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18 □俺が行く□



 静けさの中、ひそかにすすり泣く声が滑り台の裏から聞こえる。

 少しふらつきながら近づくと、2つにしばった銀の長髪に青いリボンがついた影が姿を現す。


「……コユキ、お前ツムギを」


 売ったのか。

 その言葉を口に出す前にコユキは頭を下げた。目尻にたまっていた涙がぱっとこぼれおちる。


「ごめんなさいっ」


 謝って済む問題か。

 お前はウレンに愛されている弟子ではないのか。こんなことをして、一体どういうつもりだ。


 かろうじて自分の力を放つことを抑え、胸ぐらを掴みあげる。


「自分が何したか、わかってんのか……?」


 怒りのあまり声がかすれ、震える。

 コユキはしばらく目をそらし唇を噛み締めていたが、それも数秒のことで、沈黙はコユキによって破られた。


「しょ、しょうがないじゃない……」


 しょうがない? なにが? まさかツムギを売ったことはしょうがないことだと言うのか。なんの理由があって?

 俺がまた口を開こうとすると、その直前にコユキが泣き叫んだ。


「だって、だってサユキがっ……!」


 はっと我に返る。二人が一緒じゃないことを不審に思ってここまで探したはずだった。

 この場にサユキはおらず、コユキは彼女の身を案ずるような言葉を発した。

 考えられることはただひとつ。


「……脅されたのか」


 一瞬の間をあけて、コユキがこくりと頷く。


「……ふざけんなよ」


 そう言いながらコユキの手をとる。慰めるために握りしめるなんてことはしない。さっと後ろ手に回し、鞭で縛り上げた。


「とりあえず長のとこへ行くぞ。話は後だ」


 無抵抗のコユキをさっと側に寄せ、風に乗った。









 花火の打ち上げ場所に急ぐ。今頃は片付けをしているはずだ。

 天祭りの花火は太陽の民の見せ場。風向きや天気などで風の民と雨の民も協力するが、あくまでも手伝いのみでその場にいるのは太陽の民がほとんどだ。そして風の民、雨の民は長レベルの者たちくらいしかいない。

 だが少なくとも、今会うべき三人はあそこにいるはず。


 花火の打ち上げに使われた大きな草原にたどり着くと、片付けはほとんど終わっていた。働いているのは若い者ばかりで、年長者などベテラン組は引き上げたようだ。

 身近にいた少年に問う。


「おい。長たちはどこだ」


「……え。あ、えっと、向こうのテントです」


 鞭でしばったコユキを見て驚いたようだが、俺の姿に覚えがあったのだろう。3つほど立ち並んでいるテントの左端を指差して教えてくれた。


 声もかけずにテントを開く。中にはいくつか大きなランプがあり、十分に明るい。


「おいおいハヤテ。声くらいかけるってのが礼儀ってもんだろうがよぉ」


 大仕事が終わって気持ちが緩み、酔っているらしいヒナタがこちらに向かってきた。

 なにも言わずに手の鞭を引き、テントの外に立たせていたコユキを中に引き入れた。


 突然のコユキの登場に目を丸くしていたが、なにかの冗談だと思ったのだろう。ヒナタが笑い出した。ウレンだけが黙って俺のことを見ている。


「どうした、コユキなんか縛り上げて。物騒だなあ。まさかコユキが裏切り者だ! なんて言うんじゃないだ……」


「そのまさかだよ」


 辺りが一瞬で静まり返る。全員がまじまじとコユキを見つめるが、コユキは否定もせずにうつむいている。


「どういうことです、ハヤテ」


 ウレンがいつになく真剣な表情で口を開いた。いつもたたえられている笑みは消え失せ、鋭い目が俺の目を射ている。


「こいつ、ツムギを売ったんだよ……砂の民に」


「なに、ツムギを?」


 ヒナタが一番に反応する。手に持っていた酒瓶を下ろし、眉をひそめている。


「それは、確かなのですか」


 俺は答えない。ウレンはきっと、コユキに問うている。


「ごめん、なさっ……」


「なぜです」


 今は一刻の猶予も与えられていない状況だ。コユキが涙を浮かべ、うつむいたまま話し出す。


「花火が始まる前、公園で子供たちと遊んでたんだ。しばらくして、砂場から妙な空気を感じて。でもウレンさんたちにわざわざ知らせるまでもないだろうって思ったから、とりあえず子供たちだけ街へ逃がしたの。そしたら……」





