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大樹に抱かれて眠れ

作者: 浮舟柳

初短編です

ざわざわとざわめく音が聞こえる。

風もなく、緑の木々は共鳴するように葉を震わしていた。



みつけた、みつけたよ

ああ、やっとみつけられた

わたしの、わたしたちの


かわいいこども





傷付いた体を鞭打って足を動かす。前へ前へと歩いた後には真っ赤な血が点々と地面に咲いていた。剣は刃溢れも酷く、真ん中から上は折れてどこかに置いてきた。鎧だってぼろぼろで、かつての硬質な輝きはない。

一歩ずつ地面を踏みしめる度に体がバラバラになりそうな激痛は時間を増すごとに酷くなっていく。


それでも彼は歯を食い縛って、ゆっくりゆっくり確実に歩を進めていた。

時折倒れそうになる体躯はまだ大人に成りきらない少年のもので、痛みに虚ろになりつつある瞳もけして光を失ってはいなかった。




▽▽▽▽▽




ふと気が付くと目の前には大樹の森が広がっていた。大陸で一番古く大きいその森は、敬意を持って民に親しまれる。森と人はどの時代も共にあった。


少年は口許に垂れた血を脱ぐって小さく笑った。彼の目的地はもうすぐ、この古い森でも飛び抜けて古い、森の主と呼ばれる大樹だ。止めていた足に力を入れ、動かそうとして眉を潜める。

少年の背後から呼び止める声があった。焦燥を色濃く滲ませた声の持ち主を、少年はあまり好きではなかった。


「待ちなさい!あなた、そんな体で大樹の森に入るつもりですか?!」


「無茶すんなって、まずは休めよ!」


口々に制止を促す彼らはついさっきまでパーティーを組んでいた二人だ。大陸一番の宮廷魔術師と、大陸一番の力自慢の騎士団長、どちらもプライドの高い貴族出身者。そして少年を加えた三人で長い旅をしていた。


人々を脅かす魔王を倒す旅だった。現にいくつかの村や街は魔族や魔物に襲われ、壊滅していた。二人は王にその実力から魔王討伐に選ばれたのだ。

宮廷魔術師達が喚び出した勇者と共に。



光る魔術陣の中で少年は困惑していた。


ここはどこだろう、あの人達は誰だろう、何で自分はここにいるんだろう


王は少年に魔王を倒してくれ、と頼んだ。勇者として役目を果たさなければ、元の世界に還す魔術を使えない、と嘘をついて。

戦争を経験せず、仲の良い家族と友達に囲まれ育った少年は、元の世界に還りたい一心で必死に訓練した。

魔術を理解し、剣技を修めた。総ては彼自身の世界に戻るために。そして魔物を狩り、魔族と闘い、魔王を討伐する旅に勇者として加わった。


ただがむしゃらに元の世界に焦がれる少年を笑ったのは仲間であるはずの二人だった。


「勇者に選ばれたからと言って、調子に乗らないで下さいね。あなたは私達の命令を聞いていればいいんです」


「勇者なんだから、しっかり働けよ?へまして俺らが怪我したら許さねぇからな」



少年の味方はいなかった。だんだん悲しいとも思わなくなっていったことすら彼はどうでも良かった。

ある日、少年が言い付けられた買い物を済ませて宿に戻ろうとした時に、二人の声が聞こえた。いつもなら自分を使い走りにして、酒場や娼館に入り浸っている二人だ。買えと言われていたものは既に手の中にある。近付いて二人に渡せばいいのに何故か少年の体は路地の影に身を潜めていた。

