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帰りたい、ああ帰りたい、帰りたい。……  作者: 黒十二色


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4/5

上の句レストラン(中)

 やがてステーキを完食した。めちゃくちゃいい肉だった。もうわりと満足なのと、喉が渇いたままなのと、激うまステーキの価格が気になりすぎるので、さっさと帰りたいと思う。


 俺はお会計をしようと財布を取り出したのだが、俺がたずねる前に、店員が言うのだ。


「上の句を」


 まじか。


 うまいこと五・七・五で伝えなければ帰れもしないのだという。


 逆にコミュ障すぎやしないか。


 そのとき俺は思い出した。店に入って最初にきいた、カエルの注文句を詠んでいた客のことを。


 彼が何をしようとしていたか理解した。帰りたかったんだ。というか、今もまだカエルの足骨をしゃぶりながら、次の句に悩んで頭を抱えているから、帰りたいんだと言ったほうがいいか。


 俺は意を決して、五・七・五を繰り出す。


 店員に紙を見せたら、すぐに詠みあげてくれた。


「払いたい ああ払いたい 払いたい~」


 どうだ。どんな言葉が返ってくるんだ。果たして会計票が返ってくるのか。


「そんな時には おなかにいいもの〜」


 出てきたのが、お粥だった。おなかにいい。でも違うよ。


 払いたいんだよ金を。そして帰りたいんだ。()()()んじゃないんだよ。こんなセンスのないクソダジャレが未来のトレンドなのかよ。


 もしや、意地でも帰らせない気なのだろうか。どう考えても店を出る意志は伝わっていると思うのだが。


 俺が次の句を考えているうちに、カエルの唐揚げを出されていた客が店員を介さず詠みあげる。


「明日には 大事な用事 一周忌~」


 宗教的圧力をかけにいっている。この未来は、寺テーマパークの四方を囲むくらいに葬式仏教が力をもっている。だとしたら、ワンチャンあるか。


 返しは次の通り。


「しろきけむりの のぼるあしたへ~」


 まるで展開を読んでいたかのごとく、精進料理フルコースが次々に運ばれてきた。ああはなるまい。


 まあ彼の上の句は、明らかに嘘っぽかったので、当然の報いかもしれない。それでも誰かの葬式当日にせず、一周忌に設定したところにぎりぎり人間は捨てたもんじゃないなと思わなくもない。


 彼はうまいうまいと言いながら泣いていた。生きて帰れることを祈るばかりだ。


 他人の心配をしている場合ではない。俺は、卒業式の桜吹雪の中みたいな、すがすがしい心情を詠った句にて、帰宅を要求する。


 店員がかわりに詠んでくれる。


「気持ちよく 送り出すから すばらしい~」


 どうだ。


「みずみずしきかな すきとおる紐~」


 なんのこっちゃと思っていたら、お出しされたのは、ところてんだった。


 みずみずしいね。透き通っていて、ひも状ね。送り出す動作が印象的だね。たしかにね。ふざけんな。うめえけど。


 さて、俺が人生で最もうまいと感じたところてんを食している間に、二つの帰宅懇願の句が詠まれた。


 一つ目は離れた席の女の人からだった。目の下に深いクマが刻まれている。どう見ても寝不足である。女の人が詠んだのは「打ち止めよ お財布の中 なにもない~」という句だった。「包みのかたち そのままにして~」と返ってきた。出てきたのが、もち巾着(もち抜き)。だしの染みた油揚げ煮込みおいしそう。女性にうれしいカロリー控えめでもある。帰りたい女の人としては喜べるわけもなく、絶望のオーラをまき散らしていたが。


 二つ目は、肥満気味の男性だった。この人は、かなり常連っぽい慣れを感じる。「そういえば 医者にくいすぎ とめられて~」これは何が出て来るのか読めた。絶対にヘルシーなやつだ。「からだに良いものめしあがりませ~」予想どおり薬膳鍋が出てきた。太った男性は「うまい」と「帰りたい」を交互に繰り返していた。こんな店に通っていたら、そりゃあ肥満にもなる。


 俺が短冊に鉛筆を走らせはじめたとき、さきほど酒の罠にかけてきた老人が指先までまっすぐにして、美しい挙手をした。あの満足げな表情。帰るつもりに違いない。


 あの老人は間違いなく常連。ならば、参考にさせてもらう!


「数え終え 過不足もなく 手を離れ~」


 うまいなと思った。すでに現金を数え終えている情景が浮かんできた。あの小銭を載せる皿にもう数枚のお札と小銭が載ってる感じだ。でも、この未来では現金はあまり使われないはずだが。


 俺がそんなことを考えていたとき、着物の女店員は思考を読み取ったかのように、話しかけてきた。


「古典的なおしゃれ表現ですよ。句の中に現金を描くことで、それっぽい句になるんです」


「なるほどね、俺も真似してみようかな」


 しかし、老人に返された下の句は、「泡立つ油に 匂い立つ海~」だった。


 不穏極まりない響き。


 フライドチキンが出てきた。会計要求は失敗し、揚げ物が老人の前に置かれる。


 老人は思わず胃のあたりをおさえていた。


 未来って、きっと平等なんだな。女性でも、老人でも、子供でも、肥満体でも、分け隔てがない。等しくひどい扱いを受けるのだろう。大丈夫、見慣れたディストピアだ。


 しかし、これは少し納得がいかない。老人の上の句はお会計の雰囲気がかなり出ていた。正直、何がどうなってスパイシーな揚げ鳥になるんだろうか。


 きいてもいないのに、答えを女店員が教えてくれた。


「つまり、『数え終え』は、粉の配分を計り終えること、『過不足なく』は、スパイス入りの魔法の粉が過不足ないということ。『手を離れ』は、油の中に投入ということ」


 厳しすぎないか、この店。


 ならばと老人は、次の句をひねりだす。


「ここにては すでに終わりと 定まりぬ~」


 シンプルに終わりだと訴えた。


 けれども、俺でもわかる。


 この店で、その上の句は、アウトだろ。



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