12 ■種明かし■
からん
「やっぱり、ほしくてたまらなくてね。また来ちゃったよ」
中年の常連客は店内に入ると一直線に例の黄色い服のもとへと歩いて行った。
手に取ったその服は彼が着ている服と色違いだ。少し前に買いに来て、私の言葉で買うことにしたもの。余程気に入ったらしい。やっぱりいいなぁ、とうっとりしている。
「あ、こないだ楽しかったよ。ツムギちゃんの歓迎会なのに、俺まで楽しんじゃった」
「楽しんでいただけて、よかったです」
あの夜を思い出して顔がひきつるが、彼にはそんなこと知る由もない。
「今度は天祭りだね……あ、知ってるかい? シエルアの天祭りって」
「知らないです。どんなものなんですか?」
「この国一番の夏祭りさ。いろんなところからたくさんの人が集まってくるし、屋台もいっぱい出る。ここも毎年出してるねえ。仕事も大変かもしれないけど、ツムギちゃんも楽しみなよ」
さっと会計を済ませるとまたベルを鳴らしてまたね、と去っていった。
見送って店内に戻ると独り言がもれる。
「大変だったんだよね、あれ」
そう、あの歓迎会は大変なことだらけだった。ヒナタさんとウレンさんの喧嘩の仲裁なんて、特に。
ハヤテに頼まれて思わずやっちゃったけど、なかなか仲直りしてくれなくて、それどころかヒートアップしていく一方で怖かった。
飛び回る火の玉は怖いし、水は壁になったりボールになったりして水しぶきも飛んでくるし。
そして堪えきれずに叫んでしまったのだ。
「やめてくださいって言ってるでしょーーーーーっ!」
そのあとも説教の真似事みたいなことしちゃって。何様のつもりなの私。相手は二人とも、民の長だと言うのに。
呆れたのかなんなのか喧嘩はやめてくれたみたいだけど、そのあとの皮肉のような言葉は怖かった。
二人とも、口元は笑っているのに目は笑っていなくて、私を観察するみたいな目で見てた。取って食われる! って真剣に思ったもん、あのとき。
そのあとは知らない間にいなくなっていて、みんなで楽しく過ごせたからよかったのだけれど。
アトリエをのぞくとばば様が出掛ける支度を始めていた。アトリエでは確かに服とかも作っているみたいだけど、日頃の生活もばば様はここでしているらしかった。
たまには私だってなにかしないと。
いつもはばば様がごはんを用意してくれているけど、たまには私が……
「ねぇ、ばば様」
「どうかしたのかい? また置く場所がわからんのか?」
いや、もうそろそろそれはないよ。もうここで働きはじめてそれなりに日は経っている。服の配置ぐらいはしっかりばっちり覚えました。
「今日は私が夜ごはん作るね」
「お前さんが?」
「こう見えても、お料理は少しくらいできるから。ばば様、新しい服作ってるんでしょ? もう生地は出来上がったんだから、頑張ってよ」
知っておったのか、と驚くばば様に私はまあね、と鼻の下を伸ばす。
みんなが開いてくれた歓迎会から帰ると、作りかけの黄色い生地がはたおりにかかったままなのをたまたま見かけただけなのだけれど。
「じゃあ、お願いしちゃおうかね。まずは適当に買い物しておいで」
「はいっ」
いつもばば様が使っている鞄を借りて、店を出た。
街に出るとたくさんの人がいた。歓迎会で仲良くなった人も何人か見かけて、世間話とやらも少しした。
なんで今までも街に出てこなかったんだろう。そう思うほど楽しいお買い物だった。
「よぉ、ツムギ」
聞き覚えのある声……なんか、嫌な予感がする。そろっと振り返ると顔は私の目線よりずっと高くにあった。
「こんにちは。ヒナタさん」
嫌な予感的中。やっぱり街に出るんじゃなかったかな。
親切にしてくれてたのに、偉そうにしちゃって。絶対嫌われてるよ私。
「なんだ、よそよそしいな。ま、いいや。……俺たち、お前のこと、歓迎するぜ」
「はい?」
「あの喧嘩はお芝居なんですよねー」
「――っ!」
いつの間にか背後にはウレンさんが立っていた。思わず後ずさる私にウレンさんはにっこりと微笑む。
「驚かせるつもりはなかったんですがね、すみません」
音もなく背後によられていて、驚かない人なんていないと思う。鋭いか鈍いかの話じゃなくて、本能的にびっくりするんじゃないかな。
ていうか、お芝居?
