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鉄仮面と呼ばれた男  作者: カキヒト・シラズ


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8/25

第8話

 秋葉原に来たのはひさしぶりだった。

 野島真一は中央口近辺の喫茶店『パイン』で時間をつぶしていた。

 コーヒーを飲みながら、煙草をくゆらす。

 窓際カウンター席だった。

 通行人がひっきりなしに駅前を通る。

 腕時計を見ると約束の時間をとうに過ぎている。

 遅い。なにをしてやがるんだ。

 野島はいらいらしながら、先月の取調室のことを回想する。

 あのときすいぶんもめたが、弁護士に言い負かされて、別件捜査で捕まえたあの男を保釈するしかなかった。今となってはそれが悔やまれる。





「別件捜査だかなんだか知らねえが」

 西村和之が言う。

「あんたたちもう詰んでるよ」

「なんだと」

 青木が怒って机を叩く。

「よせ」

 野島が青木を制す。

 第三取調室は昼間なのに薄暗かった。

 テーブルには西村と青木が向き合って座り、その隣の机で野島が西村の証言を逐一ノートに記録している。

「いいか、日本の首相はもうすぐ暗殺される」

 西村が言う。

「ヒットマンは米国CIAが手配すると思う。犯人はその日のうちにすぐ捕まる手はずになっている。

 もちろんヒットマンとは別の人間だ。多分、中国人だと思う。

 マスコミは中国の工作員が日本の首相を暗殺したと騒ぎ立てる。

 すると日中戦争が勃発するという寸法だ」

「そんな馬鹿なことがあってたまるか」

 野島が口をはさむ。

「信じるか信じないかは野島さん次第だね。信じなくても結構。

 とにかく日中戦争が勃発すると在日米軍は形式的に中国を攻撃するふりをするが、実質的になにもしない。実は米中が組んで日本を滅ぼす作戦だからな」

「……」

 西村の説明はこうだった。

 日中戦争が勃発すると一週間以内に日本政府は消滅する。中国は核兵器も辞さない構えだ。

 そして米国が日中戦争の仲裁に入り、戦争は終結するが、フォッサマグナの東半分は米国ジャパン州、西半分は中国日本省になる。

 ここまですべて米中で協議した作戦だ。

 唯一、東京23区地域だけ東京公国という独立国が残り、米中の政治的干渉地帯となる。

 東京公国は米中が実質共同支配する国家で、表向きは永世中立国で独自の軍隊は有するが、米中両国の軍隊がロシアなどから占領されないよう共同で防衛する。

 またかつての日本政府のメンバーはすべて排除され、四神会の関連人脈が東京公国政府の運営メンバーになる。

 四神会は米中の謀略に協力するとともに、東京公国を運営するための資金を稼ぐために株式市場のインサイダー取引に躍起になっているとのことだった。

「国家を運営するとなると」

 西村が言う。

「これまでとはケタ違いの資金が必要になるんでね」

「ところで首相はどうやって暗殺するつもりだ」

 青木が言う。

「そこからは知らん。まあ、知ってても教えないがね」

「ふざけるな」 

 しかし、そこへ青龍アセット社の顧問弁護士と名乗る男が若い刑事に連れられて取調室に入ってくる。

 弁護士は銀縁の眼鏡をかけたやせぎすの中年男だった。

「実はこの件に関しまして、東京地検から不起訴処分が言い渡されました」

 弁護士が言う。

「つきましては西村社長の保釈処分をお願いします」

「断る」

 野島は立ち上がってそう叫び、弁護士をにらみつける......。





「野島警部」

 背後から声をかけられ、野島はわれに返る。

 冴島陽介が隣のカウンター席に座る。

「遅いじゃないか」

 と野島。

「すいません」

 と冴島。

「四神会系ヤクザが見張ってるもんで、やつらを巻くのが一苦労でした」

「で、なにかわかったか」

「東京公国について調べてみました」

 冴島はナップザックから資料を取り出す。


 日本の首相暗殺計画がある。西村はそう言った。

