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14 ■天の舞と幸せの魔法■




 雲ひとつない空の下で、ハープの音が響く。風に乗った音は遥かかなたまで響き渡り、一年に一度の大イベントである天祭りの始まりを知らせる。


 オープニングイベントはまだ始まっていないのに、すでにすさまじい数の人々が集まり、シエルアの街に出ているたくさんの屋台は大繁盛だ。


「ツムギが教えたんだって?」


「いや、教えたってほどのことしてないですよ」


「だけどリンのやつ、上手くなったって評判だよ」


「前までは歌だけで入ったへなちょこだって陰口叩かれてたのが、嘘みたいだ」


 リンちゃんの舞を一番良い席で見るために場所をとっていると、人が集まってきていた。

 その中の何人かはすでに酒瓶を左手にもち、頬をほのかに染めている人もいる。


 あれだけ狭い広場でも、特訓していたのはバレバレだったらしい。リンちゃんが上手くなったことも、教えていたのが私だということも、もう知れ渡ってしまっている。

 これだけ期待されて、プレッシャーにならないといいけど。こんな声がリンちゃんの耳に入っていないとも限らない。



 オープニングイベントの演舞では、毎年恒例らしい天の舞が披露されることになっている。そしてその舞台に立つのが、私が必死で指導したリンちゃんだ。

 今年は卒業生が相次ぎ、優秀な踊り子が急激に減ってしまったためにリンちゃんのような踊りは全くだめ、というような少女まで駆り出されてしまったらしい。

 前半後半で分けて、歌と踊りを交互にやる。リンちゃんは前半は歌、後半は踊り。

 この順番でよかったと思う。もし踊りからだとそれで体力を消耗してしまって、得意の歌までうまく歌えなくなってしまうかもしれない。でも歌が先ならその心配はないし、それどころか歌で自信をもって踊りへと望める。


 ぽろろん、と名も知らない楽器が音楽を奏で始める。いよいよ、イベントの始まりだ。


 舞台へ出てきた少女たちの透き通った声が風に乗り、耳に届く。いや、心に。

 薄めの色合いをした長い着物をまとい、黒髪を垂らした風の民の少女たち。

 一瞬音楽が止まり、恭しく礼をすると、舞が始まった。脇では歌を歌っているものが数名。その中にはリンちゃんの姿もある。


「すっごい……」


 周囲からも、ほぉ……とため息がもれる。

 練習では一度も聞いたことはなかった。歌と踊りは別だから、と頑固に言い張り歌わなかったのだ。

 多分、リンちゃんにとって歌は特別なものなのだろう。




――――――――――――――――――



大地を照らす太陽のごとく

夜空に瞬く星のごとく

我らの自然は輝きを放つ


我らの願いはただひとつ

世界の平和よ永久であれ…………



――――――――――――――――――




 あれ、今の歌詞……


「この曲って……」


 独り言のようにそう呟くと隣にいた人が親切に教えてくれた。


「この国に伝わってる歌だよ。なかなかいいでしょ」


「……はい、とても」


 踊り子達が軽やかに舞っている。風で揺れる黒髪につけられた髪飾りが太陽の光を反射させ、宝石のようにきらきらと輝いている。

 足のステップも指先の動きも、怪しい子もひとりふたりいるが、ほとんどが綺麗に舞を舞っている。

 ターンも体系移動も完璧。さすがだな……


 間奏の部分になり、さっと踊り子と歌い手が何人か入れ替わる。

 お願い。練習したことをやれば、なんとか、なんとか……


「ちょっと、すごいじゃないか! リンが踊ってるじゃんかよ!」


「ほんと……ほんとに、踊ってる……」


 舞台の上で、リンちゃんが艶やかに、優雅に舞っていた。

 風の力を利用し着物のはためく向き、髪のなびき方、全てに気を配っている丁寧な舞だ。ターンも軸がぶれないようにしっかり回れているし、苦手意識からひきつりがちだった表情も柔らかく、微かに笑みを浮かべている。


 そしてリンちゃんはそのまま、完璧に踊りきった。






「しかし、ツムギちゃんが舞もできるとはなあ! あのチームに入ったらどうだ?」


「え、遠慮します……」


「でもよ、こんだけなんでも出来るなら、本当にスカイだったりしてな!」


 周りを取り囲むおじさんたちが大口を開けて笑っている。

 リンちゃんを教えたのが私だって広まっていたおかげで、演舞が終わった瞬間に人だかりが出来てしまった。リンちゃん、どんだけ有名な落ちこぼれだったの……

 それに、スカイって何……? 伝説の少女の名だってことくらいは話の流れからつかめる。でも、その伝説だってどんなものか知らないし、なぜスカイがそこまで待ち望まれているのかは全く分からない。

 ていうか、私はそんなすごい人じゃないし。


「ツムギさんっ」


 人混みをかき分けて、リンちゃんがやってきた。走ってきたのか少し息を切らしていて、着物も着崩れしている。

 でも頬を赤く染めているのはきっと走ってきたせいではないだろう。


「ありがとうございましたっ。生まれてはじめて、舞が楽しいって思えた。私、舞なんて絶対出来ないって思ってたけど、もっとやりたくなっちゃった! ツムギさん、また教えてねっ!」


「うん、もちろん」


 私がにこっと笑うとリンちゃんは少女たちの声に振り返り、走り去っていった。


「いい笑顔で笑ってましたね、リンちゃん」


 教え始めたときはいつでも怯えてるみたいな堅い表情だった。

 でも、いまは違う。自分への自信をつけて、リンちゃんは変わった。


 先生、私にも出来たよ。自信を持てば人は変われるって、どんなことでもできるって、言ったよね。

 リンちゃんを変えたのは私、だよね。そう、信じていいよね。


「あんたもずいぶんいい笑顔で笑ってるよ、ツムギちゃん」


 隣にいた女のひとがそっとわたしの顔をのぞきこんで言った。

 笑えば、いいことあるよ。いいことあれば、笑えるよ。

 ほんとに、そうだと思う。


「笑顔は幸せの魔法なんですよっ」


 私はそう言って、また笑った。



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