11 □暗黙の了解□
盛り上がるコンターレをひとり後にして、暗闇の中を進む。川のあたりまで来ると、空がきれいに見え、星が多く瞬いていた。
川の水は闇の中でもきらきらと輝いている。足元でのびた草は風でなびいてわずかに音をたてていた。
橋を渡り、いつもの大木の下で突っ立っていると2つの人影が現れた。
「よぉ、待たせたな」
「遅くなってしまってすみませんね、ハヤテ」
ヒナタとウレン。
さっきまで大喧嘩していたわりに、そのような素振りは全くない。なぜなら……
「全く、芝居ってのは疲れるな」
大きく伸びをするヒナタとうんうんとうなずくウレン。
「悪かったな、面倒なこと頼んで」
いいんですよ、とウレンが薄く笑う。
さっきの騒動は、俺が起こした。歓迎会をすると聞いて、すぐに二人のもとに頼みに行ったのだ。
それぞれの民の長である二人には幼いころからかわいがってもらっているから、そのような頼みをきいてもらうのも難しいことではない。たとえ理由が分からなくても、お前の頼みなら、と聞いてくれるのだ。
彼らが自分の力を使うのも指示のうちだ。普段の彼らはむやみに自分の力を使ったりはしない。コユキやサユキのように疑問に思う者も少しはいただろうが、その程度の疑念は問題ない。
ツムギが喧嘩を止めようとしてくれればなんでもよかったのだ。
「で、どうだった?」
答えが知りたい。俺が考えたことが正しいのかどうか、二人の意見を知りたい。
「久しぶりに力を使いましたね。加減が難しくてつい……」
「おまっ、じゃあ手加減なしだったのかよ! あぶねえな」
「聞き捨てなりませんね。私には攻撃した覚えはありませんが。……でも手を抜いているはずなのに、力が暴走してしまったんですよね」
「そういやそうだな。俺、作ろうとした火玉の数よりだいぶと多い数が飛んだ気がする」
「やめろと叫ばれた瞬間、使えなくなったのには驚きましたが」
「お前もかっ」
「えぇ。……ハヤテ。そろそろ私たちにも、説明をしてくれませんかね」
こくりとうなずき、俺は口を開いた。
スカイは伝説の魔術師。空の国に伝わるいくつかの伝説のうち、あるひとつの伝説には少女のスカイが登場する。
初めて顔を合わせたとき、一瞬は疑ったもののすぐにそんなわけがないと思い直した。
それはおそらく街の人々はみんなそうだろう。伝説に出てくる少女が現実に存在するわけがないし、ましてや自分達の前に姿を現すわけがないと思っているからだ。
しかし、もしツムギが本当にそのスカイなのだとしたら……
俺の思い直したのが間違いだったとしたら……
「やめろと叫ばれた瞬間、使えなくなったのには驚きましたが」というウレンの言葉。
やはり、怒鳴られたからやめたのではなかったのだ。やめろと怒られて適当にやめるなんてことをすることはない。しないでくれと頼んである。
二人はやめざるを得なかった。つまり、もう力を使えなかった……
そして朝に見かけたハルトとツムギの姿。
今まで火なんて作れたはずのないハルトが、作ることが出来ていて、とてつもなく驚いた。
ツムギのそばにいることで、力が増幅しているのとしたら?
ツムギの意思によって、俺たちの扱うちっぽけな能力は操られてしまうのだとしたら?
