第3話
鉄仮面(=TK)はテーブルでビーフウエリントンを食べていた。
覆面は脱いでソファーの隅に投げ捨ててある。
刑務官がエレベーターで立ち去るのを確認してから覆面を脱いだ。
しばらくだれもこのフロアには来ないはずだ。
不意にスマホが鳴る。画面には「野島真一」と表示される。
「鉄仮面か。野島だ。元気か」
聞き慣れた声がスマホから聞こえる。
「今、刑務所の事務室にいる。昼飯食ったら、話があるからこっちに来ないか。
盆を下げるときに刑務官がおまえを連れてくる手はずになってる」
「あいかわらず、強引ですねえ」
TKが答える。
「当たり前だ。今度は重要な案件なんだ。だからこっちも強引になる。
もうすぐおまえは仮釈放される。娑婆に出てる間に一仕事してもらいたいんだ」
「……」
「八重樫祥子にも話はつけてある」
スマホは一方的に切られた。
野島の旦那はいつも高圧的だ。だが彼の人脈は大事にした方がいいだろう。
今回も八重樫の姐さんに多額の金が融通されるんだろうな。
「受刑者203号を連れてきました」
牧田典之が言う。
パーティションで区切られた事務所の一区画のデスクには刑事たちが詰めていた。
牧田はプロレスの覆面をした203号の手錠をはずし、刑事たちの側に座らせた。
「そのマスク、そろそろ脱がないか」
警部の野島が言う。
「この部屋にいる人は全員身元を洗ってます。外国の工作員や八重樫組以外の暴力団関係者はいません」
刑事の青木が言う。
203号はおもむろに覆面を脱ぐ。
端正な顔立ちの青年が現れる。
「冴島君か、ひさしぶりだね」
初老の男が言う。
こいつ、冴島って名前なのか。牧田は胸の中で独り言ちる。
ところで、なぜこいつは顔を隠す必要があったのか。
顔に怪我があれば隠したくもなるが、なかなかのイケメンだ。
フランスの鉄仮面は国王というだれでも知ってる有名人の顔とうり二つだったから隠す必要があった。だがおれが思いつくかぎり、こいつに似た有名人はいない。
若い方の刑事は今、「この部屋にいる全員の身元を洗っている」と言った。だとしたらおれも調べられたのかな。
そんなことより、刑事の話から推察すると、こいつは外国の工作員と八重樫組以外の暴力団関係者に顔がわれるとまずい立場にいるわけか。
八重樫組はなぜ問題ないのか。つまり、こいつは八重樫組の関係者なのか。
「これはごぶさたしてます。西川先生」
203号はそう言って、初老の男と握手する。
「実は弁護士の西川先生にはおまえを法的に保釈するための書類作成をお願いしてある」
警部の野島真一が言う。
「費用はすべて若頭の八重樫さんに負担してもらってますのでご心配なく」
西川が言う。
「それから申し訳ないが」
野島が牧田たちに言う。
「ここからはわれわれだけで話がしたい。席をはずしていただけないか」
牧田が躊躇してると上司の森山が牧田の腕を引いて、パーティションを出る。
「でもあの男、どうして覆面してるんですか」
パーティションから十分離れると牧田は森山に訊いてみる。
「それには複雑な話があるんだ」
森山が言う。
「ところで上野の西郷さんって知ってるだろう。あの銅像の顔って、本物の西郷隆盛とは似てないという話を知ってるかな」
「いや、知りません」
「西郷は周囲に顔が割れるのを極度に恐れていた。できるだけ自分の顔写真を撮らなかった。それは命をねらわれてるからだ。顔が周囲に知られると西郷は刺客に殺されやすい。だからわざと顔を隠す。
おれが野島警部から聞いた話もこれと同じだ。
あの男は周囲に顔がわれることを極端におそれている。保釈されて娑婆に出たらさすがにプロレスのマスクはかぶらんだろうが、それでも医療用マスクをするなどできるだけ顔を隠すらしい。いろんな人間に命をねらわれてるからだそうだ」
「なるほど」
牧田はそう言ってみるものの、やはりあの男がなぜそこまでして顔を隠したがるのか、十分に理解できなかった。
(つづく)




