第53話 lim "?"→ "!"
扉の先に何があるのか....
世界の真理か、あるいは僕自身の"書き換え"の根源か...
思考の海に沈む前に、まずはこの物理的な境界をこじ開けなければならない。
「フレッド....? あなた、さっきから一体どうしたの?」
―背後から突き刺さるローズの懸念を、彼は無慈悲に黙殺する。
「すまない...今はそれどころじゃないんだ.....!」
―彼はいつものように、左手でアテナの喉元を固定する。
急な動作を嫌がるのが猫だ、暴れられては困るからだろう。
彼の右手はまるで月光を吸い込んだような黒い背を、ゆっくりと撫で上げる。
そして、指先が首輪の冷たい質感に触れた。
「"扉"....これのことか....?」
―彼は震える右手で、その首輪の中央に鎮座する金属プレートを指に挟む。
「"カール=アルブレヒト"...これで間違いないな?」
「ミャーウ...」
―アテナは機械的な声で以て、その問いに応えた。
そして首を"クイッ"と右斜めに上げ、プレートの裏を見せる。
「裏にメッセージか...."ここに記憶を記す。選ばれし者のみが視るだろう記憶を".....」
間違いない、これが"扉"の鍵穴だ。
十中八九、鍵は魔力だろう...紋が導く筈だ。
―彼は急の仮説に基づき、魔力を"鍵穴"へと流し込む。
「これで、いいんだな?」
「ミャー、ミャウ....!」
―直後、彼は青白い光の奔流に巻き込まれた。
彼の視界に展開されるのは、巨大なステータスウィンドウの様なものの群れである。
.......
「"失われゆく記憶....清算すべき記憶....それでも汝は視ることを欲するか? 欲するならば魔力を流せ、深層へ進むのだ"」
警告か....?
ありがたいが、もう遅い。
好奇心に勝るものはこの世に存在し得ないのだ....!
―彼は首輪へと魔力を流し込む。
だが、その深層にあった続きは彼の期待するものではなかった...
「"ここに記す*****我***魂*****なのである。
故にが主****計画を進****42*********る。".....」
何だこれは....?
文字化けしてて、読み取れない...
媒体の劣化が原因...?
いや、恐らくそこまで古いものじゃない....
まさか、誰かに破壊された?
―彼は訝しげに思い、思考を巡らす。
だが、そこでまた奇怪な事象が彼の思考に追撃する....
「文字列が変わった!? それに、 "自分で探りなさい"って......」
―彼の眼前の文字列は一文字づつ消され、そして書き換えられていった...
"自分で探りなさい"、と。
...................
誰だ.....!?
誰かが直接、書き換えてる!
―だが、問答を許さない情報のテラスは硝子細工の様に砕け散る。
強引な現実への回帰....彼の視界にはローズの困惑と恐怖の混ざった顔が戻って来た。
「一体、どうしたのよ!」
「それは僕のセリフだ! そんなことよりも"記録"は!」
「あなたさっきから何を......って、あれは!?」
―ローズは急に焦った形相で指差しをする。
その先では、首輪から猛烈な勢いで舞い上がる赤い光の粒子が踊っていた。
それは情報のオーバーロードか、あるいは隠蔽プログラムの発動か.....
首輪は紅白の明滅を繰り返す。
だが、それも長くは続かないようだ。
首輪は臨界点へと達したのか、その交互は止まる....
「「ッ!」」
―その刹那、部屋全体が網膜を灼くような鮮烈な"紅"に塗り潰された。
窓を通して、目の前の道路は一瞬の朝焼け景色を孕む。
それだけの光を浴びれば、鈍い衝突音が床に響き渡るのもごく自然である。
.............
―計算式は完成していた。
真理の階段は確かに真理本体へと続いていたはずだ。
だが右辺に辿り着く直前で、永遠の断絶は宣告された。
彼は漸近線の先にある虚無を見つめたのだ。
その沈黙は数学の厳密さよりも冷徹である。
結局、彼の魂は"?"を叫ぶことを許されない宿命なのだろうか...?