がやがやと喧しい町の喧騒の中でも二人の声は少年の耳に突き刺さった。


「それにしても陛下もなかなかえげつないよなァ、あんな人畜無害で優しそうな顔見たことねーよ」


「もう少し言葉を選びなさい、不敬罪で突き出しましょうか?…確かによくもまぁ、あれだけしれっと嘘を付けるとは思いましたが」


「お前の方が選べよ。あの餓鬼も大変だぜ、還れねーのにご苦労なことだ」


「そんなこと思ってもいないでしょうに。私達の代わりに存分に働いて貰いましょう、どうせ陛下も褒美を取らす気はないと言ってましたしね」


「じゃあ城の地下牢に入れるのか、凱旋の後か?」


「そうみたいですね、魔力だけはあるので魔術行使の魔力源にします」


凍り付いたように少年は動かなかった。いや、動けなかった。

『還れない』という言葉だけが頭を巡っていた。

問い質しても無駄だろう、現に魔王討伐のあとははっきりと道具にすると言った。

あっさり認めて、今より酷く扱われるに違いなかった。


少年は逃げることもなく、宿屋に向かって千々に千切れそうな心を抑えて歩いていった。





▽▽▽▽▽





旅の果てに遂に彼らは魔王と対決した。いつも通りあくまでも勇者の少年を立てるようにして。

闘いは一昼夜に及んだ。少年は勿論、騎士団長と宮廷魔術師も満身創痍だった。

いつか蘇り、この地に再び禍を、と呪詛のように呟いて魔王は死んだ。涙を流し、歓声を上げる二人の後ろについて少年は一番近くの街へ帰還した。


歓喜に湧く民を横目にひっそりと少年は姿を消して、この大樹の森を目指していたのだった。


二人の身なりは綺麗に清潔になっていた。血と汚れを落として、やっと勇者がいないと気付いたのだろう。慣れていた扱いに少年は無表情で応えた。


「…還れないのなら、どんな姿でも俺には同じだ」


低く唸るような声に、何故知っているのかと二人は息を呑む。そんな二人から目を離して少年はまた歩き出す。

慌てたように追いかける二人はもう頭から消えていた。




さわさわと微風が木の葉を、少年の頬を撫でる。大樹の森は精霊の楽園でもあった。傷付いた少年に精霊達は悲しんだ。

精霊は大樹の森と共に生きてきた。人間が知るよしもないことを知っていた。



違う世界にこぼれ落ちてしまった森の愛し子。精霊達の感情と、森の主や木々達の力が人の形をとって産まれた幼い子。


彼らにとって、少年は勇者ではなく可愛い息子だった。

精霊達が少年に触れる度に傷は癒え、精霊達が謳う度に痛みは消えた。

ありがとうとやっと微笑んだ息子に精霊達は微笑み返し、森の主の所へと誘った。




こんな大きな樹を見たことがあるだろうか、と目を見開いた。どっしりと地に深く根を下ろし、天に向かい枝葉を繁らせる主に少年はそっと触れた。


「あ…」


木肌のでこぼこをなぞり、すがり付くように抱き着いた。母とも父ともしれない慈しみを感じて少年はほろりと涙を流した。

使い物にならない鎧を精霊達が消すと、少年は簡素な平民服で笑う。木の冷たい温もり、精霊達の魔力の笑い声、森の匂い。

初めて来たはずなのに、懐かしさが溢れてたまらない。



おかえり、おかえり

おかえりなさい

わたしたちのいとしいこ


「…ただいま、」


優しく労る声に瞳を閉じた。

酷く疲れていた。肉体的にも、精神的にも、もう限界だった。

精霊達のお疲れ様と言うような音なき声にうんうんと頷いて、根元にずるずるて座り込んだ。


「もう、休んでもいい?」


ねむいのね、ねてもいいよ

おかえりなさい

こもりうたをうたってあげよう


もうがんばらなくて、いいから



「…うん、おやす、み……」


すぅ、と眠りに落ちた少年に、おやみなさい、と精霊達が笑った。


少年を追いかける二人の足音が、声が精霊達を苛立たせた。次々に姿を消したその場所で、ギシッと何かが軋む音が響く。


少年が寄り掛かっている森の主がバキバキと音を立てて口を開ける。長い時の中で、彼自身が魔力を持ち、異界のようになっていた。これからずっと少年は精霊達と森に見守られて眠るだろう。

優しく異界は少年を受け入れて、飲み込んだ。口は元のように閉じてでこぼことした木肌はいつも通り。少年は精霊達の光を浴びながら、より深く深く、異界の底で眠りについた。





「っ何なんだ、今の?!」


「私が知るはずないでしょう?!」



二人は今見た光景が信じられなかった。森の主が少年を飲み込んだことを受け止められずに喚いた。



かえって、かえりなさい

おまえたちはゆるさない

いとしいこ、おまえたちはあげないわ

ひとのおうにつたえなさい


もりはおまえたちをけしてたすけない


せいれいたちもちからをかさないよ



さぁ、 か え れ



轟、と風が暴れた。太く丈夫な枝をも揺さぶる風は二人を拐って消えた。

もう森には静寂しかない。

木漏れ日の中、微かに笑い声が光って消えた。

はい、またも異世界トリップものでした。

バッドエンドか、ハッピーエンドかは読んだあなた次第ということで。





実は連載のマイペース勇者ryとリンクしてたりしてなかったり…わざといくつかの関連性は持たせています。

国の奴ら汚い…書いてて思いましたが、ご容赦下さい。


閲覧ありがとうございました。

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