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魔王に攫われた公爵令嬢に、俺の理性が毎晩試されてます。  作者: 雨屋飴時


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9.眠れない呪い

 





 ぐらり、とダリアへ傾ぎそうになる体を何とか踏みとどめる。

 

 ――理性理性理性理性……っ


 わずかに残った理性の破片をかき集め、魔力を流すだけに集中する。

 そして、やっとの思いで臙脂の糸まで到達した、その瞬間。

 臙脂の糸はぶわっと膨張し、俺の魔力をばちんっと弾いた。


「!」

 

 ……なんだ、これ。

 

 臙脂の糸は隠れることもなく、むしろ離れてなるものかと柱に強く絡みつく。

 色濃く、凶暴な紅い魔力は、人間の術にしては強すぎた。

 恐らく、これがダリアに不眠を強いている原因だろう。

 執着にも似た、強いエネルギー。

 けれど、同時に慈しむような光も孕んでいる。まるで、回復魔法のような。

 こんな矛盾した複雑な呪い、見たことがなかった。

 苦しめたいのか、守りたいのか。

 かろうじて分かるのは、術者がダリアに対して――尋常でない執着を持っているということだけ。


「っルーク……っもう……」


 か細い、けれど確かな懇願にはっとした。

 ダリアを見ると、その瞳が熱に浮かされたように揺らいでいる。

 汗の浮かんだ額と首筋。熱い手のひら。浅く繰り返す吐息。


「!」


 慌てて手の魔法陣を払うと、金の光がふわっと舞い、消えた。

 

「長くなって悪い! 大丈夫か?」

 

 その問いに、ダリアは首を縦に振る。

 しかし、抱くように組まれた両腕と、伏せられた瞳は戸惑うように揺れている。


 他人の魔力が体内に入って来たのだ。

 血液に異物が入ってくるような感覚は、痛みがなくても気持ち悪いに決まっている。

 顔も耳まで真っ赤になっていた。

 

「本当に大丈夫? どこか変なとことか……」

「だ、大丈夫…っ。 

 そんなことより、眠れない原因は分かったの?」

「ああ、それは……」

 

 ダリアに隣を促されて、ソファに座る。

 すべて正直に話すべきか。怖がらせてしまわないだろうか。

 逡巡して、『嘘が下手ね』と言われたことを想い出す。


「遠慮はいらないから、わかったことは全部話して」


 あなたの考えなんて全部お見通し、とでも言いたそうな物言いに、思わず笑いかけた。


「――じゃあ正直に言うけど、やっぱり何か強い術がかかってた。

 眠れないのはそのせいだろうな。

 でも、癒しの魔法も一緒にねじれてかかってる」

「癒しの……?」

「そう。

 良いものとは言えないけど、わざわざ癒しの魔法がかかってくるくらいだ。攻撃性はないのかもしれない。

 ――攫われた時、魔王に何かされなかったか?」

 

 ダリアの眉根が、考え込むように寄る。やがて、首を横に振った。


「分からない。

 攫われた時は突然空間に穴が空いて、赤い仮面をかぶった人に引きずりこまれて……気づいたらメルティと魔王城のベッドにいた。

 魔王のことも、ほとんど覚えてない」

「そうか……」

 とはいえ、赤い仮面は魔王の証。攫われた先は魔王城なのだから、ダリアを攫ったのは魔王で間違いないだろう。

 この国で魔族は脅威だ。

 その頂点に君臨すると言われている魔王だが、その記述はほとんどない。

 姿をめったに現さないというのもあるが、触れられると人間はそれだけで意識を失ってしまうという。

「あの術は人間がかけるには複雑すぎる。

 眠れなくなった時期を考えると、術者はやっぱり魔王の可能性が高いと思う」 

「そう……」

 しばらく、ダリアは黙っていた。やがて、小さく唇が動く。

「……わたし、もうずっと眠れないのかな。

 まあ、疲れないし好きなこともできるし、いいんだけどね!」

 妙に明るい声だった。

 何ともないことだ、と自分を誤魔化すような。

 その強さが、胸に痛い。

 俺のせいでエドガーとの婚約が壊れて、知らぬ間に決まった婚約者は悪評まみれで、そんな矢先に魔王に攫われ、眠れない呪いをかけられて。

 それでも、彼女は乱れも泣きもせず、必死に笑おうとしている。


「時間はかかるかもしれない。でも、解くよ。必ず」

 

 これを放っておいたら、彼女は眠れないことを何ともないことだと自分を騙しきってしまうだろう。

 苦しさを、当たり前として受け入れてしまう。

 そんな未来を、見過ごせるわけがなかった。

 

 たとえ魔王が相手でも、誰が相手でも、彼女の眠れる夜を取り戻す。

 そして、きっとダリアを城から連れて帰る。

 

 あの臙脂の糸は、まるでダリアを縛るように彼女の生命の柱に絡んでいた。

 離さないように、誰にも触れられないように。これは俺のものだとでもいうように。

 それも、癪に触った。

 

 ダリアが、伺うように俺を見る。

 俺の言葉が本気か建前か、考えあぐねているようだ。

 仕事で来てるのに? そう言われているようで、胸が少し痛む。

 彼女にとって、俺は『魔王に攫われた貴族を助けろと依頼を受けた魔法士』に過ぎない。

 婚約者とか、恩返しとか、ダリアは気づていないのだ。


 「――本気だよ」

 

 気持ちが伝わるように、俺はダリアを真っすぐ見つめた。

 見開かれた瞳が、戸惑うように揺れてそっと俯く。

 

「……ん」 

 

 ただ頷いただけのその声は、やっと聞こえるくらい小さかった。

 けれど、ダリアを俺が守りたいという気持ちは、伝わったような気がした。

 

 ――その直後だった。


「………あれ」

 じわじわと、視界の端が暗くなっていく。

 体の内側から、力が抜けていく感覚。

 魔力の消耗か。それとも、メルティの罰が効いてきたのか。


「ルーク? 顔色が――」


「あー……平気平気。

 ただの魔力切れ。休んだらすぐ直る。

 俺、部屋に帰――」


 ソファから立ち上がろうとして、膝ががくん、と落ちる。


「あ、こっち! ここに寝て!」

「う……」

 

 ふらつく体をなんとか起こして、ダリアに導かれるままベッドへ倒れこむ。

 

 情けない。

 呪いを解くと決意表明したばかりなのに。


 ダリアが俺のすぐ横に座る。

 

「疲れてるのに、無理してくれたのね」


 伸びてきた手が、俺の頭に触れる。


「ありがと」

 

 泣きそうな、甘くて儚い声が耳を擽った。

 頭を優しくなでる手のひらが心地いい。

 

 落ちてくる瞼に抗えない。  

 そのまま、俺の意識を手放した。





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