第48話 ロッソシュナイダー戦 - Ⅲ
前回のあらすじ
大事な日にも関わらず、連絡もなしに会いに来なかったフレッド。
ローズは嘆き悲しみ自棄酒に走る。
だが、その自棄酒はとんでもないモンスターを生み出してしまう....
痴態に塗られた記憶を"上書き"する....
そのために彼らは戦いに臨むのであった。
一口に冒険者と言っても、そこには見えない"壁"が幾層にも存在する。
その最たるものが、Bランクへの昇級だ。
それは"単なる新人"から、"信頼ある猛者"へと至るための試練である。
規則は至ってシンプルで"Bランク以上に指定された脅威を討伐し、実力を証明する"それだけだ。
だがそのシンプルな条件が今、僕たちを袋小路へと追い込んでいた。
ギルドの掲示板をどれだけ睨みつけても、条件を満たす依頼はただ一つ...
「Aランクモンスター、"ロッソシュナイダー"......これしかないわね。」
―なんとしても"上書き"したいローズにとって、選り好みの余地はなかったようだ。
失禁のショックから立ち直れないアルフレートや相変わらずナンパに余念がないサイモンを背に、ローズは迷いなくその依頼書を剥ぎ取る。
………………
そして、現在
「あっそうだ。 ねぇ、1つ聞いていい?」
「ん? 何のこと?」
「本契約って、どれくらいステータスが強化されるの?」
出た...流石は自己強化厨のローズだ。
だが、ふっ.....驚くがいい。
「なんと、全能力が1.75倍まで底上げされるんだ!」
1.75...一見、中途半端に聞こえるかもしれない。
だがいずれ成長限界に近づいた時、まあ既にかなり近い状態にあるのだが....その時、これは天と地ほどの差を生み出すのだ!
―だが、彼女から返ってきた言葉は彼の意とは異なり...
「....それだけ?」
「え?」
今、なんて言った?
「全部のステータスが1.75倍なんだよ? 体力も、魔力も、加護以外じゃ伸ばし辛い知力だって...」
「確かにバランスはいいかもしれないけど...一項目に特化すれば"ステータスゲイン"の方が倍率は上じゃない?」
ローズ君、少しは空気を読みたまえ。
美学なき力はただの暴力だ。
一点突破の歪な力に、果たして美性は宿るのか?
否、宿らない!
―そんな不毛な議論を打ち切り、2人は樹林の奥にある渓谷へと足を踏み入れていた。
「ねぇ、近くにいそう?」
「....いや、"ソナー"に反応はないよ。 でも、何かがおかしい...」
本当に静かだ...鳥の羽ばたきも、風音もない...若干、不自然な域だ。
「そう。 なら、もっと奥に...」
―そう言いつつローズが木々の隙へ踏み出そうとしたその瞬間、フレッドは脳を焼くような凄まじい圧力が襲われる。
「ローズ!!」
「え....?」
迷う隙もなく体を動かした。
呆然とするローズの腕を掴み、背骨が鳴るほどの力で自分の方へと引き寄せる。
―ゴォォォッ!
空気を切り裂く、鈍い風切り音。
今の今まで彼女の首筋があった空間を、その波が通り過ぎる。
それは2人の背後にそびえ立っていた巨木を、まるで紙細工のように粉砕し、木っ端に宙を舞わせた。
「へ...?」
「来たか.....」
―林冠に隠された暗闇より、揺らめく"紅毛"が姿を現す。
暗紅色の毛皮、巨大な体躯...そして獲物を臓器ごとに"解体"する、仕立て屋の爪....
紛うことなき、ロッソシュナイダーである。
「先制を許したか...一旦引くぞ、ローズ!」
「ええ、了解よ!」
―この世界において、先制攻撃というのは大体の場合、勝利を意味する。
それ即ち、この状況での継戦は彼らの敗戦を濃厚なものとするということだ。
当然2人は仕切り直しを図り、一時的な後退を目指すが....
"ヒュンッ!"
空気が僅かに震え、美しく、鋭い"裁ち鋏"が尾を引いて走る。
「くっ....退路が!」
―静かに振り下ろされた二撃目は2人の背後にあった大木を布切れでも切るように綺麗に裁断する。
その倒木は轟音を立つつ、道を塞いでしまった。
これにより、2人は引くに引けない状況へと追い込まれる...
「こうなったら....フレッド、覚悟はいい?」
「あぁ...出し惜しみはなしだ!」
こちらが解体される前に、あの紅い獣を仕留める。
それ以外に、僕達が生き残る道はない...!