つまりツムギは……
そしてあの伝説が本当のものになるのなら、この国は――
「予想通りだな」
「えぇ、おおかたそのようなことだろうとは思いました」
「わかってたのか」
「ハヤテが無意味に争いを頼むとは思わねえよ」
「これから、ばば様のところへ行くのでしょう? 私たちも行きますよ」
……やっぱり、長は違うな。さすがに見抜いてたとは思わなかった。すごい。
先に歩き出した二人のあとを追った。
からん
「ばば様ー」
うんともすんとも言わない室内に向かって、ヒナタが舌打ちする。
これじゃ客が来てもわからないんじゃないか。
「奥のアトリエでしょうね」
先に進むウレンに続いて売り場の奥に進むと、服が無造作に重ねられていた。
少し触れれば崩れてしまいそうで、まるでこれより先に入ってはならないと言われているような気分だ。細身のウレンと違って、大柄なヒナタは通るのに苦労している。
こんな場所だったら、どこになにを置いてあるのか、分からないんじゃないか。
ぱたんぱたんという小気味よいリズムと木が擦れる音が聞こえてくる。
ここですよ、と僕の方を見やるウレンはこの奥まで来たことがあるようだ。
「失礼します。お邪魔していますよ、ばば様」
「あぁ、誰かと思ったらウレンかい。……こないだの傘、気に入りでもしなかったのかい」
背中を向けたままのばば様にウレンはまさか、と微笑み首をふる。
「おい、ばば様。気づいてんだろ、意地わりぃな。俺も一緒だ。あとハヤテも」
ついにしびれを切らしたヒナタは名乗りを上げる。……しびれを切らすにはわずかな時間しかたっていないはずだが。
「ほぉ、ハヤテとな? そりゃまた珍しい」
ばば様はヒナタの名前を鮮やかにスルーしたが、俺の名前が出てきたことには少なからず驚いたらしい。
いや、少し前にも来たかと呟き、向き直って揃いも揃ってどうしたのかと尋ねてきた。
「ばば様。俺に……いや、俺たちみんなに隠してることないか」
俺の言葉は予想していたとでも言うように、ばば様は背中を向けてまたはたおりに戻ってしまう。
「秘密のひとつやふたつ、誰にだってあるじゃろう」
「……とぼけないでくれ、ばば様。ツムギのことだよ。俺たちからも頼む」
「ツムギ? ありゃ普通の女の子じゃないか。なんのことだい」
ばば様ははたおりの手を休めない。ばば様の手元では布がどんどん作られていく。きれいな朱色に染まった布地に鮮やかな黄色い線で模様が入っているものだ。
「ばば様。あの子は……ツムギは、普通じゃありません」
「なんじゃ、私は化け物を雇ってるとな?」
「いえ、そういう意味ではありません。しかしツムギからは何らかの力が感じられます。まさか、魔力ではないかと……」
「くだらん」
そう吐き捨てると大きな机のところまで歩いていき、一枚の紙をさっと眺める。
「用がないのなら帰っとくれ。見ての通り、仕事中じゃからな」
なんだよそれ。
思わず口を開きかけた俺の肩を掴んで引き寄せ、こうなってしまうともうだめですねとウレンがこっそり耳打ちする。
ヒナタも不服そうな顔つきをしているが、ウレンと共に扉へ向かっている。
いったい、なぜ。ばば様は、絶対に何かを知っている。それなのに……
「私からは、今はまだなにも言えん」
ヒナタが扉に手をかけたとき突然ばば様が口を開いた。
「……っ! どうして!」
「1つの歯車が狂えば全てが変わる。それがよい方向へと変わるのか、悪い方向へと変わるのか、誰にもわからぬ」
「……」
「いずれ、時が来る。その時には、何があっても運命は変えられん」
もう、なにも言えなかった。言う必要はなかった。
その言葉のさす真実は、明確だ。
俺は静かに扉を閉めた。
からん
「とりあえず、ツムギは俺たちのこと仲悪いと思ってるだろうなあ。あんまり、嬉しくないぞ」
「そうですね。なにかいい言い訳を用意しておかないと」
「確かに、あんな大喧嘩したんだから不審に思うだろうな」
いいだろう、と思う。喧嘩するほど仲がいいとか、そういう言葉だってあるんだから別に放っておけばいいじゃないか。
まあ、こういう思いやりのある人柄がそれぞれ長になったポイントだろうとは思うが。
俺には――
「な、どう思う?」
「え?」
「ヒナタがですね、ツムギがどれだけ思いやりのある人間か、試してたことにするそうです。喧嘩を止めようとするような、優しい人間かどうか」
「半分は本当だしな、俺にしては名案だと思うんだが。ハヤテはどう思う?」
「……いいんじゃないか」
……なんでも。最後のは口には出さないが。
「まあ、もうすぐ天祭りですしね。仲良くいきましょう。では」
そう言って俺たちは別れた。
今日知ったことは、心に秘めることを暗黙の了解として。