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21 ■消えない友情■




 サリナさんがため息をついて近くの椅子に座る。さっと髪をかきあげ耳にかけなおすと、落ち着き払って腕を組んでいるメープさんに向かってねえ、と呼び掛けた。


「どうするつもり」


「まあサリナ、とりあえずツムギちゃんに謝っとけよ」


「……なぜ」


 うわ、なんか馴れ馴れしい。いつの間にツムギちゃん……


「説明もせずに、しかも強引に連れてきたのはサリナが悪かったと思うけどなー」


「……それか」


「驚いたし怖かったよね、ツムギちゃん」


 こくこく


「なんで連れてこられたか知りたいよね、ツムギちゃん」


 こくこく


 ……私、サリナさんをいじめるのに使われてるみたいだけど。まあ、本当だからいいかな。


「確かに突然連れてきたのは悪かった。でも、地の国の奴だって知ったら来なかっただろ」


「そんなこともないと思います。私、地の国のこと全然知らなかったので」


 なんで知ってたら来なかったと思うんだろう。そういえばメープさんも私が地の国を知らないって知ったとき、笑ってたような……

 私の答えを聞くとサリナさんは目を見開くとまたため息をついた。


「……それは計算外。それなら早く言ってよ」


 いや、無理でしょ。問答無用で連れてきたじゃん。まともに話すの、今が初めてですよ。

 なぜか頭を抱えて落ち込んでいるサリナさんに代わってメープさんが口を開く。


「僕たち地の国と君の住んでいる空の国は、長い間喧嘩してるんだよ」


 それって戦争、ってこと?


 過ごしていた日々は平和だった。ごはんを食べて、服を売って、色々な人とお喋りして、たまにちょっとした事件に関わって……

 恐ろしい殺人事件が起きただとか、銃の音が日常で聞こえたりとか、そんなことは全くなかったのに。


 これが、戦争なの?


「そんな心配しないで。別に殺し合いなんてしてないからさ」


 私の顔がわずかに青ざめたのを見て、メープさんが苦笑いする。


「だからこそ、サリナは落ち込んでるんだよ。特に理由もないのに拉致しちゃったようなものだからね」


「うるさい。お前の部下がもっとしっかり調査しとけば……」


「おや、僕の部下を馬鹿にするのは許さないよ」


「でもあいつが……」


 いや、どれだけ私の周りを調査しても、私の頭の中までは調査できないと思う。というかそんなことされたら怖い。怖すぎるよ。

 それより、話が脱線してるって。


「あの、それで……私が連れてこられたのは……」


「あぁ、それは……」


 メープさんがそっと目線を外す。サリナさんは静かに俯いたままだ。

 息の詰まるような重い沈黙が続く。


 もしかして、そんな重要な理由……?

 どんな理由なのかは思い付かないけど。


「王子様のわがままだよ」


「へっ?」


 ちょっと待って。メープさんがぼそりと何か口にしたけど、よく聞き取れなかった。いや、聞いたけど。聞いたけど、聞き間違いだよね。

 これだけためておいて、まさか……


「だから、王子のわがままだって言ってるだろうがっ!」


 よっぽどミスしたのが堪えているのか、サリナさんが叫び返す。私の方が叫びたいよ。

 嘘でしょ! って。


「じゃあ、rainbowで働いてるからっていう理由は……」


「本当だよ。まあ、それだけじゃないけど」


 微笑んだメープさんにあっさりと肯定される。拉致されたんだから、もうちょっとたいそうな理由があってくれた方が、なんか、救われるというか……


「この部屋を見て分かる通り、王子はちょっと特殊でね」


 何も分からないから。あんな短時間で、どうやったらこんなに部屋の中が破壊されるかなんて分からないから。

 ちょっと特殊じゃなくて、だいぶ特殊だってことしか分からない。


「危ないからね、ちょっと」


 だから、ちょっとじゃないよ。断じてちょっとじゃない。


「はじめて幼稚園に行ったときに怖がられてしまってから、ずっと友達いないんだ」


「あ、だから……」


『お前、僕が怖くないのか……?』


 ずっと一人だったんだ、あの王子様。


 昔から、私の周りには素敵な友達がいっぱいいた。私が嬉しいときには一緒に喜んでくれて笑顔になってくれる。私が悲しいときにはそっと背中を撫でて寄り添ってくれる。困ったときには助けてくれたし、私も助けていた。


 それはこの世界に来てからも同じ。素敵な友達が出来たし、みんなが助けてくれる。私だって出来る限りのことをして恩返しをしたいって考えている。


 でもどの世界にも私が気づかないところに黒い部分はあって。元の世界には私の知らないところでいじめは存在していて。それは隣の学校かもしれないし、隣のクラスかもしれない。

