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23 □なくしたものと俺の誓い□


 風を自由自在に操る風の民。


 太陽を司る太陽の民。


 天空の水を操る雨の民。


 大地を司る砂の民。


 森を守る木の民。


 広大な海を支配する海の民。



 遥か昔、この世界に存在する6つの民はひとつにまとまり、仲良くしていたはずだった。


 しかしそれぞれの能力の管理が足りないがために、日照りや洪水、天災などが相次ぎ、人々の心はいつしか離れていった。

 そして、それぞれの民は自らの国を持つようになっていったのだ。


 国が出来たことで政治や領地の取り合いなどの小競り合いの頻度はさらに増した。


 そしてついに、6つの民はやがて2つの国に別れることとなった。

 空を支配する神の子孫、地を支配する神の子孫として、それぞれ伝説に描かれる魔術師たち。彼らを王族として崇め、空を統べる者、地を統べる者に別れたのだ。


 それが、現在も続く天の国と地の国だ。

 空を支配する魔術師スカイを崇めた風の民、雨の民、太陽の民が暮らす天の国。

 地を支配する魔術師ランダを崇めた木の民、砂の民、海の民が暮らす地の国。


 2つの国は友好的な関係を持つことはなかったが、時折起こる小さな小さな戦を除けば、民たちは平和に暮らしていた。


 ここまでは、学校で歴史を習ったときに知ったことだ。



 そしてあの戦が始まったのは、俺がまだまだガキの頃だった。


 忌々しいあの戦――


 昔からいがみあっていた地の国との突然の大きな戦。仕掛けてきたのは向こうだ。

 ほんの10年くらい前のことだが、今みたいに平和な時代じゃなかったのだ。


 終わりは、見えなかった。ただひたすらに殺し合いが続き、大地は血に染まった。

 一度生まれてしまった憎しみは再び憎しみを生み出し、その無限のループは途絶えることはない。


「ハヤテ、俺たちは前線に立つことになった。どういうことか、分かるな」


 父さんは風の民の長。母さんは学校で様々な技を教える国一番の教師。

 民で最も強いとされる二人が戦の前線に立つことは当たり前だ。

 怖くなんてなかったし、寂しくもなかった。むしろ、自分の両親が民のために先陣切って戦いに行くというのは、ただひたすら誇らしかった。


「俺、怖くなんてないよ! もし俺のところに敵がやって来たら、ぶっとばしてやる!」


 幼い頃から、修行の日々。いざというときに身を守り、生き残るための術を教わった。


 正直、何度もやめたいと思ったことはあった。

 どうして自分だけ。両親が強いからって、どうして自分だけがこんな辛い修行を。

 周りは遊び盛りの時期だ。俺だって、遊びたい。友達と一緒に広場を駆け回りたい……

 その誘惑に打ち勝ち、修行をしてきた俺はその分、自分に自信がついていた。誰にも負けない。一番強いのは、俺だ。


「またふざけた口聞きやがって。一体誰に似たんだろうな?」


 母さんは父さんを小突いて豪快に笑った。


「さあ、お前じゃないか?」


「何よそれっ絶対にあんただよ!」


 自信満々なのは父さんも母さんも一緒だよ。俺がそう言ったら、二人とも一瞬目を丸くして顔を見合わせ、笑っていたんだっけ。


 夏の終わり。太陽がぎらぎらと照りつけ、笑顔もきらきらと輝いていたあの日。


 じゃあなと背を向けて扉を開け、去っていこうとしたとき、父さんがふいに振り返って腰に手をやった。


「ハヤテ、これを」


「え、父さん……これって……」


「お前にやるよ」


 差し出されたものは鞭。父さんがずっとずっと使ってきた鞭。


「やったあっ」


「ハヤテもやーっと一人前だな! 大事にしろよ!」


「分かってるよ母さんっ」


 お前が一人前になったら、これをやる。

 今まで修行中に父さんから何度もかけられた言葉。巧みに鞭を操る父さんと母さんが憧れで、必死で頑張ってきたのだ。


 嬉しくて嬉しくて、鞭をくるくると振り回す俺とそれを避けながら危ないだろと笑う両親たち。

