旅人の話 ~軍事国家~
~軍事国家・Garis~
かつては近辺一帯を支配していた巨大帝国だったが、八年前に旧植民地国家に敗れ衰退。
現在は同盟という名の従属状態にある。
また、敗退による混乱が今も続く。
親父さん、これもう少し安くできないっすか」
「無茶言うなや、坊主。散々値引きまくってまだそんなこと言うのかよ」
商店が立ち並ぶ城下街。
その中の一つの商店で黒髪の青年が恰幅の良いオヤジにしつこく食い下がっていた。
どうやら値引き交渉中のようだ。
「わ~ったよ、たく。じゃあその値段でいいよ」
「まいど、またどうぞ」
だがどうやら青年の方が根負けしたらしい。
代金を払い商品―保存食らしき物―を受け取り店を後にする。そして店から数歩歩きあらためて手に持つ財布の中を見る。
その中は見事に空っぽであった。
事実を再確認した青年は、溜息を吐いた後静かにつぶやいた。
「……金が欲しい」
青年の後姿にはどこか物哀しさが漂っていた。
旅人の話 TORISU
彼は旅人である。
マントをはおり革袋と杖を持った彼の姿を見ればだいたいの人が旅人だと思うし、彼自身も自分は旅人だと認識している。そして彼は自分が旅人であることに少なからず誇りを持っている。
だが同時に旅人という自分の職種がいかに危険かもよくわかっている。
その危険の内の最大級のものが今彼を襲っていた。
ずばり、旅費不足である。
そもそも旅人とは生産活動を行わない。
そして彼が旅をしている理由も、別に誰かに頼まれたからしているのではなく「世界中を見て回りたい」という極めて個人的な事である。
当然収入なんぞ無い。
だが人が生きていくには金がいる。
結果、金は減っていきとうとう今日底がついたのである。以上が彼の今現在の極めて危機的な状況説明である。
そんな彼は今城下街の中心あたりの広場で階段に腰掛けうなだれていた。
「……これからどうするか」
どうにかしてお金を稼ぐ方法を考えているようだが、あいにくとそんな簡単に思いつくなら彼もそこまで思いつめない。
残念なことに、この国―ガリス王国―は八年前の敗戦以来不況まっただ中である。唯一軍隊なら人手不足もあって即採用間違いなしだが生憎と旅人の彼が軍人になることはできないし、彼自身なりたくもない。
「こういうときはあのクソ野郎が羨ましいな、畜生」
そうつぶやいた彼の脳裏には緑髪の、彼と同じ(彼自身は決して同じだとは認めないが)旅人の姿があった。
『道を歩いていたら生活物資がいつの間にか手に入っている』などという普通はあり得ない事態が常に起きているその旅人の幸運が彼に少しでもあれば彼もここまで苦労してはいないだろう。
もっとも、辛いこと、苦しいことそれら全てひっくるめてが旅であると思っている彼からすれば、そんな幸運は願い下げであるのだが。彼に言わせればその旅人が行っていることはただの観光旅行であり、常日頃から少しはこういうことで苦労しやがれと思っている。
しかし、いざこういう状況になると、やはりそういう幸運も少しは欲しくなってしまうものである。
「ホント、どうしたものかね……ん?」
ため息交じりでつぶやいた時彼の視界にふと見るからに場違いな光景がうつった。
お姫様がいた。
いや、別にお姫様みたいに可愛いとかそういうのじゃなく、本物のお姫様がいた。
年齢は十を少し越えたあたりか、まだ可愛いという範疇だがその中にも美しさが出てきている。そして彼が少しばかりその場違いな光景に呆けている間に彼女は彼に気付いたのか近づいてこう言ってきた。
「追われているのじゃ、助けてたもれ!」
そう言われ彼の脳裏にある憶測が走った。
(相手はお姫様、つまり金持ち。お礼は十中八九金銭、それも大金)
「喜んで♪」
げに悲しきは貧乏ゆえか。特に考えもせず彼はお姫様の願いを聞き遂げてしまった。
「おお、頼もしいの。追ってはあれじゃ! はよう撃退してたもれ」
そう言いお姫様は指を指す。
そして彼も指された先を見た。
そこにいたのは彼が想像したゴロツキ……ではなく十数人の鎧を着こんだ兵士さんがいた。
(あ、詰んだ)
そう考えて数秒後彼は兵士さんの一人に吹っ飛ばされ意識を失った。
● ● ●
「う、……何処だここ」
「城の医務室だよ、先程はすまないね」
声の聞こえた方に彼が振り向くと、そこには先程彼を吹っ飛ばしてくれた兵士さん、そしてずいぶんと不満げなお姫様がいた。
「ふん、あっさりとやられおって。おかげでまた連れ戻された」
どうやら彼女は先程の兵士達を彼がバッタバッタとなぎ倒してくれると考えていたようである。まあ、当然ただの旅人の彼が常日頃訓練を受けている兵士にかなうわけもない。
「生憎とただの旅人ですので」
「その割には随分と安請負したのう」
痛いところを突かれたのか彼は少し押し黙る。まあ確かに欲をかいて玉砕した彼が悪いと言えば悪い。
「姫様、それくらいで勘弁してもよろしいでしょうに。さすがに気絶させるほど吹っ飛ばしたのはこちらの失態ですし」
そうフォローする兵士さん。いい人である。
「それで迷惑をおかけしたお詫びの分の謝礼なのですが……」
「そんな奴に謝礼なんぞ渡さなくともよいわ!」
謝礼について話し出す兵士さんに金欠の彼は大変な興味を持ったが、すぐに隣のお姫様が否定してしまった。
「と言われましてもさすがに何もなしではこちらとしましても申し訳ありませんし、そもそも姫様が無断外出などしなければこの方も迷惑を被らなかったわけですし」
