第42話 契約 - Ⅲ
―契約のために彼らは街の教会に向かっていたのだが....
「教会って、この方向で合ってたっけ?」
「多分こっちだ。」
「確か、もっと街の北側じゃなかった?」
「いや、こっちにある...そんな気がするんだ....ほら、見えた!」
―彼の指差す方向には見事な教会がそびえ立っている。
「本当ね...」
随分と大きいわね.....あんな規模の建物だったかしら?
でも......
「ねぇ、せっかくなら....その...式は私の故郷で挙げない?」
「え? もう着いたんだから今更そんなこと....」
「こういうのは普通、縁のある所で挙げるものよ。」
フレッドはエルフの森の出身だろうから私が行くと色々面倒だし、私の故郷で挙式するのが妥当ね....
それにお父様達にもフレッドのこと、紹介したいし...
「ちなみにローズの故郷って、どこ?」
「"フルクハイム"よ。」
"フルクハイム・アム・ラーン".....懐かしいなぁ....
最後に帰ったのって、丁度フレッドに会う前だったかしら?
「......そこまで鉄道で何時間くらい掛かる?」
私が来た時は確か.....
「そうね....大体、半日くらい掛かるわ。」
「それは.....ちょっと長旅になるんじゃない?」
「言うなれば、私はその長旅の途中なのよ?」
だって私はエールの宿に泊まってるだけで、エールに住んでいるわけではないもの。
「悪くはないと思うけど....」
「なら、今日は一旦帰って準備でもしましょ?」
お父様とお母様にはフレッドのこと、なんて紹介すれば良いかなぁ...."私の未来の旦那様"とか?
きゃぁぁ、そんなの恥ずかし過ぎて言えないわ!
―だがそんな彼女の思考とは反対に、彼の口からは彼女にとって意外な言葉が紡がれる。
「でも....エールには十分、縁があると思うけどなぁ...」
「?」
どういう意味?
―彼は少し間を置いてから、その口を開く。
……………
「もしエールに来てなかったら......こうして会うこともパーティーを組むこともなかったと思うから......ね?」
「ッ!」
そ、それは、名著 "恋愛バイブル - 発展版"、第29章90部の例文、"ジーニア=スコバヤシサンの告白"のセリフ!
........
「そ、そうね! なら、ここで挙げても...良い...かなぁ...?」
ふふっ、私とあなたの出会うきっかけの街....うん、良いわね!
「そうか! なら、早く行こう!」
「ええ、早く入りましょ!」
................
だが、その後.....
「はぁ....散々な目にあったわ.....」
「今日という素晴らしい日に感謝を!」
―ローズは疲れ果て、フレッドは狂喜している。
何故この様になったのかと言うと.....
...................
時は少し遡り....
あれ? 教会の割には内装がやけに荘厳な気が....
―彼らは既に教会の中へと足を進めていた。
だがその教会はローズの知っているものとは異なるものであり、特にラルバフ神ではなく幾何学模様を採った色硝子は彼女の目を引く。
「おや、何か御用で?」
神父様かしら? それにしても...他に人はいないのね...
「私達、守護契約を結び...「入信ですか!」」
はい?
「"入信"? 私は既にラルバフ教徒なのですが....」
「ラルバフ教徒ッ! つまりそれは改宗希望ですな!」
「え? だから、私達は守護契...「なるほど.......それは我らが守護者、ウーシア様のご加護を授かりたいと!」」
ウーシア!? まさかここは!
「さあ、ウーシア教への改宗を!」
ウーシア教!
世界で最も面倒くさい宗教と言われる、ウーシア教!?
「すみません、どうやら道を間違えたみたいで......」
「道を間違えたッ! ならば深く懺悔し、改宗しなさい。さすれば、"理"への道は開かれるでしょう...」
なんでウーシア教の教会を選んだのよ、フレッド!
いくら寛容な私でも、ここは流石に...!
「もう付き合ってられない! フレッド、逃げるわよ....ってフレッド!?」
―驚愕する彼女の目に映ったのは...