 本当か嘘か。どちらともつかない。だがもし本当だとしたら一大事だ。

 自分たちマルボウだけでは解決できない。ここは鉄仮面を使わないと無理だろう。

 野島はそう思い、特捜本部の会議にかけ、鉄仮面に捜査協力を要請した経緯がある。


 冴島の説明はこうだった。

 まず日本の首相を米国CIA系の工作員か、もしくは四神会の組員が暗殺し、下手人を中国人工作員のせいにして日中戦争を勃発させる。

 日中戦争で米国が日本を援助しなければ、中国は一週間くらいで軍事的に日本政府を壊滅できる。

 このように米中の陰謀で日本政府が消滅した後、東京跡地にできる新しい独立国家、それが東京公国だった。東京公国を運営するのは広域指定暴力団、四神会だ。

 東京公国は世界中のマフィアの楽園を目指す。

 麻薬は全面解禁。またパチンコを中心とするカジノと観光で外貨を稼ぐ。

 この他、風俗産業も盛んだ。

「去年、青龍アセット社が一部上場企業の白虎ホールディングスの筆頭株主になったのはご存じですか」

 冴島が言う。

「それ以降、白虎グループは風俗産業分野に進出するようになりました。

 いまや白虎グループは風俗業界の総合デパートになっていますが、東京公国が建国されれば、さらにはずみがつくでしょう。

 まず世界最大規模のストリップ劇業を東京に建設。この他、高級ソープランドのグローバルチェーン展開、またアダルトビデオ業界にも資金を投入するようです」

「まったく、ヤクザに国を任せるとろくなことはない。日本は風俗大国か」

「主力産業はそれでも麻薬関連になりそうです。白虎製薬で麻薬を製造し、白虎ドラッグストアでそれを販売すると思います」

「よく調べたなあ。全部おまえ一人でやったのか」

「カーリー・リナックスのPCがあるんで、ハッキングはやりやすかったです。

 それにヤエガシ・システムズのプログラマーたちにも協力してもらいましたし」

「じゃあ、八重樫祥子には今回のプロジェクトの内容はしゃべったのか」

「ええ。大まかには説明しました」

 冴島の話では日本民族党の党首で、現衆議院議員の増山大樹を東京公国の首相にする予定だと言う。

 日本民族党はカルト宗教団体、朱雀真宗(すざくしんしゅう)をスポンサーにした政党だった。

 朱雀真宗は神仏習合系の宗教だが、青龍アセット社同様、四神会のフロント法人だった。

 また東京公国の国家元首、つまり天皇には朱雀真宗代表の玄武和義(げんぶかずよし)が就任する。玄武は実は四神会の幹部だが、この事実は世間から隠されている。

 これまでの日本の皇族は全員排除され、玄武家が代々、天皇を世襲する。

 このように表向きは四神会は出てこないが、要所要所に自分の傀儡を配置し、実質的に国を支配するという構想だ。

「ところで」

 野島が冴島の話をさえぎる。

「首相暗殺の件はなんとしても阻止したいが なにか具体的な情報はつかんだのか」

「実は、秋葉原に野島警部をお呼びしたのはこのためです」





 喫茶店を出てガードレール下をくぐる。

 ダンボール箱の中にホームレスの老人が寝ている。

 冴島は無言のまま進んでいく。野島はわけがわからずただ冴島について行く。

「ちょっと聞きたいんだけど」

 冴島はかがみ込んでホームレスに話しかける。

「アルマジロ料理の店、知ってる?」

 ホームレスは不審そうに冴島の顔を見る。

「知らねえよ」

「ゾウ料理の店ならどうだい。だったらキリン料理でもいい」

 ホームレスは上半身を起こすと、

「なにが聞きたい」

「四神会関係の話だが、首相暗殺プロジェクトについて知ってること教えてくれ。

 いつどこでやるのか。ヒットマンはだれなのか」

 ホームレスは無言のまま手を差し出すので、冴島は札束を渡す。

「しょうがねえな」

 ホームレスが言う。

「ちょっと足りねえが、まあ、教えてやろう」

 ホームレスがしゃべり始めると電車が通過したため、野島にはよく聞こえなかった。


(つづく)


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