 でも、思えばあのときから父さんは、なにかを覚悟していたのかもしれない。


 この戦は今までのものとは違う、と。


「フウカをよろしくね」


「うん、いってらっしゃい!」




 そのときの俺たちにはもうひとり家族がいた。俺より4つ下の妹で名前はフウカ。


 フウカは右目尻にあるほくろがチャームポイントのちび。少し身体が弱かったからか、あまり能力は高くなかったが、みんなから愛されるいい子だった。


「ただいまーっ……あれ、ママとパパは?」


「おかえりー。二人なら戦いに行ったよ。今、隣の国と戦ってるだろ。国民のために、悪いやつらを倒しに行ったんだ」


「へぇーっ……あ、じゃあしばらく二人でなんだねっ」


 嬉しいなあっとにこにこ笑うフウカの髪をくしゃくしゃと撫でる。

 不謹慎かもしれないけど、俺も嬉しい。俺たちは仲良しな兄弟で有名だったのだ。


 家の片付けや掃除はきれい好きのフウカが。風を使うのが得意な俺は洗濯を。節約しなきゃいけないごはん作りは二人で一緒に。

 そうして二人で日々を過ごした。





 そうして日々は過ぎ、ついに民をも巻き込む全面的な戦が始まった。人々は大きな広場や学校に逃げ込み、少ない食料は分け合った。


 追い込まれているのは俺たちの方だった。なんでも、こちらからは攻撃しないと決めているそうだ。


 なんでだよ。父さんも母さんも強いのになんでやっつけようとしないんだ?

 子供心にもそう思った記憶がある。



 そしてある日、家の扉が壊された。木で出来た扉は砂嵐でいとも簡単に吹っ飛び、部屋の中は荒れた。

 俺たちの暮らす地区はあまり被害を受けておらず、まだ家で生活していたのだ。


 現れたのは、3人の男を引き連れた薄い茶色い髪を垂らした女。髪からのぞく髪と同じ色をした瞳は背筋を凍らせるような鋭さで、俺は一歩も動けなかった。


 怖かったのだ。あんなに修行してきたのに。身体は少しも動かなかった。

 怯えるフウカが隣にいるのに、抱き締めることも出来ず言葉もかけられず、俺はそのまま扉と同じように吹っ飛ばされた。


「なんだ、あいつらの子供だっていうから多少は警戒して来てやったのに。案外弱っちいな」


 すごい勢いで壁に身体をぶつけた俺は顔をしかめながら、必死で小さな竜巻をつくる。

 俺が、一番強いんだ。俺は、負けないんだ。俺は、一人前なんだっ!


「ふっ」


 必死で飛ばした小さな竜巻も、あいつらには何のダメージも与えなかった。

 ただ鼻で笑われ、その女は手を軽く動かして竜巻を消滅させてしまう。俺は再度吹っ飛ばされ、何も出来なかった。

 そしてその女はフウカを連れ、どこかへ消えた。


「たっ助けてお兄ちゃん! お兄ちゃんっ!」


 フウカのあの声は今でも耳に染み付いて離れない。







「ハヤテ! フウカ!」


 床に散らばった欠片たちが母さんに踏まれて小さな音を立てる。

 俺は部屋の隅で縮まっていた。


「……ハヤテ? ハヤテだね?」


「か……あさん……」


「……っよかった……ほんとによかった……っ!」


 しっかりと抱き締められ、その温もりが俺の身体を包んでいた。母さんの目からこぼれ落ちる雫が泣き疲れて渇いた俺を潤し、とうに枯れたはずの涙が溢れ出す。


「ごめん……な、さい」


「謝ることない。フウカだけは絶対にあたしが連れて帰るから。お前は何も心配しなくていいから」


 ……フウカ、だけ?


 嫌な予感が脳裏をよぎる。


「……そうだ、父さんは? 母さんと一緒に帰ってきたんだよね」


「……もう、帰ってこないよ」


 声がかすれて、うまく言葉が出てこない。帰ってこないって、どういう意味だよ。


「それって……」


「名誉ある戦死だ。木の民の長とやり合って相討ちだった」


 名誉ある、戦死。


 相討ち。


 ……父さんが、死んだ?


 いつだって自信満々の父さんが。いつだって一番強かった父さんが。


「あたしは、最後の戦いに行ってくる」


 最後の戦い?


