11-2 ありがとう
「じゃあお前はどんな崇高な理由でダリアを好きになったんだ」
尋ねると、メルティはきょとん、と顔を傾けた。
「……そうですね」
思い出を辿っているのだろう。その目が遠く、愛し気に細められる。
「わたしが初めてダリア様をお見かけした時、彼女は泣いていらっしゃいました。
お母さまが死んでしまった、と」
ダリアの母君が早くに亡くなっているのは知っていた。
父である公爵はすでに再婚していて、今は継母と連れ子の弟とともに暮らしているはずだ。
「そうか……」
辛かっただろうな、という言葉を飲みこむ。
「ええ。まだ幼いのに、たった一人。森の奥で。
獣がいつ襲ってくるもしれないというのに、なんて愚かなんだろうと私はついその姿を眺めていました」
「…………は?」
可哀そうとかじゃなくて、愚か?
こいつの感覚がよく分からない。
メルティは続ける。
「そして、見てしまったんです。
ダリア様の頬をほろほろと流れる、大粒の涙。
それはもう――この世のものとは思えないくらいとてもとても美しくて!
気づいたらこんなことに」
その瞳に狂気が映ったと思えば、急にすん、と冷めた目線に戦慄する。
「な、何言ってんのお前!
つまりダリアの泣き顔にやられたってこと?
変態! ただのド変態野郎じゃねえか!」
「なんとでもお言いなさいませ。
あなたは優しくされたから、ダリア様を好きになったんでしょう?
わたしは違います。
一目惚れ。それはその人がそこにいるだけで好きになるこの世で一番崇高な現象です」
「はあああ?」
全然意味が分からない。一目惚れは分かるけど、もう意味が分からない。
「大体、ダリア様のベッドで一晩中寝ていた貴方にド変態野郎とか言われても、ちゃんちゃらおかしいです」
「俺何にもしてないから! 本当に!」
「当たり前です。何かしてたらさすがに殺してます」
「殺っ……」
鋭い殺気に思わず怯む。笑顔なのに、目が笑っていない。
「大体、ダリアの様子がおかしいって昨日の時点で思わなかったのか?
いや。朝から扉の前で張ってたくらいだから、ぜったい思ってたよな。
そんなに心配なら、乗り込んでくれば良かったのに」
ぴたり、とメルティの動きが止まる。
わなわなと、その体が震え出した。
「え……な、なんだよ」
しかし、メルティは何も言わない。
お前のせいだろ、とでも言いたそうな鋭い視線に、俺は思わず後ずさった。
こういう時は話題を変えるに限る。
「と、ところで、ダリアが魔王に攫われた時は、お前も一緒にいたんだろ」
怒りにつり上がっていたメルティの眉が、ぴくりと跳ねた。
一瞬逡巡し、その口が開く。
「……ええ、まあ」
「魔王見た?」
「……無我夢中だったので、あまり覚えてないです」
曖昧な答えだった。
珍しいな、と見つめると、メルティは視線を逸らす。
それほどの強さを持ちながら、何もできずに攫われたという現実は彼女にとって屈辱だったのかもしれない。
「ふーん、そうか」
それ以上深く聞かないことに決めて、俺は血まみれのオークのそばにしゃがみ込んだ。
「さてと」
と、その牙や魔法石を剥ぎ取り、鞄に作った異空間へ放り込む。
「な、何をしているのですか?
高位王宮魔導士ともあろうお方がそんな真似……!」
「だって、街で売ったらいい金になるよ。
……え、ダメなの?」
高位王宮魔法士になって、食うに困らなくなった今もこの癖は抜けなかった。
骨の髄まで染み付いた貧困と飢えの記憶が、魔物のアイテム集めだけは無視させてくれない。
俺が聞き返すと、メルティは呆れたように大きなため息をつく。
「わかりましたから。早くすませて帰りましょう」
と、彼女は天を仰いだ。
◆◆◆
「……ああ、そうだ」
城門が見えてきた頃、メルティが不意に足を止め、小さく頭を下げた。
「ルーク様。
色々許せないことは多いですが、ダリア様の診断をしてくださったこと、それだけは感謝しています。
ありがとうございました」
不意打ちだった。
感謝されるなんて思っていなくて、つい照れてしまう。
「何の顔ですか、それは。気持ち悪い」
「お前な……!」
二度目の気持ち悪いを食らって、俺は項垂れたのだった。
読んでくださってありがとうございます。
次回3/20(金)投稿予定です。




