1.帰らないよ
「ダリア様。あなたを助けに参りました!
さあ、共に帰りま――」
「イヤ」
魔王城の最上階。
金髪碧眼の美少女――ダリア様へ伸ばした俺の手は、あっさり行き場をなくした。
「ど、どうしてですか?」
「だって、ここ居心地がいいんだもの」
絶対に帰らない、という意志さえ感じる強い声色。
くるりと部屋を見つめるダリア様の視線を追い、俺もその部屋を見渡す。
白で統一された広い部屋は、アンティーク調の家具で上品にまとまっていた。
金の刺繍の編まれたカーテンと、部屋の奥にある天蓋付きの大きなベッドは、まるで公爵令嬢の為にあつらえたもののようだ。
空調がきいているのか、部屋はあたたかく、確かに居心地もいい。
「って、いやいや!
ここは魔王城ですよ! 危険です!」
「あなた、魔王に会ったの?」
「へ?」
「魔王、いなかったんじゃない?」
「っそれは……」
図星を指されて言葉に詰まる。
地下からこの最上階まで、すべての扉を開けて探した。
だが、魔王はどこにもいなかった。
やっぱりね、とダリア様が呆れたように言い放つ。
「攫われたあの日から、わたしも会ってないの。ここにはわたしとメルティしかいないわ」
「メルティ、さん?」
「侍女よ。今、買い物に行ってる」
「………」
行き来自由なのかよ、と思わず心の中で突っ込む。
「で、でも、魔王が不在の今こそ逃げなければ!
戻って来たら何をされるか分かりません!
それに、クレイトン公爵も心配して――!」
ダリア様の父君の名を出した途端、その碧眼に陰が落ちた。
悲しい、というよりも苦しそうな表情に、言葉が詰まる。
「父様は、わたしのことなんて見ていないわ。
わたしが攫われて三日。助けに来てくれたのはあなただけだもの」
ひんやりした声だった。
どうでもいいと言いながら、しかし、その唇は心もとなさそうに窄んでいる。
何と返せばいいのか分からなかった。
「こ……公爵は、ダリア様のことを大事に思ってますよ」
薄っぺらい言葉しか出て来ない自分が情けない。
当然、ダリア様は静かに首を振る。
「いいの。わかってるから。
大事に思っていたら、わたしをじじいと婚約なんてさせないもの」
「……は?」
思わず聞き返す。
今、じじいって言った……?
「そ、それは違います! あなたと婚約が進んでいるのは――」
「高位王宮魔導士、でしょ?」
俺、という重大発表は、ダリア様の言葉で掻き消えた。
「あ、そうです。そうなんですけど、じじいじゃなくて――」
「ごまかさないで。高位王宮魔導士なんて、じじいばっかりじゃない。
わたし、噂で聞いたの。その人って不愛想で、守銭奴で、おまけにすごく高慢なんですって」
「……え」
俺、そんな風に言われてんの?
思わぬ精神攻撃をくらい、胸にぶくりと闇が沸き立つ。
確かに、職場はじじいばかりだ。
俺は18。死に物狂いで勉強し、仕事で成果を上げ、先日高位王宮魔導士に就任した。
『じじいたち』とは歳の差もあって上手く話せず、まだ馴染めていない。
就任初日、歓迎会を開くと言ってくれたのだが、金欠だったのと、年配の人と何を喋ったらいいか分からなくてつい断ってしまった。その時の空気は、思い出すだけで吐き気がする。それからは絶対に断らないと心に決めたものの、以来誘われることもない。
職場のコミュニケーションは壊滅的だから、不愛想と言われるのは分かる。
だから、その分仕事で印象を挽回しようと頑張ったのだ。成果も出した。けれど、もしかしたらそれが、高慢と言われる原因になっているのかもしれない。
守銭奴は、よく分からないけど。
「どうしたの。顔色悪いわよ」
「い、いえ。なんでもありません」
ショックだが、狼狽えている場合ではない。
俺が婚約者と名乗りたいところだが、噂を鵜呑みにしているところに名乗り出るのは危険だろう。
今は黙っておくに限る。
「ちなみに、ダリア様はその婚約者の名前を……?」
「知らないわよ。知りたくもないし」
「………そうですか」
「な、なんで泣いてるの。本当に大丈夫?」
「はい……」
声が震えそうになるのを必死に抑える。
婚約者を救出しに来たのに拒否され、職場で悪口を言われていることが発覚し、心はぼろぼろだった。
「まあ、せっかく来たんだし今日は泊まったら?
部屋ならたくさんあるのよ。
ね。あなたの名前は?」
小首を傾げるダリア様。
ガラス玉のようなきらきらの碧眼が、俺を見つめる。
「……ルーク、です」
「ルークね」
出た声は情けないほど小さかったが、ダリア様は俺の名前を繰り返す。
そして、俺の手をそっと取った。
「あの家に帰るのはイヤ。
でも、ルークが助けに来てくれたのは、本当に嬉しいのよ」
「!」
暖かい手のひら。その柔らかさに、鼓動が跳ねる。
そりゃそうだろ。
あの時から、俺はダリア様の傍に行きたくて、行きたくて……
「ね、今日は泊っていって。
城を案内してあげる。ようこそ、魔王城へ」
向けられたあどけない微笑みに、思考が奪われる。
俺は、つい、こくりと頷いた。
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