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帰りたい、ああ帰りたい、帰りたい。……  作者: 黒十二色


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3/4

上の句レストラン(上)

  ★


 腹が減ってきた。


 未来の現実がこってりしすぎているからな。なにかサッパリしたものが食べたい。


 それと、テーマパークを歩きまくって疲れたし、思い返すと未来に来てから一滴の水分もとっていないので、喉も渇いて仕方ない。


 俺は適当な店に入ることにした。


 最初にあった飲食店に足を踏み入れた。和風な感じの内装だったが、テーブル席のみだった。


 どちらかというと未来感の薄い、庶民的な食堂のような雰囲気だ。


 未来の連中は、たいがいまともな挨拶ができない。けれども、この店は違った。


 着物姿の女店員は、おなじみとなった触角をつけており、「はいどうも、いらっしゃいませ。初めてで? ようこそ『上の句レストラン』へ」と言いながら、おしぼりを持ってきた。


 席に着いた。


 そこまではよかった。でも、店の雰囲気が少し変だ。誰もしゃべっていなかったが、決して静かではなかった。


 紙に鉛筆を走らせる音が響いている。


 誰もが集中してアイデアをひねり出しているようで、俺が犬くさいのも気になっていない様子だった。


 しばらく眺めていると、一人が挙手をした。


 着物の女店員は「はいはあい」と言いながら、駆けつけ、客から紙を取り上げて、よく通る大声で厨房に向かって言うのだ。


「しずけさに カワズないては 飛び出して~」


 五・七・五である。


 厨房からは、すぐに次の言葉が帰って来た。


「衣を羽織りて 四肢を踊らす~」


 七・七である。


 それを聞いた途端に、客は両のこぶしで机を叩いた。


「クソォ、またダメか!」


 よくわからないが、なにがしかのギャンブルが行われていることは理解できた。


「あの、これは何なんですか?」


 着物の店員にたずねたが、「五・七・五。お願いします。そこの紙」と返された。「は?」と言ったら、キツい表情でにらまれた。


 しばらくすると、さきほど机を叩いた客の前に、料理が運ばれてきた。「カエルの唐揚げでございます」とのことだ。


 泣きながら、うまいうまいと食っていた。


 その後もしばらく観察していると、どうも、この店は注文の仕方がとんでもなく特殊なようだ。


 メニュー表がなく、料理の注文はすべて上の句を詠むことで行われる。


 何の試験だこれ。


 しかし、席についてしまった以上、逃げられない。俺はテーブル中央に置かれていた入れ物から短冊を取り出し、そこに文字を書き入れる。


 何はともあれ、まずは水がほしい。お冷でのどを潤したい。


 この店は、まず間違いなく、上の句をぶちかまさないと水も出てこない。


 俺は目を閉じて思考をめぐらし、やがて紙に書いた。


「いままさに 砂地のなかを 彷徨えば~」


 手ごたえがあった。いや手ごたえしかない。うまく詠めた。


 乾いた情景が浮かんでくるはずだ。ここまで砂漠を表現すれば、持って来たくなるものだろう。一杯の水を。


 厨房からよく通る声が返ってくる。


「熱い日差しに 肉も焦げ付く~」


 肉。


 絶対に水じゃない。


 肉が来る。


 案の定、出てきたのは分厚いステーキだった。鉄板の上で、アツアツだった。じゅうじゅうと肉汁がはじける音を立てている。


 目の前にナイフとフォークが静かに置かれたとき、俺は他の客の注目を集めていることに気付いた。


 それは、羨望の眼差しというよりも、「ようこそ地獄へ」と言っているような目に思えた。


 ステーキを口に運んだ。うまい。ものすごくうまい。最高だ。でも口の中の水分は、さらに奪われていく。


 ステーキが完食に近づいたころ、老人が手を挙げたのが見えた。


 店員に見せるまえに、自分で詠んだ。


「音もなく 満ちてひろがる 透明の~」


 それに返って来たのは、「命をうるおす 一杯の水~」という下の句だった。


 運ばれてきたのは、まさに一杯の水だ。老人はそれを一気飲みして、生き返ったような顔をしていた。


 今、俺が最も欲しいものだ。俺も生き返りたい。


 俺は真似をして、老人と同じ上の句を詠んだ。


 同じように「命うるおす 一杯の水~」と返され、出てきた透明なものにすぐに口をつけた。


「違う。これはっ」


 日本酒に似た味だった。明らかにアルコールが入っている味だ。アルコールは得意じゃない。喉を潤すどころではない。


 俺は「酒じゃねーか」と思わずツッコミを入れてしまったが、ここでは五・七・五以外の発言が禁じられている。店員が目で制してきた。申し訳ない。


 さっきの老人が、こちらを見てにやにやと笑いを浮かべているのが見えた。


 もしや、俺が水を欲しがっているのを見抜いて、罠にかけたというのか。おそろしい店だ。



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