見とれていると、カザネさんが一瞬不思議そうに私を見てから、あぁ、と納得したように言った。
「これはあたしの正装ってやつ。あんたたちはいいよ、突然連れてくって言い出したんだし、しょうがないから」
王女様に会うんだから、正装でいるのは当たり前だ。むしろ私が非常識、っていう状況。
私は慌てて服に埃がついていないか確かめ、念のためにはたいておく。
ばば様は包みを私の背中にくくりつけ始めた。意外に結構な重さがある。
「ツムギ。こないだあんたにやったペンダント、つけてるかい?」
ばば様が背中越しに耳打ちしてきた。
「もちろん。あ、王女様に会うなら、外してた方がいいかな……?」
「いや、そんなことないよ。そんなことを気にする人じゃないから。それじゃこれ、頼んだね」
きゅっと包みを縛り終えると、ばば様は両手で私の肩をぽんっと叩いた。
その確かな感覚に私が頷く。カザネさんは戸口で行こうか、と微笑んでいた。
「随分使えるようになったんだね、風」
城までの道のりを風に乗っていくと、カザネさんがふと思い出したようにそう言った。
「まあ、少しは。あの、ハヤテのおかげで……」
本人の前でハヤテのおかげだと言うのは気恥ずかしくて思わず口ごもると、カザネさんは大袈裟にへぇーとのけぞり、ハヤテに絡み始めた。
「あんたが? 風教えたの? それはまあどういう風の吹き回しなのかしらねー」
「別にどんな風もねえよ。なりゆきだ、なりゆき」
さすがにハヤテも軽くあしらうのには慣れているらしい。
あれ、ここは……
いつの間にか私たちはお城の敷地のぎりぎりのところまでやって来ていて、目の前には大きな城がそびえ立っていた。
「ここが城だよ。見たことなかったかい?」
カザネさんは不意に立ち止まり、そう問うた。
「いや……」
見かけたことならある。この世界へ来たばかりの時。あのときは陽が沈みかけているときで影しか見えなかった。
青々と茂った芝生の上に、純白の壁と晴れ渡った空と同じ色の屋根で作られたお城が建っている。周囲には綺麗な花も育っていて、木々も美しく並ぶように生えている。
なぜだろう。初めて見るはずなのに、どこか懐かしい。
「まあ、とりあえず行こうか」
茂みに隠れていたらしい衛兵に手をあげて合図すると、迷いのない足取りで歩み始めた。
控えめだがさりげなく存在を主張している灯りが左右対称に並び、そう高くない段差の階段が長く続く。
「来てくれたのですね」
その先に立つ人の凛とした声が響く。彼女が王女様らしい。
「カザネ、あなたには心から感謝の意を示します」
「いえ。王女、お目にかかれて幸せです」
カザネさんを先頭に、私たちは三角形に座っていた。
両膝をついて、頭を垂れる。できるだけ左右対称に姿勢を保ち、許しを得るまでは顔を上げないで何も見ないこと。
この広間に通される前、ハヤテが小声で教えてくれた礼儀作法だ。
「ツムギ。落ち着けよ」
そっとハヤテが耳打ちしてくる。
……っ落ち着いてるよ!
そりゃ、緊張はしてるけど。念のためなんだよね、私の存在は。それなら、大丈夫。緊張する必要なんて、ないんだから。
「その包みはなんです?」
カザネさんと王女様はいくつか言葉を交わし、王女様がそう尋ねた。
ん?
「あ、これはですね、その……」
なんで、王女様が注文したはずなのに知らないんだ?
なんで、カザネさんは言葉を濁してるんだ?
頭の中で?マークがいっぱい浮かぶ。
「まあ、これはあとにしましょうよ。お早めに本題に入られては……」
少し困惑したような間が空いたが、王女様はそうしましょうか、と呟いた。
「ツムギ。いつまで顔を隠しているんですか」
そう言いながら王女様がまた階段を降りてくる音がする。
全く、頭下げとけって言ったのは誰よ! なにも、こんなところでまで意地悪しなくたっていいじゃない。王女様の前で、恥ずかしい。
心のなかでそう毒づきながら顔をあげる。
え……?
「な、んで……」
驚きのあまり、うまく言葉が出てこない。
透き通るような美しい碧眼。漆黒の髪。ばば様が作ってくれた私の服と同じ柄の豪華な着物。
目の前にいたのは、二年前に姿を消したお母さんだった。