「あ、あの、お芝居ってどういう……?」
「お前がこの街に相応しいやつかどうかを診断するテストだっ!」
ヒナタさんは思いきり威張っているが、なにがなんだかわからない。
この街に、相応しいやつかどうか……?
「試すようなことをしてすいませんでした。君が私たちのような者の喧嘩を止められるような思いやりのある人間かどうか、知りたかったのです」
「それで、お前は合格って訳だ!」
「は、はぁ……」
喧嘩の仲裁を引き受けて、正解だったってこと、なの?
……こ、怖い思いしてよかった。本気でそう思う。
でも私、いつもなら絶対見て見ぬふりなんだから、本当は不合格なんだろうな。
……あれ、なのに私、なんであのときは引き受けたんだろう。この人たちなんて見るからに強そうだよ。民の長ってことすでにわかってた。危ない目に遭うかもしれないって、なにがどう、って訳じゃないけどなんとなくわかる。
その時、ふっと頭の中に彼の顔が浮かんだ。ハヤテ。そうだ、ハヤテだ。
彼が私にやれと言ってくれなかったら、私はこの人たちに認めてもらえなかったということ……
なんか、助けられてばっかりだ。
しばらく話してから、私たちは別れた。ちゃんと話してみると優しかったし、また彼らのもとへ遊びにいくという約束を交わして。
「ぐずっ…………ぐすっぐすっ…ぐずっ」
帰り際に小さな広場を通りがかると女の子がうずくまっていた。小さな背中が震えている。
泣くなら、もうちょっと隠れたところとかにしてくれないかな。目の前でこんな姿を見せられると、なんとなく放っておけない。
この前散々な目にあったからあんまり面倒なことには関わりたくないんだけどな……
「どうしたの?」
少女はうつむいたまま泣くばかりで全く答えてくれない。こちらを見ようともしない。
とりあえず、名前言った方がいいのかな。警戒してるなら、一応安心してくれそうだし。
「私、ツムギっていうの。あなたは?」
「ぐずっ……リン…………ぐずぐすっ」
「リンちゃんね。なにかあったんだよね。辛いなら……」
話さなくてもいいけど、と続けそうになって首をふる。
話さなくていいなら私、声かけなくてよかったじゃない。話くらい、聞いてあげなきゃ。話したら楽になるかもしれないし。
「辛いかもしれないけど、少しツムギお姉ちゃんに話してみない?」
「ぐずぐすっぐす……ツムギお姉ちゃんって、あの、ぐすっ、ツムギお姉ちゃん?」
あの、とはどのことだろうか。でも、この子くらいの子供が私の噂を知っていても不思議じゃないな、と思う。
わざわざ歓迎会を開いたのだから昨日の夜はこの子くらいの年の子も一緒にきたか、留守番をしているかのどちらかだろう。
そしてどちらにしろ、私の歓迎会に行くのだと説明するはず。
「うーん、多分……?」
我ながら歯切れの悪い返事だったが、それでリンちゃんは元気になったらしい。ほんとに?と目を輝かせてこちらを向いた。
長く伸ばした前髪を真ん中できれいに分けて、肩まで伸ばしたきれいな髪。涙で少し潤んだ黒い瞳が輝いている。
「シエルアの天祭りって知ってる? そのオープニングイベントに出るんだけど、私歌だけじゃなくて風の舞いまで披露することになっちゃったの」
「すごいじゃない!」
あの常連客のおじさんの口ぶりでは天祭りはすごいものらしかった。そんな祭りのオープニングイベントで歌を歌ったり舞いを舞えるなんて、すごいことなんだろうと思う。
でも、リンちゃんは沈んだ顔をしていた。
「リン、舞いは苦手なの」
「え? でも、選ばれたんでしょ?」
「歌をね、聞いてもらって入ったんだけど、舞いは全然できなくって」
それで、悔しくて泣いている、って訳か。おまけに、話を聞いているとそれで他の子には馬鹿にされているらしい。
でも、なんで私に話を聞いてもらえるって分かってあんな喜んでたんだろ……
「私が踊れるようにしてくれる?」
「え?」
「だって、ツムギって人は、お願い事を叶えてくれるって」
な、なにそれ。
「だってね、ハルトくんが言ってたよ。火を作れるようになった、って。ツムギさんのおかげだ、って」
あれはハルトくんの力だよ。私は関係ない。そう言おうとしたけど、私を見つめるリンちゃんの目がものすごくきれいで、とてもそんなことは言えなくなってしまった。
……ハルトくん、とんでもないことを言ってくれたものだ。