「この御声....間違いない。 あぁ...! あなたは私のことを見守っていて下さっていたのですね!」
「何してるの! 早く逃げないと....!」
「その慈悲深さに、私は感涙の限りです....」
本当に何言ってるのよ!
―彼は何故か歓天喜地の様子で、天を仰ぎ見ている。
「フレッド、どうしたのよ! あぁ、もう!」
こうなったら力尽くにでも....!
―ローズは未だに何故か感涙している彼を引きずり始める。
「なッ! 待ってくれローズ、まだ....まだ御言葉が...!」
「御言葉って、誰のよ! もう、早く行くわよ!」
「お待ち下され、エルフのお方! まさか、"理"の言葉をお聞きになられたのでは?」
"理"の言葉? もう、本当にふざけたことばっかり...
これだからウーシア教徒は.....
「ええ...まさに先程、御言葉を拝聴しました...!」
なッ! フレッドまでおかしくなってる!?
「なんと....やはりエルフの御仁は特別だ....
さあ、奥へ! 是非"理"の御言葉を....」
「勿論、ぜひとも!」
―そのまま彼は神父と共に教会の奥へと進み始める。
「ちょっとフレッド、待って!」
「ローズ、外で待っててくれ! 僕は今感激の境地だ!」
フレッド、待って! 私を...置いて行かないでよ....
……………………
―そんなことがあり.....
「ねぇ、ローズ.....まだ怒ってる?」
「当然よ....あなたのこと、ずっと待ってたんだからね?
なのにあなたは、辺りが暗くなってようやく、よ?」
きっと私を逃がすために、芝居を打ってくれたんでしょ?
分かってるわよ....そんなことくらい....
でも、いくらなんでも時間かかり過ぎよ!
心配になっちゃったじゃない...
「帰ってくれてても良かったのに...」
もう...相変わらず鈍感ねぇ...
「それは出来なかったのよ。」
その....一人の乙女としてね。
「うーん...?」
本当に気付かないのね...
まぁ、そういうところも嫌いじゃないわよ。
「分からないの? だったら、私の"お願い".....
聞いてくれるなら許してあげるわ。」
「お願い...?」
「ふふっ、それはまた今度ね....今は早くサインしましょ?」
「ああ、そうだね...」
「契約書に問題とかあった?」
「いや、特にないよ。 ローズも見る?」
「もう目は通したわよ。」
「そうか...なら!」
―フレッドはその腰に携えたナイフにスキル"クリーン"をかけてから、それをローズに手渡す。
「?」
「ローズがやってくれれば、1回で済むからね...?」
仮契約の効果で、私の傷がフレッドと共有されるって話ね...
「はぁ...せっかくならもっとロマンチックにしてよ?
まぁ、でも...それも、あなたらしいわね....」
―ローズはナイフの先端をその人差し指に静かに当てる。
"チクッ"という擬音語が正しいだろうか?
その音と同時に彼女と彼の指先から、血が滴り始めた。
「契約主...."ローズマリア=フォン=ハイムマン"っと。」
「守護者...."アルフレッド=ヴァン=スミス"...これで良し!」
―2人が署名を終えると契約書は宙へと浮かび上がり、火の粉を散らしながら幻想的に燃え散る。
「綺麗ね.....」
本当に綺麗...私達を祝福してくれてるのかしら?
ふふっ、そうでありますように!
「ああ、そうだね....って、あぁ!」
「どうしたのよ....って!」
―彼女が振り返ると、彼のベストに火が移っていた。
「早く! 早く脱いで!」
―彼は急ぎベストを脱ぐと、火口を靴で踏み始めた。
すると火は勢いを失い、やがて消えた。
「もう...」
本当にロマンスの欠片もなくなっちゃったわね....
でも、それも私達らしいと言えば私達らしいわ。
―この様にして契約は成立した。
ロマンスのへったくれもないと言えばないが、それこそ、"彼ら"らしいと言ったところだろう。
後書き
え? "長かった割に内容はこれだけか"って?
失敬な! 勿論、これだけに決まってるでしょう!