『特に子供が必要という訳ではないが、人質が減ったのはよろしくないな』


 子供たちを逃がし終えた瞬間、サリナが現れた。


『気付くものなのだな、長でない者でも』


 限りなく白に近い茶髪の女が薄く笑いながら口を開く。


『サリナ……あんた、またっ』


『今度は何しにきたのっ』


 砂の民は薄い茶色の髪と瞳をもち、砂を操る民。そしてサリナはその砂の民の長であり、度々空の国へ襲撃を仕掛けてくる隣国の刺客だ。彼らは砂のある場所ならいくらでも移動可能なため、何度も空の国へと現れていた。

 川の流れを止めたり、砂場で子供たちを襲ったり。


 彼らが姿を見せたとあれば、さすがにウレンたちに告げねばならないと考えたようだが、そのような真似ができるはずもなかった。

 攻めようとしても逃げようとしても、そこは公園。砂場ではないにしても、地を覆うのは無数の砂だ。

 いつの間にか足元を固められた双子は身動きはもちろん、抵抗する術さえも奪われた。

 近くに水はないし、なにより……


『うっ……』


『サユキ……!』


 気づけばサユキの下半身にはどんどんと砂が侵食し、お腹あたりまで固まっていたのである。

 抵抗すれば、サユキが死ぬ。まだ足元しか砂に襲われていないコユキに対して、そういう脅しであるのは明白だった。


『ツムギという裁縫師を、ここへ連れてこい。……よいな? 雫の片割れよ』


『だめっ! コユキ、絶対、そんなことしちゃ、だめだか……く、あぁっ』


 サユキの胸元まで砂が覆い、サユキを締め付ける。コユキに選択肢はなかった。

 双子はいつも二人でひとつ。片方が欠けるなんて、考えられない。


『……わかり、まし……た』


 サリナが顔をしかめながらも首をふりつづけるサユキのもとへと歩みより、不敵な笑みを浮かべる。


『その娘を連れてくるまで、この片割れは預かるからね』


 そう言って、砂の民とサユキは消えてしまったのだった。







「あとは、ハヤテも知ってる」


 子供たちがいなくなったとツムギに告げ、公園まで連れていく。

 ハヤテが一緒にいたことだけが誤算だったが、ハヤテが一緒には行かないと言ってその障害すら無くなった。


「それで、お前がたどり着いたときにはもう連れ去られる直前だったってわけか」


 ヒナタが珍しく真面目な顔で俺の方を見やる。俺はしぶしぶ頷いた。

 コユキの行動を不審だと思ったのなら、なぜ共に行かなかったのか。一緒についていればよかったではないか。

 ツムギが連れ去られたのは、コユキだけのせいではない。きっと、俺のせいでもある。


「あいつ、この娘は預からせてもらう、また遊びに来るからな、なんてふざけた言葉残して消えちまったよ」


 しばらく眉をひそめていたウレンがその言葉を聞いて、俺の方を見て口を開いた。どうやらずっと考えていたらしい。


「預からせてもらう。そう言ったのは確かですか」


「あぁ。はっきり、そう聞いた」


「……なら、ほっときましょう」


 は?


「ウレ……お前、なに言って……」


「ヒナタ。とりあえず警備を強化だ」


 普通に頷く二人の長に、俺とコユキは戸惑いを隠せなかった。


「サユキを助けなきゃ! ツムギだって!」


「そうだよ、さっさと行かないと……」


「黙れっ!」


 ヒナタの声が短く飛ぶ。俺のことをきつく睨み付けている。

 こんな風に怒鳴られたのはいつぶりだ。


「何もわからないくせに、焦るんじゃない。あの子たちならだ……」


 わかるわけない。わかるわけないだろ。焦って何が悪い。


 コユキを縛っていた鞭を一瞬でほどき、俺はヒナタの言葉を最後まで聞かずに走り出した。


 なんで、助けにいかないんだよ。ツムギが、地の国に連れ去られたんだぞ。

 いいのかよ。また、あのときみたいに涙を流すはめになっても。また、あのときみたいに痛みを味わうことになっても。


 みんなが助けにいかないなら、俺が助ける。もう、あの時みたいなのは嫌なんだ。ただ、見ているだけなんて耐えられない。


 待ってろ、ツムギ。サユキも。今、俺が行くから。




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