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魔王に攫われた公爵令嬢に、俺の理性が毎晩試されてます。  作者: 雨屋飴時


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1/5

1.帰らないよ




「ダリア様。あなたを助けに参りました!

 さあ、共に帰りま――」

「イヤ」


 魔王城の最上階。

 金髪碧眼の美少女――ダリア様へ伸ばした俺の手は、あっさり行き場をなくした。


「ど、どうしてですか?」

「だって、ここ居心地がいいんだもの」


 絶対に帰らない、という意志さえ感じる強い声色。

 くるりと部屋を見つめるダリア様の視線を追い、俺もその部屋を見渡す。


 白で統一された広い部屋は、アンティーク調の家具で上品にまとまっていた。

 金の刺繍の編まれたカーテンと、部屋の奥にある天蓋付きの大きなベッドは、まるで公爵令嬢の為にあつらえたもののようだ。

 空調がきいているのか、部屋はあたたかく、確かに居心地もいい。


「って、いやいや!

 ここは魔王城ですよ! 危険です!」

「あなた、魔王に会ったの?」

「へ?」

「魔王、いなかったんじゃない?」

「っそれは……」


 図星を指されて言葉に詰まる。

 地下からこの最上階まで、すべての扉を開けて探した。

 だが、魔王はどこにもいなかった。

 

 やっぱりね、とダリア様が呆れたように言い放つ。

「攫われたあの日から、わたしも会ってないの。ここにはわたしとメルティしかいないわ」

「メルティ、さん?」

「侍女よ。今、買い物に行ってる」

「………」

 行き来自由なのかよ、と思わず心の中で突っ込む。

「で、でも、魔王が不在の今こそ逃げなければ!

 戻って来たら何をされるか分かりません!

 それに、クレイトン公爵も心配して――!」


 ダリア様の父君の名を出した途端、その碧眼に陰が落ちた。

 悲しい、というよりも苦しそうな表情に、言葉が詰まる。


「父様は、わたしのことなんて見ていないわ。

 わたしが攫われて三日。助けに来てくれたのはあなただけだもの」


 ひんやりした声だった。

 どうでもいいと言いながら、しかし、その唇は心もとなさそうに窄んでいる。

 何と返せばいいのか分からなかった。


「こ……公爵は、ダリア様のことを大事に思ってますよ」


 薄っぺらい言葉しか出て来ない自分が情けない。

 当然、ダリア様は静かに首を振る。


「いいの。わかってるから。

 大事に思っていたら、わたしをじじいと婚約なんてさせないもの」


「……は?」


 思わず聞き返す。

 今、じじいって言った……?


「そ、それは違います! あなたと婚約が進んでいるのは――」

「高位王宮魔導士、でしょ?」

 

 俺、という重大発表は、ダリア様の言葉で掻き消えた。


「あ、そうです。そうなんですけど、じじいじゃなくて――」

「ごまかさないで。高位王宮魔導士なんて、じじいばっかりじゃない。

 わたし、噂で聞いたの。その人って不愛想で、守銭奴で、おまけにすごく高慢なんですって」

「……え」

 俺、そんな風に言われてんの?

 思わぬ精神攻撃をくらい、胸にぶくりと闇が沸き立つ。

 

 確かに、職場はじじいばかりだ。

 俺は18。死に物狂いで勉強し、仕事で成果を上げ、先日高位王宮魔導士に就任した。

 

 『じじいたち』とは歳の差もあって上手く話せず、まだ馴染めていない。

 就任初日、歓迎会を開くと言ってくれたのだが、金欠だったのと、年配の人と何を喋ったらいいか分からなくてつい断ってしまった。その時の空気は、思い出すだけで吐き気がする。それからは絶対に断らないと心に決めたものの、以来誘われることもない。

 職場のコミュニケーションは壊滅的だから、不愛想と言われるのは分かる。

 だから、その分仕事で印象を挽回しようと頑張ったのだ。成果も出した。けれど、もしかしたらそれが、高慢と言われる原因になっているのかもしれない。

 守銭奴は、よく分からないけど。


「どうしたの。顔色悪いわよ」

「い、いえ。なんでもありません」


 ショックだが、狼狽えている場合ではない。

 俺が婚約者と名乗りたいところだが、噂を鵜呑みにしているところに名乗り出るのは危険だろう。

 今は黙っておくに限る。


「ちなみに、ダリア様はその婚約者の名前を……?」

「知らないわよ。知りたくもないし」

「………そうですか」

「な、なんで泣いてるの。本当に大丈夫?」

「はい……」


 声が震えそうになるのを必死に抑える。

 婚約者を救出しに来たのに拒否され、職場で悪口を言われていることが発覚し、心はぼろぼろだった。


「まあ、せっかく来たんだし今日は泊まったら?

 部屋ならたくさんあるのよ。

 ね。あなたの名前は?」

 

 小首を傾げるダリア様。

 ガラス玉のようなきらきらの碧眼が、俺を見つめる。


「……ルーク、です」

「ルークね」


 出た声は情けないほど小さかったが、ダリア様は俺の名前を繰り返す。

 そして、俺の手をそっと取った。


「あの家に帰るのはイヤ。

 でも、ルークが助けに来てくれたのは、本当に嬉しいのよ」

「!」


 暖かい手のひら。その柔らかさに、鼓動が跳ねる。

 そりゃそうだろ。

 ()()()から、俺はダリア様の傍に行きたくて、行きたくて……


「ね、今日は泊っていって。

 城を案内してあげる。ようこそ、魔王城へ」


 向けられたあどけない微笑みに、思考が奪われる。


 俺は、つい、こくりと頷いた。




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