15 ■一歩ずつ、必ず■
「ばば様。戻ったよ」
「ちょうどいいときに戻ったね。そちらのお客さんの服、探してやっておくれ」
ばば様の店『rainbow』も屋台を出している。店の名前にふさわしい、虹色の屋根の屋台だ。
同じシエルアにあっても、ばば様の店ははずれにあるから天祭りで利益をあげるのは難しい。だから、わざわざ屋台を出すのだ。
天祭りで『rainbow』を知って、常連さんになってくれる人も少なくないらしい。
目の前にいたのは初めて見る人だった。全体的に細い線の華奢な女性。
これでも顔を覚えるのは得意な方だから、常連さんじゃなくても何度か来てくれていたら覚えている。
この店のこと、気に入ってもらえたらいいな。気合い入れて接客しなきゃ。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「えっと、肌寒くなったときのために羽織るものをひとつ……」
今では私の腕も上がって、だんだん色々な作業を任せてもらえるようになった。
ハンカチのはしっこへの刺繍だったのがいつの間にか服の大きな模様になっていって、小さなほつれを直していたのがいつの間にか仕立て直しになっていった。
最近では機織りも教えてもらっていて、ばば様の服のデザインに意見を言わせてもらえるようにもなった。少しずつだけど、成長できてることを感じる。
薄い生地の上着なら、ちょうど一昨日くらいに……
「だったら、こちらどうですか? 桜色と空色があるんですけど……」
「あの、娘に買うんです。このくらいの娘に合う大きさ、ありますか……?」
少し申し訳なさそうに胸下辺りに手をやり、大きさを示している。多分10歳にもならないくらいだろう。
「あっ、わかりました! えっとですね、それなら色が……」
「黄色、ありますか?」
「黄色ですか? ……あ、山吹色ですけど、こちらでよければ」
ばば様はもう少し明るい黄色がいいって言ったけど、私が山吹色にしたものだ。こんなことなら、ばば様の言う通りにした方がよかったな……
内心少しへこんでいると彼女はぱっと目を輝かせて微笑んだ。
「ありがとうございます。それ、頂きます」
彼女はお金を払って微笑むと、軽く会釈をして去っていった。
満足のいくお買い物、してもらえたかな。
それからしばらくばば様と店番をしていると、太陽が真上を通りすぎていった。この世界では時計が必需品じゃないから、詳しい時間はわからない。
でもちょうどお昼時を少し過ぎたあたりなのだろう、コユキちゃんとサユキちゃんが店先にやってきていた。お腹の辺りに手をやってお腹が空いたとアピールするような格好をしている。
「ツムギっ」
「ちょっと遅いけどさ、お昼ごはん、一緒に食べに行こっ」
私もごはんまだだし、行こうかな。あ、でもお店……
「ばば様……」
「行っておいで。店なら大丈夫だよ、お昼時は食べ物屋に人が流れるから」
「そっか、ありがとう。行ってきます!」
昼過ぎだけど、ばば様なりの気遣いだろうな。早く食べて、お店に戻らなきゃ。
素敵な屋台ですね、とばば様とお客さんが話し始めたのを聞いて私は二人と歩き出した。
「ツムギさんっ来てくれたんだね!」
私の姿を見つけて駆け寄ってきたのはコック姿のハルトくんだった。前よりもどこか頼もしくなった感じがする。
どこがいい? と聞く二人に私が提案したのはコンターレだ。食べ物屋さんなんてコンターレしか知らないし、ここに来る人なら知っている人が多いからなんとなく他のところよりも安心できる。
「僕ね、あれからもっともっと上手くなったんだ。今ではちょっとずつだけど、加熱料理も任せてもらえるようになった!」
「すごいじゃない!」
「ツムギさんだって、頑張ってるんでしょ? 聞いたよ、ツムギさんの服、人気だって」
ほんとに? と思わず声が上ずる。あんまり外に出ないから自分の評判なんて耳にすることがない。
「ほんとだよっ」
「ツムギの服着てたら、絶対に誉められちゃうもんっ」
「そっ、そうなんだ……」
ほらね、と言う風にハルトくんが笑って厨房に駆け戻っていった。
なんだか、すっごく嬉しい。夢が叶ったみたいだ。まだまだ自分の服じゃないけど、自分が関わった服が誉められてるとすごく嬉しい。
「街でもよく見るよっ、rainbowの服」
「最近、どんどん増えてるよねっ」
二人は本当におしゃれだから、二人から誉められると自然に頬がゆるんでしまう。少しアドバイスももらった。
しばらく話し込んでいるとハルトくんが両手でたくさんのお皿を持って戻ってきた。
「はいっ、みんな!」
手のひら、腕でお皿を何枚も持っている様子は何度も見たことがあるけれど、改めて見るとやっぱりどうやって持っているのか不思議だ。
「うわっおいしそうっ」
「ほんとにっ」
サラダ、ステーキのようなもの、ジュースなどがテーブルの上に並べられる。ステーキからは香ばしい香りがして、みずみずしい野菜はとても美味しそうだ。
「これ、ハルトくんが作ったの?」
「えっ? ……あ、うん!」
「あ、嘘だっ今目が泳いだっ」
少し返事にまごついたところにサユキちゃんが鋭く突っ込む。
「う、うるさいなっ。いいじゃん、僕からのサービスだよ!」
「本当に?」
うん、と胸をはるハルトくんの後ろに大きな人影が立つ。な、なんか……ちょっとだけ嫌な予感が。
「いつからサービス出来るようなコックになったんだ、ハルト」
ハルトくんが背中ごしに聞こえるいつも通り無表情な声にびくっと震える。
「てっ、店長……ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げたハルトくんにかけたのは思いがけない言葉だった。
「まあ、たまにはいい。しばらくお前は休憩していいぞ。彼女たちと一緒に飯でも食っておけ」
「え、あっ、ありがとうございますっ」
温かい微笑みを浮かべ、私たちのことをちらりと見ると背中を向けて厨房に歩いていった。
前に会ったときより、優しかったな……なんだか、温かい感じがした。
「ほらっ、店長がああ言ってくれたんだから、早く食べようよ! ね? ね?」
「で、実は誰が作ったの? これっ」
「あう……せ、先輩が……」
あははっ、と二人の笑い声が響いた。