12-1 つけこまれてるから
風呂上がり。
部屋に入ろうとした矢先――隣の扉が待っていたようにがちゃりと開いた。
ダリアがひょこん、と顔を覗かせる。
「ルーク、お帰りなさい」
ここで出会った当初からは想像もつかない、緊張の解けた笑顔と仕草。
ぎゅう、と胸が高鳴る。
「ただいま」
なるべく平静を装って返事をした。
こちらの気も知らず、彼女はいそいそとトレイを持って来る。
トレイにはティーセットと、いつものカードが乗っていた。
「ね、今日もゲームしましょうよ。お部屋入ってもいい?」
今日の寝巻はパフスリーブのロングドレスらしい。
しっとりと肌ざわりの良さそうなそれは黒く、ダリアの白い肌を際立たせていた。
そして、なんだかどことなく色っぽい。
「……メルティに怒られないか?」
「あら。怖いの?」
「そうじゃないけど……」
ダリアと二人で話せる機会は多くない。
来てくれて嬉しいに決まってる。
ただ、問題は夜に部屋で二人きり、しかも距離が近いということだった。
ダリアの顔を見ると、診断の時のことを思い出してしまう。
紅潮した頬。
艶っぽい声。
自分でも最低と思うのだが、回想が止まらない。
メルティに変態と罵ったブーメランが、自分に返ってくる。
「ほら。メルティが来ない内に、早く」
ダリアがトレイを俺に差し出す。
「……今日は食堂でしないか?」
「どうして?」
「いや……」
躊躇する俺に、ダリアが責めるような視線を向けてくる。
人を従わせることが当たり前の環境で育ってきた故の、強引さ。
ただ、切ない響きを持つ声色が、懇願されているような錯覚を引き起こす。
こんなの、耐えられない。断れない。
「…………どうぞ」
観念してドアを開ける。
満足そうに微笑むダリア。
そんな彼女を横目に、理性理性、と心で唱える。
部屋へ入る間際、ダリアが俺を見上げた。
「ねえ。ルークって、押しに弱いって言われるでしょ」
「え」
「だって、わたしなんかにつけこまれてるから」
「……」
ダリアだから、つけこまれてるんだけど。
なんて言える訳もなく、苦笑で返す。
分かってない。
好きな女の子と二人きりになれる状況を、簡単に手放せる訳ないのだ。
きょろきょろ、と念のため廊下を見回す。
メルティの姿がないことに安堵と少しの困惑を感じながら、俺はさっさと扉を閉めた。
◆◆◆
ダリアから受け取ったお茶からは、花の匂いがした。
「カモミールティーよ。ルークはお花のお茶は平気?」
ソファに座った俺の隣に、ダリアが座る。
「うん。おいしいよ」
と答えると、ダリアは「良かった」と笑った。
ハーブには詳しくないが、カモミールは睡眠を助ける効果があると聞いたことがある。
眠れないことが、やはり気になるんだろう。
声に孕んだ切実さが、それを物語っているような気がした。
お茶を一口すする。甘い香り。
「……呪いのこと、すぐに解けなくてごめん」
カップをテーブルに置いて、俺は頭を下げた。
診断で触れた、あの凶暴な呪いの感触。
ばちん、と弾かれた衝撃は、いまだに脳裏に焼き付いて離れない。
強烈な体験だった。
「謝らないで。どんな術がかかっているのかわかっただけで、少し安心できたんだから」
ダリアはそう言って、明るく微笑む。
王立魔導士になってから、時々仕事でするようになった生命の柱の診断。
解決できなければ罵ってくる貴族も多いのだが、やはりこの人は違うな、と当然のことながら思う。
ダリアは生粋の公爵令嬢。
それでも、王宮魔導士と思っているはずの俺にも対等に接してくれている。
自分の気持ちに素直で、分け隔てない。
真っ直ぐな人だとは知っていた。
強くて、勇気があって、美しく笑う。
そういうところに、惹かれた。
けれど、一緒に過ごす中で、真っ直さ故に背負う葛藤を知った。
すべてを飲みこんできた笑顔を見た。
その健気さに、5年前から積み上げていた気持ちは膨らんだ。
勝手な期待と欲望を喰いながら、ぶくぶくと。
恩返しをしたい。
彼女の強さを守りたい。
最初はそれだけだったのに。
公爵と並ぶ地位を手に入れたら、彼女にさえ手が届く気がしてしまった。
婚約の許諾が公爵の独断でされたものだと知っても尚、彼女の視線が、指先が触れるたびに、近くにいたいと願ってしまう。
俺のことを、どう思っているんだろう。
まさか。そんなはずはないと分かっていても、どこかで錯覚してしまう自分がいる。
彼女も、もしかしたら少しは俺のこと……
「ルーク」
慌てて声の方へ視線を移す。
いつの間にか、ダリアはいつも通りベッドへ座っていた。
碧眼に呼ばれ、俺も彼女の向かいになるように座る。
「まずは絵合わせね」
カードを切る乾いた音が、部屋に響いた。
「メルティともカードゲームするんだっけ?」
「うん、スピードとかね。でもいっつも負けちゃう」
「あー…確かにメルティって強そう。
というか、なんでも強そう」
「ふふ、そうよ」
なぜかダリアが得意げに頷く。
その表情からはメルティへの絶対な信頼が伺えた。
でもね、とダリアが口を開く。
「メルティって勝ちが続くと、わたしが落ち込まないように今度は負けるの。
わざとよ?
すごーく腹立つでしょ」
鼻に皺を寄せて怒るから、つい笑ってしまう。
「ダリアが好きだからだろ」
と言ったら、まあね、とまんざらでもなさそうに口を尖らせて照れるダリアは、子どもみたいだった。
その時。
ふと、ダリアのカードを切る手が止まった。
妙な沈黙だった。
やがて、ダリアの視線が逡巡するように泳ぎだす。たまに、ちらりと俺を見た。
「え……な、何?」
尋ねると、ダリアは口を開き――迷うように噤んだ後、決意したように顔を上げた。
「ルーク。
その……メルティとお風呂に入ったって本当?」
次回更新予定:3/25(水)
二人の距離が、わずかに動き出します。
次回もどうぞよろしくお願いします。