「む~……」
その兵士の言葉にふくれっ面になるお姫様。彼女自身少し、ほんの少しばかり責任を感じているのかもしれない。……たぶん。
が、すぐに何かを思いついたのか笑顔で話しだす。
「そうじゃ、そもそもわらわが城を抜け出したのは退屈じゃったからじゃ。その方旅人だと言ったのう。なら旅先での話でも聴かせてわらわの暇を紛らわせば褒美を出すぞ」
その提案を聞いた彼は、
「はい、喜んで」
と、即答した。元々彼はお金のためにお姫様のお願いを聞いたのである。彼にとってみればお金さえ手に入れば過程や手段は特に気にならないのだ。
……まあ、安請け合いした自身の責任ゆえというのもあるのかもしれないが。
「はあ、まあそちらがそれでいいのなら私どもはそれで構いませんが」
「ふむ、では早速聞かせてもらうとするかの」
そして彼は自らの旅の話を語りだし……
「あ、ちょっと待ってください。今姫様用のいすを持ってこさせますので」
……お姫様用のいすが来てから彼はあらためて自らの旅の話を語りだした。
● ● ●
さて、彼が語りだしてだいぶ時間が過ぎ、気がつけばそろそろ日も落ちる時間になって来た。だが彼の話はまだ残っており、しかも途中で終わらすには少し語り過ぎた。そこで、お姫様はこう提案してきた。
「語る時間が無いのなら城に泊まればいいじゃない」
もちろん兵士さんは咎めたがそもそも咎めたところで止まるならこんなことにはなっていない。
結局は兵士さんも折れてしまった。ちなみに彼はお姫様の「褒美……」の一言で快くOKを言った。
「ふむ、なかなかおもしろかったぞ。褒めてつかわす」
そして、すっかり夜更けになったころに彼の話は終わった。彼が語っている最中にお姫様が彼の目の前で食事をとり、それを恨めしそうに彼が見続けながら語るなんてこともあったがおおむねお姫様は満足したようなのでそんなことは関係ないだろう。
「お褒めにあずかり光栄で」
お姫様の相変わらずな尊大な態度の謝礼を形ばかりの礼で受け取る青年。まあ彼女の方はそんな態度は気にしていない様子だが。
「そう言えばおぬし、先程様々な国の事を言っておったが、もしこの国を語るならどんなことを語るのか」
と、突然そんなことを言ってきた。
「そうですね……。まあ今まで渡り歩いてきた中ではずいぶんと栄えた国だとは思いますが、どうにも暗い印象がありますね」
「暗い、か」
その彼の一言に、お姫様は顔に陰を落とした。
「はい。まあ不景気ですしね」
「戦争で負けたことも関係しておるんじゃないかのう」
どうやらお姫様は暗い原因は国が負けたからだと思っているらしい。
王族としての責任とやらを感じているのだろうか。が、そんなことはお構いなく彼は言う。
「いや、戦争自体は特に関係ないと思いますよ。一般国民にとっては国の勝ち負けよりも自分たちの今の生活の方が気になりますから」
「じゃが、貴族はみな戦争に負けたことを今でも言うぞ」
「貴族と一般国民は考え方が違いますよ。貴族は名誉で生きていけますけど、普通の国民が生きるのに必要とするのはパン、もっといえばお金ですからね」
その言葉を聞き押し黙るお姫様は、「今日はもう休んでも良い」と彼に言い、彼はその言葉通りに用意された部屋に行った。
● ● ●
「これが姫様からの褒美です。お受け取りください」
そう言うと兵士さんは彼に袋を手渡した。その中には旅を続けるには十分な量の金額が入っていた。
「それから、姫様より伝言です『次来る時はもっと面白い話を用意しておけ』とのことです」
「また来いってことですか。いやまあこっちとしては話程度でこれだけもらえるなら全然いいんですけどね」
予想よりもだいぶ多い褒美に少し遠慮がちになる青年。だが兵士はこう言う。
「いえ、姫様にも大文気晴らしになられたようです。心なしか昨日よりも明るくなられました」
「もとから明るかったと思いますが」
「いえいえ、昨日は少し作った明るさでしたが今日は本当に明るかったですよ」
兵士は少し神妙な顔になりながら続けた。
「以前から姫様はわが国、ガリス王国全体がどこか暗い雰囲気を漂わせているのを気にかけておられました。そしてその原因だと思われていた敗戦の責任を王族として幼いながらも感じていたのでしょう。街に出歩くのも自分が何かできないかとお探しになっていたのかもしれません。まあ本当に退屈だからなのかもしれませんが」
彼はそれを聞き前半はともかく街に勝手に出歩くのは退屈だからというのが十中八九正解だろうと思った。言わないが。
「しかし今日の姫様は何かその『出来ること』を見つけられたようです。どこか生き生きしているように感じられました。おそらくあなたの話に何かを見つけたのでしょう。ですからその分のお礼です」
そういった兵士さんの顔はどこか晴れ晴れとしていた。と、そこで唐突に思い出したという風にこう言った。
「おお、そういえば言うのを忘れていました。『次来た時にはもっと明るくなってるからな』だそうです。いやはや姫様の御言葉を伝え忘れるところでした」
「そうですか、それでは姫様に期待して待ってると伝えてください。では」
それを聞いた彼もどこか晴れ晴れとした顔で兵士に別れを告げ去ってゆく。そして彼の去ってゆく姿を見て兵士さんも別れの言葉を告げる。
「それでは、また会いましょう。旅人さん」