23
朝、窓を開けると、空気がひんやりとしていた。
吐いた息が、少しだけ白く見える。
マリアさんが、外套を手に取ってくれた。
「今日は、冷えますね」
「ありがとうございます」
それを羽織ると、体が少しだけ楽になった。
順番表を確認してから、私は馬車に乗り込んだ。
今日の最初は、神殿から少し離れた地区。
平民の家が並ぶ場所だ。
最初の家では、年配の女性が、布に包まれた子どもを抱いて待っていた。
「……お願いします」
声は小さく、何度も頭を下げられる。
私は、子どもの額に手を当て、腕ごと包むように抱えた。
早く良くなりますように
胸の奥で、いつもの言葉をなぞる。
光は、すぐには強くならなかった。
ゆっくりと、滲むように広がっていく。
少しだけ、息が上がった。
でも、光が収まるころには、子どもの顔色が、わずかに明るくなっていた。
「……ありがとうございます……」
女性は、何度も何度も、頭を下げた。
「お力になれて良かったです」
それしか、言えなかった。
次の家へ向かう途中、神官の一人が、ロディさんに小声で話しかけた。
私は、少し離れたところで、その様子を見ていた。
ロディさんは、すぐにはこちらを見なかった。
一度、神官と短く言葉を交わしてから、ゆっくりと振り向く。
「……急ぎの案件が入ったそうです」
「急ぎ、ですか」
神殿の近くの、貴族の家だという。
私は、順番表のことを思い浮かべた。
今日の予定には、なかったはずだ。
「……先に、そちらへ向かいます」
命令ではなく、確認のような声だった。
私は、順番表を思い浮かべたけれど、口には出さなかった。
「分かりました」
──そういうものだ。
馬車の向きを変え、私たちは別の屋敷へ向かった。
その家では、暖かい部屋に通され、すぐに椅子が用意された。
ソファに座る若い男性は、顔色も悪くない。
「少し、息苦しくて……念のため、と思いまして」
私は頷いて、手を取った。
光は、すぐに強くなり、すぐに収まった。
体は、ほとんど疲れていなかった。
「ありがとうございます、聖女様」
何度も礼を言われ、私は小さく頭を下げる。
「それでは、失礼します」
再び、平民の地区へ戻った。
次の家では、男性が、壁にもたれるようにして待っていた。
「順番が……今日だと聞いて……」
声は掠れている。
私は、その人の手を取り、いつも通り、祈りを捧げた。
今度は、少しだけ、時間がかかった。
光が収まったころには、肩に、わずかな重さが残っていた。
馬車に戻ると、窓の外は、もう夕方の色になっていた。
暫く、揺れの音だけが響く。
「……本来なら」
ロディさんが、ぽつりと言った。
私は、そちらを見た。
「今日は、少し押しましたね」
言い直したような声音だった。
「でも、ちゃんと終わりました」
私は、そう答えた。
ロディさんは、目を伏せたまま、それ以上は何も言わなかった。
今日も、順番通りだった。
私は、そう思いながら、窓の外を眺めていた。




