構造化が苦手な教師の皮を被った化け物たちへ
そうだな、私のことは仮にモグラと読んでくれて構わない。
名前があることは、物事をスムーズに運ぶ効果をもたらすと知られている。
ああそうか、と思ったかい?
それともどの論文に記載されているか教えてくれと、DOIを要求してくれるのかい?
そんなことより、ほら、あそこを見てご覧よ。
学ランをはだけたまま、二年の勝俣清司が職員室に招き入れられている。
招く、というのは少し丁寧な表現だった。
背中をドンと押されて、肩を揺らして抵抗しながらだからさ、大袈裟に言えば暴力ってやつだ。
職員室の中は多層構造になっていて、まずは職員の机が連立するゾーン、そこを過ぎれば教頭の部屋がある。
だけど教頭の部屋とは反対に、小さめの作りの部屋がある。
そう、ご存知の通り、生活指導部屋だ。
噂をすれば生活指導の鬼、田所センセイがやって来たぜ。
勝俣清司と、担任の斎藤レイコが指導室に入ったのを見届けて、最後に田所センセイがパタリと扉を閉めた。
まず口を開いたのは田所センセイだった。
「まあ座りなさい」
勝俣清司は促されるままに、堅いソファに腰をうずめた。スプリングの効いたソファは、滅多に使われない部屋で、久し振りの客人に興奮しているように弾んだ。
そして勝俣清司の向かって左手に斎藤レイコが、右手に田所センセイがそれぞれ相対する形となった。
「なんで呼ばれたか分かるよね?」
斎藤レイコは穏やかに、それでいて力強いトーンで勝俣清司に声をかけた。
田所センセイがその後に続けて、
「きみは授業に出なくて良いと思っているわけ?」
と切り出されたが、勝俣清司の顔色は変わらない。
「いくら模試の成績が優れているからといって、授業に参加しないというのは、教師を侮辱しているんだぞ」
モグラは田所センセイの侮辱、という言葉が引っかかったが、そのまま三人の真剣な空気に圧されて黙っていることにした。
「勝俣くん、あなたは自分が勉強できるからって、偉いと思っているんだろうけど、勉強の良し悪しだけでは人の価値は決まらないのよ」
担任らしく振る舞わなければと凛とした姿勢で、斎藤レイコは勉強だけがすべてではないことを説明している。
事実勝俣清司は頭が良かった。それはあくまで模試の偏差値の高さで定義した場合に限るが、とくにひけらかすわけでもなく、一位で飾られた結果用紙を紙ヒコーキにして窓から投げるくらいの関心しかなかった。
だからモグラは斎藤レイコの耳元でそっと囁いた。
「あのう、勝俣清司は偉いと思ってるんでしょうか?その根拠はありますか?」
まるでモグラのことなど存在していないような態度で、斎藤レイコは反応してくれない。
「レイコ先生も言っている通り、偉そうにしていることは、しっかり反省するんだな。先生たちをリスペクトしなさい」
田所センセイの唾が空中に拡散して、モグラは思わず顔をしかめた。
唾を正面からかけられる勝俣清司の気持ちを推し量れないのに、自分はリスペクトを乞うという事実がモグラには不可解だった。
「そもそもリスペクトって、しなさいって言ってしてもらうもんじゃないでしょ」
モグラは不覚にも笑いを堪えることができなかった。
涙を流してソファに寄りかかったり、床に倒れて喘いだりした。
勉強の良し悪しでは人の価値は決まらないと主張する斎藤レイコ、および田所センセイもまた、勉強が出来ている勝俣清司を一方的に偉ぶっているとラベリングしてしまっているじゃないか。
それに気づくとまた笑いがこみ上げてくるのを禁じ得ない。
「そんなに来たくなければ、学校に来なければいいじゃない?」
田所センセイは笑顔でそう告げた。
「来たくないなんて言った覚えは一度もないし、なぜ授業を受けていないだけで学校に来なければいいという発想に至る経緯分からない。飛躍しすぎなのではないか。って叫び散らせよ、勝俣清司ぃい!」
モグラは三人が取り囲む机の上で渾身のジャンプをしてみるけれど、誰もその様子に驚くものはいない。
モグラの想いなどそっちのけで時計の針は進んでいく。
モグラはいつもみんなの側にいるのに、しばらくして漸くモグラの言葉が胸の奥から染み出てくる。
今日もモグラはせっせと穴を掘り進めている。




