8.理性の軋む音
ノックして声をかけると、すぐに扉は開いた。
「ルーク、どうしたの?」
花が咲くようなダリアの笑顔に、落ち着いていた鼓動が暴れ出す。
ええと、と視線がさまよい――彼女の肩越しに部屋が見えた。
アンティーク調のテーブルには、開いたままの分厚い本がある。
「勉強中だった?」
「そうなの。でも、もう終わりにしようと思ってたところだから。
――あら?」
「!」
ふいに、ダリアの手が頬へ伸びた。
「……疲れてる? 隈がまた濃くなってる」
「っ今日、ずっと城の掃除をしてたから……」
「掃除?」
ダリアが小首を傾げ、やがて「メルティね」と両手を腰に置いた。
触れそうになった指への期待と緊張からの解放に、そっと息をつく。
けれど、触れられなかったことを残念に思う自分もいて、その浅ましさに思わず苦笑した。
「ルークも、メルティの言うこと全部聞かなくてもいいのよ」
「はは。無視なんてしたら殴られそうだけど」
「そんなこと……ないわよ、多分」
「自信なさそうだね」
「だって、メルティってすぐ怒るから。こんな風に」
ダリアが人差し指で目を吊り上げる。
思わず吹き出すと、ダリアもくすくすと笑った。
「あのさ、眠れないって朝言ってただろ」
「……うん」
「少し、診させてくれないか。
何が原因か、もしかしたら力になれるかもしれない」
「え…!」
一瞬、ダリアの瞳が期待したようにきらめく。
どうぞ、と開いた扉の奥――ダリアの部屋は、俺の部屋の二倍は広さがあった。
アンティーク調に統一された、可愛らしくも上品な家具。
金の刺繍が編まれた白のカーテン。
部屋の奥にある天蓋付きベッドは、まるで彼女の為にあつらえたように美しかった。
「じゃあ、ここに座ってもらっていい?」
部屋の隅にあったソファを指すと、ダリアは頷いた。
座った彼女の前に、跪く。
魔力の影響を受けていないか診るのは何度かしたことがあるが、その反応は人によって様々だった。
激痛に叫ぶ者、嘔吐する者、意識を失った者……
「ダリア。今から俺の魔力を体内に流すけど……ダメだと思ったら声をかけて」
「ダメって……痛いとか?」
「何も感じない人もいる。でも、痛みや不快を感じる人が多いんだ。
できるだけ我慢してほしいけど、無理はしなくていいから」
「……わかった」
緊張した面持ちで、ダリアは頷く。
「それじゃあ、始めるよ。
俺の目、ちょっと見てくれる?」
「う、うん」
ダリアが、俺に瞳を向ける。
戸惑うように、揺れる視線。
よく瞳を診れるよう、少しだけ顔を近づけた。
少し気恥ずかしさはあるが、そんなこと言っている場合じゃない。
魔力を瞳に宿し、ダリアの瞳の奥にある生命の源を覗く。
瞳孔の、もっと奥。その先に、光り輝く一本の力強い柱があった。
生命の柱。
ダリアのそれは美しく、燦然としている。
「………」
異変を逃さないよう、じっと見つめる。
やがて、柱の中から臙脂の糸がゆるりと顔を出した。
――見つけた。
臙脂の糸のようなそれから、魔力の波動を感じる。
強い魔力だった。
糸は、遊ぶように柱に絡み始める。
「じゃあ、魔力を流すよ。
手、貸してもらえる?」
「う……うん」
おずおずと伸ばされた手を、両手で包み込む。
「いくよ」
「っ……」
手の甲に金の魔法陣を浮かばせると、ダリアが息を飲む音がした。
「あ、視線はこのまま」
俯きそうになった瞳に呼びかける。
「わ、わかった……」
ほんのり赤い、ダリアの顔。
すでに違和感があるんだろうか。
魔力に敏感なら、反応があってもおかしくない。
早く終わらせなければ。
意識を集中させ、重ねた手から腕へ、そしてダリアの体内へ、自分の魔力を流し込む。
神経を辿って、ゆっくり、慎重に生命の柱へ。
「う……」
ぞわりとした感じがするんだろう。
居心地悪そうによじれる体。
引っ込みそうになったその手を引きとめる。
「悪いな。もう少し我慢」
「うん…っ…でも、これ……っ」
紅潮した頬。
浅く繰り返す吐息。
ダリアの眉間に、少し戸惑いが混じる。
「ごめんな。もうすぐだから」
「ん……っ」
額と首筋に、汗が滲む。
苦しそうなダリアの様子に罪悪感が募るが、ここでやめるわけにはいかなかった。
魔力を流し込むことに、全神経を集中させる。
「っは……あ……」
「ごめんな。痛い?」
ダリアはふるふると首を振る。
「大、丈夫……。
だから、このまま……して……っ?」
…………えっと……。
ダリアの呻きに、思考が止まった。
予想外に艶っぽい声に、意識が引っ張られる。
流し込んでいた自分の魔力が薄まったのが分かって、慌てて雑念を払った。
今診断中だぞ。
何妄想してんだ。集中しろ。
高位王宮魔導士としての冷静な思考が、俺を叱咤する。
けれど――
重ねた手のひらから伝わる、彼女の激しい鼓動。
潤んだ瞳と、微かに震える桃色の唇。
ずっと恋焦がれていた人の無防備な姿に、集中力が奪われる。
いや。
だから、ダメだって。
まじで集中。
「ルーク……っ早く……」
俺を呼ぶダリアの切ない声。
どくん、と鼓動が鳴る。
自分の理性が、音を立てて軋むのを感じた。
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※次回 3/5投稿予定ですよろしくお願いします。




