第9話
山伏の衣装を着た男が巨大な仏像の前で祝詞を上げる。
「天にましますわれらが主、朱雀如来よ」
山伏は数珠をじゃらじゃら鳴らす。
「南無朱雀仏」
すると会場から一斉に「南無朱雀仏」の合唱が響く。
朱雀真宗の総本山、地球神宮寺は東京四谷にあった。
山伏――玄武和義は振り向いた。
大会場には百人近い信者がミサに参加していた。
こいつらはおれの従順な奴隷だ。なにも知らないばかなやつらだ。
玄武は心の中でほくそ笑む。
「みなさまのご多幸を心より祈念いたします。本日はミサにご参集ありがとうございました」
すると会場から拍手が起こる。玄武は深々と頭を下げる。
ミサを終え、玄武は大会場の控室に戻る。袈裟と呼んでいる山伏の衣装から急いでスーツに着替える。
スマホが鳴る。
「どうした」
と玄武。
「尊師ですか。もうお迎えの車が来ています」
「わかった。すぐ行く」
地球神宮寺の裏玄関から外に出ると、黒塗りのロールスロイスが路地に停まっている。
白い制帽をかぶり、白手袋をしたスーツ姿の運転手がロールスロイスの脇に佇み、玄武を見て一礼する。
後部座席に乗り込むと車はすぐ出発した。
「この車は会長がカスタマイズした特別仕様車です」
運転手が言う。
「窓ガラスはすべて防弾ガラスです。鉄板が床に敷いてあり、地雷を踏んでも車内の人間には損傷しません」
会長ならそこまで手の込んだことをやるだろう。
玄武はそう思い、吐息を漏らす。
鎌倉の八重樫源太郎の自宅は地階が大ホールになっていた。
百人近い八重樫組組員のほぼ全員が一堂に会した。
壇上に八重樫祥子と冴島陽介が立っている。その下には組員たちが起立して壇上を見上げている。
それぞれ手にビールが入ったコップを手にしている。
「みんな、聞いてくれる」
祥子がマイクでしゃべる。
「わたしの隣にいる男だけど、知ってる人も多いでしょうけど紹介しておくわ。
彼の名前は冴島陽介。警視庁のマルボウの要請でやって来たフリーの派遣組員みたいなものね。
マルボウのプロジェクトが完了するまで彼はわたしたちと一緒に仕事するわ。
彼の言うことはわたしの命令だと思ってすべて従うこと。
それから彼のことは鉄仮面と呼んでほしいの。
いいわね」
すると会場から異口同音に「押忍」という野太い声がばらばらに聞こえる。
祥子の発案で冴島が乾杯の音頭をやることになった。
「若頭のご指名ですので」
マイクを渡された冴島がコップを片手に言う。
「八重樫組のますますの発展を祈って、乾杯」
「乾杯」
野太い声が響く。ビールを一口飲む間があり、拍手が起こる。
ただし、いつもよりやや白けた拍手だった。
広域指定暴力団、四神会の本部は世田谷の一等地にあった。広大な敷地に立てらえた日本家屋をアレンジした現代建築だった。
応接室には四神会会長、鳳正太郎と玄武和義がソファーに座り、大画面テレビを見ている。
鳳は和服姿の老人で葉巻をくわえている。部屋の四隅には鳳のボディーガード役の若い組員が数人立っている。
「玄武よ。宗教ビジネスの方は順調か」
鳳が言う。
「はい会長」
玄武が言う。
「おかげさまで儲かってます。霊感グッズの売り上げは好調ですし。あいかわらず奴隷信者からはたっぷり財産を巻き上げてますよ。おまけに法人税も宗教法人なので民間会社より安いですし」
「おまえの朱雀真宗は教祖にご利益ある宗教だのう。信者にはご利益ないが」
二人は顔を見合わせて笑う。
テレビ画面では首相官邸から内閣総理大臣の緊急記者会見を実況中継している。
与党、国民平和党代表の南野静子首相と、野党、日本民族党代表の増山大樹衆議院議員が並んでいる。南野首相は五十歳前後の女性、増山は四十代の中年男だ。
「このたび、国民平和党は日本民族党と連立内閣を発足します」
