26
その日は、祈りの予定はなかった。
回復日だ。
体の重さも、前日よりは抜けている。
いつも通りの朝だった。
廊下を歩いていると、神官の一人が、マリアさんを呼び止めた。
小さな声で、何かを伝えている。
私は、少し離れた場所で、そのやり取りを見ていた。
マリアさんは、すぐにはこちらを見なかった。
一度、視線を落としてから、ゆっくりと振り向く。
「……聖女様」
「はい」
「本日は、予定通り、回復日です」
私は、頷いた。
それ以上の説明は、なかった。
部屋に戻り、窓辺の椅子に腰を下ろす。
外は、静かだった。
遠くで、馬車の音がする。
人の声も、かすかに聞こえる。
世界は、今日も、動いている。
昼前、また、廊下が少しだけ騒がしくなった。
扉の外で、誰かが低い声で話している。
聞き取れたのは、ほんの一部だけ。
「……順番が……」
「……もう……」
マリアさんが、扉の前で立ち止まった。
ノックは、なかった。
しばらく、そのまま立っていたが、
結局、何も言わずに、その場を離れていった。
私は、何も聞かなかった。
聞いてはいけないことだと、思ったわけではない。
ただ、聞く理由が、なかった。
夕方になって、ロディさんの足音が、廊下を通り過ぎた。
いつもより、少しだけ、早足だった。
それだけだった。
その夜、食事のあとで、私は、ふと口にした。
「……今日、何かありましたか」
マリアさんは、ほんの一瞬、動きを止めた。
「……いいえ」
それから、少し間を置いて、
「特には」
そう答えた。
私は、それ以上、何も言わなかった。
回復日だ。
祈りは、していない。
だから、私は、何もしていない。
でも。
その夜、なぜか、胸の奥が、少しだけ重かった。
理由は、分からない。
きっと、昨日までの疲れが、まだ残っているのだろう。
私は、その理由を考えないまま、灯りを消した。




