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13 ■教わったことが■




 一通り舞いを披露してわずかに息を切らしているリンを横目で見て、私は見つからないようにそっとため息をついた。


 これはひどい。小さな広場でやっているため外で遊んでいる子供たちが通りかかるが、その子たちにすら、あからさまに不審な目で見られるほどだ。小学校の夏祭りでやるその場限りの盆踊りとかの方が、上手かもしれない。


「ど、どう……?」


「……まあ、個性的でいいんじゃないかな」


 なんとか感想を絞り出すと、私は先ほどまでの舞いを思い出していた。


 軸はぶれまくりで手先への気配りも足りない。

 今は衣装じゃないということを置いておいたとしても着物の舞い方にも気を配れていないし、せっかくの美しい黒髪も優雅に舞うはずがだいなしだ。


「だめだよね、やっぱり……」


「いっ、いや、そんなことないって」


 必死でフォローする私にリンちゃんは首を傾けて寂しそうに微笑んだ。


「いいの。みんな、そう言うもの。個性的だとか、独特だとか」


 うわ、やっぱりか。それしか言えないしね。そうじゃなかったら、リンちゃんを傷つけることになる。

 そんなことを簡単にできるのは、私が教わってたバレエの先生みたいなスパルタな人だろうな。


「でも、それじゃあだめなの。みんなと合わせて優雅に舞うのが私たちがしようとしていること。普段なら個性が光ることはいいことかもしれないけど、舞っている間は、だめ」


 リンちゃんの言っていることは正しい。一生懸命やっている相手に曖昧な言葉を返すことほど、失礼なことはない。それこそ、リンちゃんを傷つける。

 そんなこと、私も先生に教わったはずなのに。


 ふぅっと息を吐いて、リンちゃん、と目をみて呼び掛ける。


「ひじ、ひざ、背筋も。全部曲がってるの、リンちゃんの舞は」


「え?」


「で、動くのが速すぎる。もっとゆっくり。そうじゃないと、全然優雅になんて見えないよ」


「は、はいっ」


 くるり、とその場で一回転してみせるとリンちゃんは目を見開いていた。


「綺麗……」


「これでも、バレエはずっとやってたからね」


 それもすっごく怖い先生のもとでね。二年前までずっと。

 バレエ? と首をかしげるリンちゃんに私はしまった、と舌を出す。バレエはこの世界になかったか……

 リンちゃんのやっている舞とは違う種類の躍りよ、とさっと訂正する。


「天祭りはいつだっけ?」


「あと9日」


「え、あと9日? ……そっか、わかった」


 あと9日あれば、どうにかなるかもしれない。9日しかないけど、9日はあるんだから。


「もう一度やってみせて。振りを覚えるから」


「えっでもそんなこと……」


「できる。きっとできるよ。リンちゃん、ほらやって」


 バレエと舞は違うと思うけど、とりあえずどうにかなるところまではやってあげないと。

 何て言ったって私は願いを叶えてくれるらしいからね。


 手を叩き始めると、リンちゃんはやっと踊り出した。昔とったリズムがまだ体に染み付いている。




 流石に一度じゃ覚えきれなかったけど教えながら一緒に踊っているうちに、だんだん私までも様になってきた。


「あ、違う。そこはね、ひざをこの向きに曲げてから流れるように手をこっちに……そうそう」


 背中から手をまわして一緒に振りを繰り返し、もう一度やらせてみるとなかなかいい感じにはなっていた。

 案外飲み込みは速いのかもしれない。ちゃんと教えてあげれば。


「うん、そんな感じ。これで振りは全部確認できたでしょ。……っていっけない! ごめん、今日はここまでね!」


 これ、と買い物かばんを持ち上げる。中には夜ごはんの材料が入っている。


「今日は私が夜ごはん作ることになってたの。もう帰らなきゃ。あとは何回か、ポイントに気を付けて練習するだけだから」


「あの、でも……」


「わかってる。多分全部は覚えてないでしょ? 明日から特訓だよ。体に染み付かせなきゃ、本番でいい舞は舞えないからね」


 ぱっとリンちゃんの顔が輝いたのを見て私はじゃ、と手を振って駆け出す。打たれ強い子だなと思う。結構詰め込んだと思うんだけど。

 ずいぶん体を動かしたせいで、それなりに買い込んでしまった材料が腕にずっしりとくる。

 ありがとう、と声が聞こえて後ろに目をやると、リンちゃんが頭を下げていた。






「ばば様ーっ!」


 今度は私が頭を下げる番だ。

 ドアのベルが鳴るのも聞こえないくらいの勢いでドアを開けると私はまっすぐアトリエに向かった。

 一段一段階段を降りるのも面倒で一気に飛び降り、当たり前のように頭や腰をぶつける。

 じんじんと響く痛みをこらえて座り込んでいると、騒がしい音に気づいたのかばば様が扉を開けて出てきた。バランスを崩して座り込んだままの私を見て目を見開いている。


「おやまあ。どうしたんだい」


「ばば様、ごめんなさい! 今すぐ作ります、夜ごはん!」


 さっと立ち上がり、もう一度謝って頭を下げると私は二段飛ばしで階段をかけ上がった。


「まあまあ、騒がしいねえ」





 夜ごはんは案外すぐにできた。湯気がたちのぼっているのを見て、冷たい料理にすればよかったかな、とちょっとだけ後悔する。


「うん、なかなか美味しいじゃないか」


「ほ、ほんと?」


 テーブルの中央の大皿にのっているのは元の世界でいうゴーヤチャンプル。ゴーヤチャンプルは沖縄へ修学旅行へ行ったときに泊まった民宿のおばちゃんに教えてもらった私の得意料理だ。


 この国には元の世界にあるような食べ物もたくさんあるけど、たまに初めて見る食べ物もある。今日買ったのは初めて見たもので、実は好奇心から買ってしまったもの。帰ってから味見をして料理をしようと思っていた。

 かばんからのぞいたその野菜を見て、ヒナタさんはこんなの食うのかと顔をしかめていた。ウレンさんがすごく苦いですよと言ったのを聞いて、近くの店で豆腐を買い足したのだ。


「本当だよ、ツムギ。これをこんな風に使えるとは思わんかった。全然苦くないじゃないか。今度教えとくれ」


「はいっ、もちろん! たくさん食べてください。いっぱい作ったので」


 明日からまたたくさん踊るんだから、明日の朝もしっかり食べなきゃと思ってたくさん作っておいたのだ。

 ばば様の朝食は軽めだ。別に足りないわけじゃないけど、朝ごはんをもりもり食べないやつはいい躍りを踊れないって、昔散々先生に言われたもんね。

 口にしたゴーヤチャンプルもどきは我ながら美味しかった。


 私が先生に教わったことがリンちゃんに伝わって、民宿のおばちゃんに教わったことがばば様にこれから伝わるんだ。


 みんな、全く関係のないひとたちのはずなのに、知らないところで繋がってる。そう思うと、不思議だなと思った。




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