首相はカンペを読み上げる。
「ついては増山代表が入閣する予定です」
部屋にいた若い衆がドスのきいた「よおし」といった低い声を上げ、拍手する。
「予定通りですね」
玄武が言う。
「南野首相をわれわれが暗殺し、われわれの手先である増山が総理大臣になる。そして中国人工作員を犯人に仕立て上げ、国民の反中感情を煽る。その後は憲法改正、徴兵制導入、日中戦争開始というシナリオです」
「首相はだれが狙撃するんじゃ」
と鳳。
「ええ、日米合同委員会を通じて在日米軍と交渉を進めてます。凄腕の狙撃手が担当するようです」
「犯人役の中国人はどうする」
「うちの信者に適役がいます。祭林明という男です。彼には計画をすべて話してます」
「そいつは最後まで生かしておくのか」
「祭には生かしておくと話してます。犯人役で警察に逮捕され、拘置所に連れていかれたところで保釈金を積んで祭をすぐ釈放させる予定です。
ただし状況に応じて作戦は変更します。
彼はケネディ大統領暗殺事件のオズワルド役ですから、口封じが必要と判断したら消す予定です。
もちろん祭本人にはこのことは話してませんが」
「おまえも悪知恵が働くようになったのう」
「あの鉄仮面だが、なにものなんだい」
「さあ……」
鉄仮面について口々に疑問や不平の声が上がる。
八重樫邸の地下大ホールでは立食パーティーが催されていた。
丸テーブルにはピザや寿司や軽食が並んでいる。
祥子がパーティー業者に依頼したのだが、若手組員も給仕の手伝いをさせられていた。
エイトナインスリー社のIT部長兼ヤエガシ・システムズ社の社長、三崎昇は、ビールが回ったのか顔が赤くなり、得意になって周囲にしゃべっている。
「鉄仮面の冴島陽介君ですが、もともと外国の工作員だったらしいです。
日本語がペラペラだがらあいつは日本人かもしれませんが……どうでしょう。顔からしてアジア人なのは間違いないですが、もしかしたら朝鮮人かもしれません。
冴島陽介という名前も多分、本名じゃないでしょう」
「そいつがどうしてマルボウに雇われたんだよ」
半袖のシャツから腕の入れ墨がはみ出した中年男が言う。
「実はあいつは昔、騒乱罪、あるいは国家転覆罪で逮捕されたらしいです。
爆弾テロ事件かなにかに参加したという話です。
裁判では極刑でしたが、警視庁のマルボウが彼に司法取引を持ちかけたみたいです」
三崎の話はこうだった。
司法取引の結果、冴島は死刑でなく終身刑で、府中刑務所の特別に豪華な独房で生活する。
無期禁固刑でなく無期懲役刑だが、普段はなにも労働させられない。
そのかわり、ときどきマルボウの命令で娑婆に出て工作活動をする。
この工作活動が冴島の懲役労働だった。
ところで八重樫組は源太郎が若いころからマルボウとは付き合いの長い暴力団だ。
当初はタレコミ屋専門だったが、冴島が娑婆にいる期間、彼に住居を与え、彼の工作活動を支援するようになった。もちろんマルボウからそれ相応の報酬は受ける。
冴島は独房では覆面マスクをかぶって顔を隠している。だから鉄仮面というあだ名がついた。
これは受刑者の中に特に八重樫組と敵対するヤクザがいる場合、顔を知られると都合が悪いからだ。
娑婆に出て工作活動をするとき、ヤクザたちから顔が知られていない方がやりやすい。
冴島が得意な工作は狙撃だ。通常のスナイパーのようにライフル銃で長距離の狙撃を狙うこともあるが、短距離で拳銃で仕留めるのが冴島は得意だった。
「それにしても若頭と鉄仮面のにいちゃんはどういう関係なんだ」
「そこまでは詳しく知りませんが」
三崎が言う。
「もしかしたら、あいつは若頭の愛人かもしれません。あるいはヒモかな。
いつも若頭があいつに色目を使ってるでしょう」
(つづく)




