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16 ■平和の終わり■




「綺麗だったね、花火!」


「毎年見ていても、飽きんもんじゃなあ」


 見上げる空には色鮮やかな花火があがっていた。赤、青、緑、ピンク……夜空に大きな光の花が咲く瞬間とは遅れて聞こえる地を揺らす振動と音に胸は高鳴りっぱなしだった。

 毎年上がるというその花火は天祭りの終わりを告げるもの。機械ですべてを計算して打ち上げられている花火を見慣れた私にとっても、これまでに見たことのない規模だ。

 いったいどれだけの人が、どれだけの時間をかけてあの花火を用意したのだろうか。

 私は普段とは桁違いの接客をこなした忙しい1日の終わりに物思いにふけっていた。


「はい、これ」


 店先に座り込んでいる影にさっとパンを差し出す。天祭りの間はきっと働きづめで、ごはんをまともに食べる時間もないんだろうなと昨日多めに作っておいたものだ。余っていたからちょうどよかった。

 木の実がたくさんつまっているやわらかめのパン。冷めても固くならず、ふわふわの食感になるようにしてある。味はばば様のお墨付きだ。


「ん、別にいい」


「いいわけないでしょ。花火の音で聞こえないとでも思ったの? ハヤテのお腹、ずっと鳴ってたじゃん。食べなよ」


「……わかったよ」


 さっとこっちに向けてきた片手にパンをふたつのせる。少し雑にのせたせいで手から転がり落ちそうになったパンをハヤテは慌てながらも両手でしっかりキャッチした。


「ふたつもいらねぇって」


「いいから」


 軽くため息をついて頬張り始めたハヤテの隣に座り込む。

 ハヤテは花火を見るために移動していたらしいが、始まっちまったんだからここでいいだろ、と店先に座り込んでしまったのだ。


「お前が作ったのか、これ」


「うん」


「……ふぅん。これ、嫌いじゃねえな」


 褒めて、くれてるの? そう受け取ってもいいのかな。

 思わず頬が緩み、くすっと笑い声が漏れる。


「なんだよ」


「……ううん、別に?」


 ハヤテは一瞬私を睨んで軽く舌打ちすると、またパンを頬張り始めた。……うわ、もうふたつめ。食べるの早いよ。やっぱりお腹空いてたんじゃん。

 私たちは黙ってパンを頬張った。







「ツムギっ!」


 しばらくすると、息を切らし肩を上下させたコユキちゃんがやってきた。

 珍しいな、ひとりだなんて。と言うより、こんなところ見られたら変な誤解受けちゃう。またからかわれちゃうよ……


「あっ、これは、その、ちが……」


「あ、あのねっ今日たくさんお店出てたでしょ?」


「へ? ……あ、うん」


 驚いた。私が言うのもなんだけど、この状況、からかうには絶好のネタになるのに。なんか、逆に拍子抜けだ。まあ、変な誤解されなくてよかったかな。


「でね、大人はその片付けに忙しいからって花火が始まる少し前に、子供たちに固まって遊んでてって言ったらしいんだけど、花火終わったらどこにもいなくて……」


「子供たちって……」


「みんなだよ。ツムギの友達のハルトくんもリンちゃんもっ」


 そんな、どうして。迷子? それとも、まさか誘拐、とか?


「ツムギ、探しにいこう?」


「もちろんっ……ハヤテは?」


「……俺は、いかない」


 ハヤテは座り込んだままそっぽを向いてそう言った。

 コユキちゃんはなにも言わずにうつむいている。


「……っなんで! みんながいなくなっちゃったんだよ!」


「俺には、関係ねえから」


 ……ひどい。ただ不器用なだけだと思ってた。ただ無愛想なだけだと思ってた。


「あんた、最低だね……」


 同じ国に住む子供たちのこと、関係ないだなんて。そんなこと言うやつだとは思ってなかった。

 私はハヤテに背を向け、コユキちゃんの手をとって走り出した。それでもハヤテは、月を見上げ、座り込んだままだった。




 もう辺りは真っ暗だ。こんなんじゃ、川に落ちるかもしれないし、国を囲む森に入って迷ってしまうかもしれない。

 みんなからは守りの森だと呼ばれていたけど、森に守りもなにもないと思う。ただの森でしょ。迷いこめば、絶対危険だ。


 ひとつ前の分かれ道でコユキちゃんとは別れた。

 分かれ道をいくつか曲がっていくと小さな公園にたどりついた。

 木で出来たブランコ、滑り台、大きな砂場。子供たちの気配は全くない。


 ここにも、いないか……


 背を向けて駆け出そうとしたそのとき、ふと背後に異様な雰囲気を感じた。


「なっ……」


 さらさらとその場にあった砂が盛り上がり、ひとつの形を成していく。

 月の光に照らされて輝く綺麗な砂……いつだったか、この砂で砂時計を作って生活している人達がいるって聞いたことがある。確かに、綺麗だ。すごく、すごく。

 どうしてだろう。ひとりでに砂が動いてゆくのを見ても、怖いとは思わない。

 いつの間にかひとつの形になったその砂の上には、一人の女性が立っていた。

 茶色にこれでもかというほどの白を混ぜたような色の長い髪が夜風にさらされ、目は透き通るように薄い茶色で、こちらを見ているのにどこか目があっていないような気さえする。


「お前がツムギか」


 私のことを、知っている……?


 なにも言えずにかたまっていると、背後から地を蹴りあげ駆けてくる音が聞こえてきた。その音と荒い息遣いに振り返ると一人の青年がこっちに向かって走っているのが見えた。


「……ハヤテっ」


「ふざけんじゃねぇぞ、てめぇらっ!」


「やっぱり来たか、ハヤテ」


 にやり、と笑ったその女性はさっと手をあげ、小さな砂嵐を巻き起こす。それは私の右腕すれすれを通っていまだに走っているハヤテの方向へ飛んでゆく。


「……くっそ!」


 さっと鞭をふり、砂嵐を消滅させたハヤテだったが、消滅させる拍子に砂がふりかかったらしい。その場に立ち止まり、しきりに目をこすっている。


「この娘は預からせてもらう。また、遊びに来るぞ、ハヤテ」


 その台詞を合図にしたかのように砂場の砂がうねり、こちらへ向かってくる。


「待てっサ……ナ! ……めろっ」


「げほっ助け……っハヤテっ」


 だんだん砂が視界を覆い始め、最後にはなにも見えなくなった。

 目の裏に残ったのは叫びながら走ってくるハヤテの姿。そして今私を包んでいるのは、完全な、闇――。




***



 滑り台の影ではコユキがしゃがみこんで震えていた。

 頭を抱え、耳も隠してぎゅっと目をつぶる。もう、なにも見たくない。聞きたくない。 

 しょうがないじゃない、こうするしか、こうするしか……



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