上の句レストラン(上)
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腹が減ってきた。
未来の現実がこってりしすぎているからな。なにかサッパリしたものが食べたい。
それと、テーマパークを歩きまくって疲れたし、思い返すと未来に来てから一滴の水分もとっていないので、喉も渇いて仕方ない。
俺は適当な店に入ることにした。
最初にあった飲食店に足を踏み入れた。和風な感じの内装だったが、テーブル席のみだった。
どちらかというと未来感の薄い、庶民的な食堂のような雰囲気だ。
未来の連中は、たいがいまともな挨拶ができない。けれども、この店は違った。
着物姿の女店員は、おなじみとなった触角をつけており、「はいどうも、いらっしゃいませ。初めてで? ようこそ『上の句レストラン』へ」と言いながら、おしぼりを持ってきた。
席に着いた。
そこまではよかった。でも、店の雰囲気が少し変だ。誰もしゃべっていなかったが、決して静かではなかった。
紙に鉛筆を走らせる音が響いている。
誰もが集中してアイデアをひねり出しているようで、俺が犬くさいのも気になっていない様子だった。
しばらく眺めていると、一人が挙手をした。
着物の女店員は「はいはあい」と言いながら、駆けつけ、客から紙を取り上げて、よく通る大声で厨房に向かって言うのだ。
「しずけさに カワズないては 飛び出して~」
五・七・五である。
厨房からは、すぐに次の言葉が帰って来た。
「衣を羽織りて 四肢を踊らす~」
七・七である。
それを聞いた途端に、客は両のこぶしで机を叩いた。
「クソォ、またダメか!」
よくわからないが、なにがしかのギャンブルが行われていることは理解できた。
「あの、これは何なんですか?」
着物の店員にたずねたが、「五・七・五。お願いします。そこの紙」と返された。「は?」と言ったら、キツい表情でにらまれた。
しばらくすると、さきほど机を叩いた客の前に、料理が運ばれてきた。「カエルの唐揚げでございます」とのことだ。
泣きながら、うまいうまいと食っていた。
その後もしばらく観察していると、どうも、この店は注文の仕方がとんでもなく特殊なようだ。
メニュー表がなく、料理の注文はすべて上の句を詠むことで行われる。
何の試験だこれ。
しかし、席についてしまった以上、逃げられない。俺はテーブル中央に置かれていた入れ物から短冊を取り出し、そこに文字を書き入れる。
何はともあれ、まずは水がほしい。お冷でのどを潤したい。
この店は、まず間違いなく、上の句をぶちかまさないと水も出てこない。
俺は目を閉じて思考をめぐらし、やがて紙に書いた。
「いままさに 砂地のなかを 彷徨えば~」
手ごたえがあった。いや手ごたえしかない。うまく詠めた。
乾いた情景が浮かんでくるはずだ。ここまで砂漠を表現すれば、持って来たくなるものだろう。一杯の水を。
厨房からよく通る声が返ってくる。
「熱い日差しに 肉も焦げ付く~」
肉。
絶対に水じゃない。
肉が来る。
案の定、出てきたのは分厚いステーキだった。鉄板の上で、アツアツだった。じゅうじゅうと肉汁がはじける音を立てている。
目の前にナイフとフォークが静かに置かれたとき、俺は他の客の注目を集めていることに気付いた。
それは、羨望の眼差しというよりも、「ようこそ地獄へ」と言っているような目に思えた。
ステーキを口に運んだ。うまい。ものすごくうまい。最高だ。でも口の中の水分は、さらに奪われていく。
ステーキが完食に近づいたころ、老人が手を挙げたのが見えた。
店員に見せるまえに、自分で詠んだ。
「音もなく 満ちてひろがる 透明の~」
それに返って来たのは、「命をうるおす 一杯の水~」という下の句だった。
運ばれてきたのは、まさに一杯の水だ。老人はそれを一気飲みして、生き返ったような顔をしていた。
今、俺が最も欲しいものだ。俺も生き返りたい。
俺は真似をして、老人と同じ上の句を詠んだ。
同じように「命うるおす 一杯の水~」と返され、出てきた透明なものにすぐに口をつけた。
「違う。これはっ」
日本酒に似た味だった。明らかにアルコールが入っている味だ。アルコールは得意じゃない。喉を潤すどころではない。
俺は「酒じゃねーか」と思わずツッコミを入れてしまったが、ここでは五・七・五以外の発言が禁じられている。店員が目で制してきた。申し訳ない。
さっきの老人が、こちらを見てにやにやと笑いを浮かべているのが見えた。
もしや、俺が水を欲しがっているのを見抜いて、罠にかけたというのか。おそろしい店だ。




