10. だって
意識が、ゆっくり浮かんでくる。
体が重い。
ぼんやりと目を開けると――すぐそこに碧の瞳があった。
「っ!」
「あ。おはよう」
その吐息さえ肩に感じる距離。
ほっとしたような笑顔が目に毒過ぎて、慌てて視線を下げる。
すると、ルーズに開いた彼女の胸元、柔らかそうな谷間が目に入り、ばくんと鼓動が跳ねた。
少し腕を伸ばせば囲ってしまえる距離。一気に背中に汗が伝う。
「だ、ダリア……っ! なんで……っ!」
がばりと起き上がった俺に続いて、ダリアもくすくす笑いながら起き上がる。
白いカーテンから淡く差しこむ日の光が、一晩中ダリアと一緒だったことを宣告していた。
え。一晩中、一緒だったのか。
まさか、ずっと隣に彼女はいたのか。
恥ずかしさと情けなさ、そして眠れないダリアの部屋でずっと寝ていたという至らなさに頭を抱える。
「そんなに落ちこまなくていいでしょ。
ルークが急に倒れて、本当にびっくりしたんだから」
「それは――」
からかうような口調とは裏腹に、向けられた視線は驚くほど真剣だった。
「……心配させて、悪かった。ちょっと魔力を使いすぎたみたいだ」
笑って誤魔化そうとすると、ダリアの腕が伸びてきた。
「ダリ……いでででで!」
「もう。無理しないで」
その手に思い切り頬をつねられ、こくこくと頷く。
ようやく離された頬は痛んだが、俺の身を案じてくれたのだと思うと胸の奥がむず痒かった。
お腹がすいたでしょ、とダリアに言われ、昨日夕飯を食べ損ねたことを思い出す。
食堂にご飯を取ってあると言われ、ドアの外に出ると――そこに、メルティが立っていた。
にこやかだが、その雰囲気は明らかにぴりついている。
「おはようございます、ダリア様。と、ルーク様」
「げ」
思わずダリアをちらりと見ると、彼女も目をまあるくして、ばつが悪そうな顔をしていた。
「ちょっとお話、よろしいですか」
有無を言わさぬ笑顔の圧力に、俺とダリアは頷くしかなかった。
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「……さて。お二人とも、昨夜は何をされていたのか、詳しくお聞かせいただけますか?」
食堂の隅、メルティが放つ空気は針でつつかれるように痛かった。
にこやかな笑顔が、正直に吐けと脅してくる。
「ルーク様。昨日も念を押したはずですよね。
年頃の男女が、夜に同じ部屋で過ごすなど言語道断。ましてや朝を共にするなんて、不敬にも程があります」
「ち、違うって。これは――」
「違う? 何も違いませんよね」
ぴしゃりと言い放ったメルティの鋭い視線が、次は隣で俯くダリアへと向けられる。
いたたまれず、俺は彼女の前へ身を乗り出す。
「本当に違うんだって。
ダリアの不眠の原因を探りたくて、夕食前に診断をしたんだ。
そしたら魔力の枯渇で倒れて――情けないけど、朝まで寝こけてた。
ダリアは悪くない。だから責めんなよ」
メルティの紫の瞳が、一瞬驚きに丸くなる。
「……診断? 生命の柱を視るあれ、ですか?」
「そうだよ。
早く不眠の原因を調べたいって言っただろ。
無視して掃除させてたのはお前だぞ」
「それは――すみません。
まさか生命の柱を視れるとは思っていなかったので……」
魔力量を診るのとは違い、柱を視るには高度な技術がいる。
俺はたまたま得意だったのだが、高位魔法士の中でも使える者は数人だった。
「まあ、いいけど」
と呟いて、ふと違和感に気づく。
ダリアは、俺が倒れたことをメルティに言わなかったのだろうか。
メルティも同じように思ったらしく、眉根を寄せて「それなら」と呟く。
「ダリア様。なぜそのことを私に教えてくださらなかったのです。
言ってくだされば、ルーク様をすぐ自室へお戻ししたのに」
「だって……」
その先は続かなかった。
代わりに彼女の白い耳の先が、じわじわ真っ赤に染まっていく。
ダリアはちらりと俺を盗み見ると、逃げるように視線を床へ落とす。
え……。
沈黙。
その場に漂う気まずいけれど甘い空気が、彼女の言葉を補完する。
――だって、自室に戻してほしくなかったから
勝手な妄想だ。
それでも、脳が勝手に期待する。
それって、俺を追い出したくなかったってこと?
一緒にいたかったってこと?
同時に、その空気を覆うようなどず黒い怒りが、メルティから俺へと向けられたのが分かった。
「……よく分かりました。
ルーク様、その浮かれた表情。今叱られている最中と言うのをお忘れのようですね」
「ひっ」
「昨夜から、城の周辺に魔物が集まっています。
頭を冷やすためにも、私と共に対峙に来て頂けますか?」
「えっ……一緒に?」
「そうですけど、何か?」
「い、いえ……」
魔物じゃなくて、メルティに後ろから刺されそうなんだけど。
寒気さえ感じるメルティの冷笑。
期待に浮かれていた俺の心臓は、一瞬で生命の危機に悲鳴を上げた。
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次回3/14更新予定です。
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