 そしてこの世界では王子様が孤独。きっとこの国の人も私がなにも知らなかったのと同じように、王子様が一人ぼっちだってことを知らないんだろうな。


「まあ、王子様の友達作りの一環ってことだよ」


 ちょっとは同情できる、かな。私が拉致されたのにも意味があったってこと……


 んなわけないでしょっ

 私じゃなくても他にいるじゃんっ


 というか、いくら王子様のためでも拉致するだなんて度が過ぎてるっ


「えぇー……」


「何」


「あ、いや、別に……」


 もう部屋を出かけていた二人が振り返る。最低なタイミングで声を出しちゃったって訳か、私。


「さっさと言え。まだ何か不満か」


 不満ならありまくりだけど。多分今そんなこと言っても聞いてくれない、よね。


「サリナさん、肌綺麗だからもっと明るめの色の服着たらいいのになあ……なんて思って」


 ばかばかしい、と笑うサリナさんに心の中で私も同意する。本当、こんなタイミングで言い出すことじゃない。でも……


「本当に似合いますって!」


 本気でそう思う。クリーム色のような髪にこんがりと焼けた肌。

 地味な色の服より、赤とか派手な色の服の方がきっと綺麗に見える。


「だったらあんたが作りなよ。あたしに似合うような赤い服。仮にも裁縫師なんだから」


 サリナさんが半身で振り返り、そう言うと鼻で笑った。


 むかつく……仮にも、って。私にだって、プライドくらいはあるんだからね。

 いつか、ばば様に糸の紡ぎ方を教わったら。そのときは糸から布から、何から何まで私が作ってみせる。


「わかった。サリナさんに似合う赤い服、私が作ってみせ……」


「おや、王子様のお出ましみたいだね」


 ちょっとメープさんなんで遮るの! せっかくかっこよく宣言するところだったのに。


 というよりまた王子様が来たの? まあ、ここは王子様の家なんだし不思議なことじゃないけど。


 そう考えていたとき、扉が派手な音を立てて吹っ飛んだ。

 危ないって。砂に拉致され、王子様の癇癪で部屋のものはほとんど破壊され、そのうえ扉まで吹っ飛ぶの?


「あーあ。どうするの、この扉。弁償してくれる? ハヤテくん」


 砂煙の向こうでうつむき肩で息をしているのは見覚えのある黒い服のハヤテだった。

 キッと顔をあげたその目には鋭い光が宿る。


「ツムギを返せ」


 ハヤテ……


「やられにきたのか、一人で来るなんてなめた真似して。好きな女を守るってやつか」


「からかうのはよせ、サリナ。仮にもあいつの息子だ」


「ごちゃごちゃうるさい。早く返せって言ってんだ」


 言葉をいくつか交わしているうちに衛兵たちだと思われる人たちがばたばたと駆け込んできた。

 駆け付けないわけがない。扉が吹っ飛ぶなんていうものすごい音がしたのだから。それにお城の中だ。きっとここに来るまでに何人もの衛兵たちを倒してきたのだろう。


 なんの騒ぎだと半狂乱になりながら王子様が広間へとやって来た。

 さっきもそばに控えていた男が王子様に危険ですと言いながら、衛兵たちに道を空けろと手を振る。

 激しく取り乱していた王子様だったけど、広間のハヤテを確認すると、さっと落ち着いたようだ。


「……お前、何者だ」


「知らないんだな。王子のくせに」


「なんという口をきく! さっさと質問に答えんか、この侵入者がっ」


「俺はハヤテだ。空の国から、その女を連れて帰るために来た」


 男が怒鳴っている隣で、王子様は髪に指を通して少し整えている。もしかして、緊張してるのかな。


「……おい、ツムギ。こやつはツムギの友達、か?」


 私は静かにこくりと頷く。

 いくら口が悪いと言っても、最低だと思っても、一番困っているとき助けてくれたのはハヤテだった。


「一緒にいたい、と思うか? 空の国に、帰りたいか?」


「……ごめん。帰りたいって、思う」


 さっきメープさんたちに王子様の話を聞いて、友達になってあげたいとは思った。でも、私にも大切な友達がいる。


「だったら、空の国へ帰れ」


 えっ……


 メープさんもサリナさんも目を見開き、驚きすぎたのかその場に固まっている。


「友達というものは、お互いのことを思いあって、ものなのだろう? 私は、ツムギとそうなりたい。友達に、なりたい。だから、ツムギが帰りたいのなら、帰らせる」


「しかしっ! この娘は王子のわがままだけで連れてきたわけではっ」


 王子様はうつむいたまま、うるさいっとメープを一喝した。


「ツムギ、いつでも遊びに来てよいぞ。でも今は早く帰れっ! おい、ハヤテとやら。早くツムギを空の国まで連れて帰ってやれ」


「……命令される筋合いはないが。ツムギ、行くぞ」


 いつの間にかそばまで来ていたハヤテに手を引かれ、王子様のために空けられた道を走り抜ける。

 すれ違う瞬間に見たのは、うつむき涙をこらえる王子様の顔。


「……ごめんね、王子様! また遊びに来るからっ」


 走りながら振り返りそう叫ぶと、王子様が顔をあげたのが見えた。

 ハヤテがぐんとスピードをあげたせいで見えなかったけど、きっと笑顔になっていてくれるはず。


 絶対に遊びに来るよ。国が喧嘩してても関係ない。私たちは喧嘩してないんだから。


 もう、私たちは友達になったんだから。






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