20 ■2種類の笑顔■
「お前はツムギという娘だろう!」
廊下に出て隣の部屋へ入ると、サリナさんがそう叫ぶ。ほんのわずかだが焦りの表情がにじみ出ている。
こ、声おっきいよ。思わず肩がびくついてしまう。
「……そう、ですけど」
「だったら間違いないはずだ。報告にはrainbowという店のツムギ、とあったからな」
いや、だからその報告が違うんだよきっと。私はただ雇われているだけで、作っているわけじゃないもの。
ワンポイントの刺繍からは進歩したけど、自分で服を作るなんてとんでもない。まだまだそんなレベルには達してないし、やったとしても最後に色選びとかでちょっと口を出したことがあるくらい……あ、何枚かならデザインから一緒にやったことあるかな……
「ちょっとサリナ!」
メープさんが部屋に飛び込んできた。
その拍子にドアのそばの壁にたてかけられていたものがいくつか倒れてしまった。髪の毛も少し乱れていて、すごく焦った様子だ。
「わかってるよね、王子は……なんだから……」
「わかってる!」
「だったらこんなとこで……てないで早くこ……」
なんだかよくわからないけど、結構切羽詰まった感じらしい。
王子様がなんだって言ったんだろ……
ぼけっと二人のやりとりを見ていると、サリナさんが私の肩をぐっと掴んだ。
「お前がrainbowで働くツムギなら問題ないんだ。わかったな? ……とにかく早く戻るぞ!」
そんなめちゃくちゃな……
反論しようとすると、私が口を開く前にまた手を引かれて広間へと向かった。
「うわあ……」
サリナさんの言い分よりもっともっとめちゃくちゃになっていたのは、広間の方だった。
ありとあらゆる装飾品が割れ、机や椅子も倒れている。ガラスの破片や外れた宝石のようなものが光を反射してきらきらと輝き、とてもきれいだ。
「早く連れて来いっ早く早くっ」
さっきまで目を輝かせていた可愛らしい少年は、目をぎらぎらと光らせ、暴れていた。
毛を逆立てて暴れる様子は、まるでライオンみたいだ。
「くそ。またか……」
またって、こんなことが頻繁に起こってるの……?
結構すごいことになってるけど、この子、何者……
当惑する私の隣でサリナさんが素早くひざまずき、低頭する。
「王子、お待たせいたしました。彼女こそが王子の仰せであっ……」
あ、やばい。王子様がずんずんとサリナさんの方へと近づいてくる。
さっと拳を振り上げるとサリナさんの頭に向かって何度もふり下ろしはじめた。
子供だからそんなに力はないとはいえ、多少は痛いだろう。あと、あの、サリナさん、後ろ手にまわしてる手がぴくぴく震えてますけど……
「早く早くはーやーくーっ」
「王子! サリナ殿が空の国の裁縫師をお連れしたとのこと。どうか落ち着いてくださいませ」
そばに控えていた男がぽかぽかとサリナさんを叩き続ける王子様をなだめ、王子様は少しずつ落ち着いてきた。
そんなすぐになだめられるなら、こんなことになる前に止めたらいいのに。
「王子、彼女は空の国の裁縫師で間違いありません。仰せの通り、連れてまいりました」
さすがにサリナさんは大人だった。少し咳払いをすると、もう一度さっき言おうとしたことをはっきりと告げる。
「王子様、あなた様が騒いだおかげでツムギ殿は怯えておられるようでございます。このような場合はどうすると教わりましたか?」
「……ごめん、なさいを……する」
そう言いつつ、口を尖らせながらぺこりと頭を下げた。
メープさん、もしかしてこの王子様の教育係、とか?
「いや、怯えてなんかないですよ。ただ、あの、ちょっとびっくりしちゃったかなーなんて……あは、ははは」
ちょっと厳しいか。声も震えちゃったし、サリナさんは横で嘘つけ、と小さな声で悪態をついている。
しょぼん、としていた王子が不安そうに顔をあげた。
「……お前、それは本当か? 本当にわたくしが怖くないのか?」
「へ? えっと……はい」
厳密に言えば怖かったけど。怖いなんて言える雰囲気ではない。
「お前、名は」
「ツムギ、です」
「おい、お前たち、よく聞け。わたくしはツムギが気に入った。ツムギをこの城におけ」
なっ、なんで! この城におけって、帰してくれないってこと? そんなの、困るよ……
この国に拉致されたってわかったときより、帰れないってわかった今の方が、ずっとずっと辛い。なんか目が熱くなってきたかも。
「それはなりません」
無表情のまま反対を述べたのは予想通りサリナさんだ。よかった。反対してくれるまともな人がいて。
当たり前だよ。よそ者を王宮においておくなんて、普通に考えてありえない。まあ、拉致されてることもありえないけど。
しかし、この王子様は納得しないらしい。さらに口を尖らせている。
「なぜじゃ」
「王子様、この者は空の国の者です。それに……」
「「かしこまりました」」
おーい。おーい。
さっと胸に手をあて、ひざまずいたのはさっき私を睨み付けた男の人とメープさんだ。
普通じゃない人に仕える人が普通であるなんて、考えたのもどうかしてたかもしれない。
「さっそく部屋を用意いたしましょう」
「召使いも三人ほど追加で手配いたしますね、王子様」
なっ、何を勝手に。私の部屋? 召使い?
それは……
「困るっ」「困りますっ」
サリナさんと私の声が重なる。
だって空の国のみんなはどうなるの。せっかくたくさんの友達が出来たのに。
ばば様だってきっと待ってくれている。糸の紡ぎ方も教えてもらうって約束したし、ゴーヤチャンプルもどきの作り方だって私が教えるって約束したのに……
というか、そもそも拉致されてきた敵国らしい場所に居座るとかありえないでしょ!
「僕に逆らうなんていい度胸だね君達」
文句を言おうと口を開けたその時、視界に影がさし、小声で脅し文句が聞こえてきた。
完全に棒読み。そのくせにあの目があった人を全員虜にしてしまいそうな神様スマイル。目は全く笑ってないんだけど。
このひと、絶対怖い人だ。危ない人だよ。
隣を見れば、怖いと思っていたサリナさんまで目をそらしている。
うん、私の目に狂いはない。この人には逆らわない方がいいようです。
「……ということでツムギ殿のことは僕がどうにかしますので、王子はどうぞお休みください」
私たちが開けた口を閉じたのを見て、メープさんは振り返った。
私には背を向けているから見えないけど、きっと同じように微笑んでいるんだろうな……
「そうか。なら、部屋に戻るぞ。メープ、ありがとうなっ」
そう言って王子様はそばに控えていた男を連れて去っていった。うわ、スキップしてる……
今言えることは、ひとつくらいかな。ありがとうって笑った王子様、最強に可愛かった。