「明日の戦いで全ては終わる。じゃあね」


 そう言って母さんは走り去って行った。暗闇に残され、俺はひとりまた泣いた。








「ハヤテちゃん! 広場! 広場に行きなさい!」


「おばちゃん……なんで」


「あんたのお母さん、頑張ってるから! 行ってあげなさい!」


 次の日、近所のおばちゃんに急かされて向かったのは、毎年天祭りのオープニングイベントが行われる広場。

 それぞれの国の兵たちは左右にわかれて立ち、人々はその外側から遠巻きに見つめている。


「ごめんなさい、通して! お願い、通して!」


 人々の壁を突き破り、やっとのことで一番前にたどり着くと母さんと一人の女が対峙していた。


「今すぐここを出ていけ。民を巻き込むのは反則だ」


「反則? この戦のルールなんて、いったい誰がいつ作ったんだ?」


「サリナ、小賢しい理屈はよせ」


 風になびく薄い茶色の髪。鋭いのにどこを見ているか分からない瞳。

 あいつ、昨日の女……


「そういえば最近、小さな子供を拾ってね。右目尻にほくろのある子なんだが」


「あたしの娘だ。分かっててやったんだろ。とぼけるな」


「心配するな。傷つけてはいないさ。……ほら」


 控えていた男たちが小柄な女の子を連れてきた。ぐったりとしているが、どこにも傷は見当たらない。


「あたしたちはさ、馬鹿な訳じゃないんだ」


「どういう意味だ」


「あたしたちだって犠牲者を増やしたい訳じゃない。だから、取り引きをしようと思ってね」


 身体中が、カッと熱くなった。


 フウカを守るために犠牲者を増やすか。民を守るためにフウカの命から目を逸らすか。


 そんな残酷な選択……


 次の瞬間、空中で光が爆発した。その場にいた全員が目を逸らし、次に空中を見上げたときには二人の人間の影があった。


『空の国の女王としてあなた方に告げます。今すぐ戦をおやめなさい』


 漆黒の髪がなびき、碧眼が人々の目を射抜く。


『地の国の王として皆の者に告ぐ。今すぐ戦をやめなさい』


 太陽に照らされた金髪が風に舞い、黄金色の眼が人々の目を射抜く。


「伝説じゃ……なかったのか」


 昔々崇めたはずの空の国の王族は城に籠り、人々と顔を合わせることはほとんどなかった。


 空はまもなく暗雲に包まれ、雷鳴が轟く。地は割れ、地鳴りはやむことをしない。


「王がお怒りだ。しょうがない。……休戦だ!」


 サリナがそう叫び、地の国の軍勢は引き始めた。


「サリナ! 娘を返せ」


「……おい、お前たち! 娘は置いていけ。そのままだ」


「は、はっかしこまりましたっ!」


 そして軍勢は去り、戦は終わった。


 もしあのまま選択を迫られていたら、母さんは民を選んでいただろう。長としては当然の選択だ。


「母さんっ……!」


「あたしは何も出来なかった。……女王様に救われたな」


「そんなこと……」


 母さんは戦おうとしてた。俺とは違った。やっぱり、強いんだ……


「早くフウカのところへ行こう。俺、謝らなくちゃ」


「……そうだね」


「ちょっと! 大変よ! フウカちゃんがっ」


 フウカのいた方向から、切羽詰まった声がした。

 慌てて駆け寄るが、周囲の人間が揺すぶっても、ぐったりとしていたフウカは目を閉じたまま動かない。


「え……なん、で……」


 眠っているだけだよな。そうだよな。疲れちゃったもんな。怖い思いさせて、ごめんな。


「毒だ」


 母さんはうつむいて唇を噛みしめている。


「木の民の毒だよ。フウカは、もう助からない」


「嘘だ……嘘だっ」


「ごめんな、ハヤテ」


 周りの人々もうつむき、沈黙している。その事実はいっそう目の前で起こっていることが本当だと言っているようだった。


 なんで母さんが謝るんだ?

 俺が悪かったのに。俺が弱かったのに。

 俺が、一人前じゃなかったのに。


 俺は父さんにもらった鞭を握りしめ、大きな声で泣いた。

 人の目も気にせず、全力で。







 こうして俺は、大切な家族をあの戦でなくした。

 いつでも強くて自慢だった父さんと、誰よりも大好きだった妹フウカ。

 二人とも、もう二度と帰らない。


 そして同時に、俺は誓った。


 今度こそ、大事な人を死なせたりしない。

 もう、泣かない。


 俺は、誰よりも強くなると決めたんだ。





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