第46話 ロッソシュナイダー戦 - Ⅰ
ロッソシュナイダー......."紅き仕立て屋"の名を冠するその魔物は、誇り高きAランクモンスターの一種である。
"一流"の必需品とまで称される美しい深紅の毛皮からロッソという名を...
その鋭い爪で獲物を臓器ごとに、また傷の一切をつけることなく解体する姿からシュナイダーの名を取った、最も凶悪な魔物の一種だ。
そして、今僕達が狩りに向かっているモンスターでもある。
だが....
「フレッド、足が止まってるわよ。」
それ以上に恐ろしい魔物が隣にいたのだと知ってしまった...
.............
時は遡り深夜。 ローズの宿にて....
― 2人はテーブルを挟んで対極の椅子に着いていた。
アルフレッドが俯き、現実逃避に魔力に関する仮説や理論を立て続けている。
対して彼女は窓際で腕を組み、冷たい氷の様な視線で、だが怒りの熱が籠もったものでただ彼を射貫くのみだ。
その衣装はバスローブのみとなっているが、彼にとっては全くもって無防備な色気には映らず、かえって恐ろしい存在に彼女を認識させる。
.......
「ねぇ....あなた、なんで私がここに呼び出したのか....分かってらっしゃる?」
―その声は静かではあるものの、怒りは滲み出て隠せていない。
「はい.....」
「聞こえなかったわね....もう一度聴こえるように鳴いてくださる?」
―普段、絶対に見せることのないローズの口調に震えながらも彼はこう答える。
「契約の翌日という最も誠実でなければならない日から、貴女を放置して何時間も待たせてしまったからです....」
「あら、綺麗な鳴き声だこと......次。 何の断りもなくギルドに来なかったわね...その間、あなたが耽っていた者の名を教えなさい。」
「それは、その........実は昨日の記憶がないんだ...」
昨日アルフレートを共同墓地まで連れて行ったことまでは覚えてるけど...目覚めたら何でかギルドの路地裏でサイモンには乗られて、アルフレートとは何かのワイヤで繋がれた状態だった。
あの後ワイヤは簡単に解けたんだけど....そんなことからでは、一体何があったのかはさっぱりだ。
「共同墓地まで行った覚えはあるんだ....でも、気がついたらギルドの所にいて....っ!」
―言い訳とも捉えられる曖昧な言葉を続けるフレッド。
だが彼の言葉を遮るようにローズは徐ろに席から立ち上がると、彼の背後からその白くたおやかな指を彼の襟元に滑り込まる。
彼の首筋に沿ってその指をゆっくりと、また艶めかしく這い上げさせるのだ。
まるで獲物の急所を掻き切るように.....
「そう、記憶がないのね....ふふっ、私との誓いも忘れるほど楽しい"ナニか"があったのかしら?」
「いや、そういうことじゃ...」
―ローズはついに尚も言い訳がましい言葉を並べる彼に痺れを切らしたのか、今度は彼の耳を舌でネットリと舐り始めた。
エルフにとって、耳とは目に次いで重要な...ある意味、神聖な器官なのだ。
それを舐られると言うことは、相手に生命の手綱を握らせることを意味する....
彼が体の習性として背筋を震わすのも無理はない。
しばらくした後、彼の反応に満足したのか、はたまた飽きたのか、彼女は流れるように彼の肩へとその整った顔を乗せてみせる。
「ぷはぁっ.......ふふっ、教えてあげる、私はあなたが思ってるよりもずーっと欲深くて卑しい女なの。 それでもあなたが私から逃げるというなら.....」
―ローズは壁に立て掛けてあった剣を愛おしそうに引き寄せると、その腹を先程の動きと同様になぞり始めた。
だが、その軌道は次第にずれていき....
「あら指が切れちゃったわ。 大変、早く治さないと..."ヒール"」
「........」
「あなたの傷も私が癒してあげるわよ?」
―契約の影響によりローズの負傷がフレッドにも反映され、彼の指からも血が垂れる。
「あなたを癒せるのは...いいえ、それが許されるのはこの世に私ただ一人なのよ?」
―なんでも、社会では傷を癒すヒーラーというのがどうやら好かれやすいらしい。
きっと彼女もその狙いだろうが、何を思ったのか自傷によるものだ。
彼がその穴を突かないわけがない。
.........
「絆創膏は常備してるからね、大丈夫だよ。」
今のローズは危険だ....なんとか彼女の筋書きから外れないと...
「あらそう、残念だわ....」
良し、狙い通りに...
「なら、消えてもらうしかないかな....」
「.......」
―どうやら、その穴はローズによって塞がれたようだ...
「「.......」」
―ローズから溢れ出る無言の圧によってその場は沈黙に包まれる。
フレッドはもはやその緊張から冷や汗と細やかな震えを隠せなくなってしまっている。
きっと今頃彼の頭の中は、大量の仮説とその不立証によって埋め尽くされ、オーバーフロー直前に......
おや...たった今、思考停止してしまった様だ。
........
―彼の思考停止によってその場の緊張は緩みを忘れ、長い沈黙を生み出し続ける。
だが、それを破るのもまた彼女の言葉であった。
....
「はぁ....もう良いわ....私からの新しい"お願い"、聞いてくれるなら許してあげる。」
「"お願い"....?」
「そう、簡単なお願いよ?」
"簡単な"って.....絶対、簡単じゃないような...
「一体、何が望みなんだい?」
―彼の口は無意識の内に、かつてノールに問いかけたものと同じ言葉を発していた。
「ふふっ....私の望みはね...穢されたあなたの上書き...かな?」
―その"女"は身につけたローブ唯一の紐を妖艶に解く様を見せつけながら、彼の問いに答える。
もっとも、彼女が胸を強調しながら腕で抑えているためローブは開けていないが...
だがその光景は彼を思考放棄へと陥れるのには、十分過ぎる威力であった。
彼は意識を飛ばす....きっと、未来の自分が解決してくれるだろうという淡く絶望的な期待を持って....
「さあ、早くベッドに行きましょ...う...小鳥....さ...ん...」
―だが、先程までの迫力はどこへ行ったのか、ローズはその言葉途中でテーブルに伏してしまう。
フレッドは急いで駆け寄るも.....
「ローズ、ローズ! ....って、酒くさ!」
―心配は杞憂に終わったらしい。




