第23話
八重樫第2ビルの立体駐車場にホンダCBR600RRを停め、アサルトライフルとフルフェイスヘルメットも一緒に同じ駐車スペースに置いてきた。
TKは八重樫ビルの方へゆっくりと歩いていく。
大通りに出るといきなり側面から何者かにタックルされる。地面に仰向けに倒される。
しまった。ここで攻撃されるとは思ってもみなかった。
人民服を着た男がTKの上に馬乗りになり、執拗にTKの顔面を殴る。
意識が遠のいていく。こいつはまずいぞ。
「死ね」
人民服の男が拳銃を腰のホルスターから取り出し、TKの額に銃口をつける。
もはやこれまでか。TKは薄れゆく意識の中でそう思う。
歌舞伎町の八重樫ビル付近を歩き回っていた野島真一は、ふと仰向けに倒れた男の上に人民服を着た男が馬乗りになっているのを見つける。
人民服の男は祭林明だ。
祭は銃口を下の男の額に当てている。
「やめろ」
野島は咄嗟に銃を発砲する。
祭の腕に命中し、勢いで祭の拳銃が地面に投げ出される。
祭は片腕を抑えて、地面に横転する。
「ここだ、ここに来てくれ」
野島が叫ぶ。
四人の警官が祭を取り押さえる。
やや遅れて青木正樹が走ってくると、祭の下で仰向けになっていた男に近づく。
半分、意識を失いかけていたようだったが、青木が肩をさすると男はゆっくり起き上がる。
唇の端から血が流れている。
「おまえ生きてたのか。鉄仮面」
野島はそういいながら、鉄仮面――冴島陽介に手錠をかける。
「ただいま」
背後で声がするので振り向くと、あの男――鉄仮面、冴島陽介だった。
府中刑務所の刑務官、牧田典之はモップで203号の独房を掃除しているところだった。
受刑者203号、すなわち鉄仮面は死んだと聞かされていた。
うわさでは鉄仮面は冴島陽介という名前のマイナンバーカードを持っているらしかったが、冴島陽介としての戸籍もすでに抹消されたはずだ。
つまり法的には彼はこの世に存在していない。
「203号、生きてたのか」
冴島はそれには答えず、独房に入り、ソファーに腰かけ、プロレスラー用のマスクをかぶる。
「刑務官さん」
冴島が牧田に言う。
「夕飯まだでしょうか。今日はビーフウエリントンですよねえ。
サーバーをハッキングしたんで献立を知ってるんですけど。
早く食べたいんでお願いします。
ここのムショ飯はどこよりもうまいし、ビーフウエリントンは大好物だし」
「……」
悪びれも反省も微塵もない。受刑者がこんな態度なのは許しがたい。
牧田は無言のままひそかにそう思う。
「それと……明日の午後から女とデートしますんで、外泊します」
「なんだと……」
牧田は堪忍袋の緒が切れた。
「外泊なんか絶対に許さん」
「わたしだって、おととい知ったんです」
八重樫祥子が言う。
「陽介ちゃん、てっきり死んじゃったって思ってました。
それがおとといの夕方かな。このビルの屋上の”打ちっぱなし”に行ったら、彼がいたんです」
「このビルの屋上、ゴルフできるのか」
野島が言う。
「いや、銃の試射場になってるんです」
こんなことを警部に言うと銃刀法違反とか言ってこないかしら。祥子は少し気になった。
祥子の自宅にはパチンコ玉がつまったケースがいくつも積まれていた。
1階のパチンコ店『ガチンコ』から、野島の部下の若手刑事たちと八重樫組の若手組員が、パチンコ玉のケースをさっきから往復で運んでいるのだ。
3億円相当のパチンコ玉を祥子の自宅まで運ばなければならない。
これは今回の件で八重樫組がマルボウから受ける報酬だった。
マネ―ロンダリングした無税の金を祥子が受け取るにはパチンコ玉に換金しておくのが一番やりやすかった。
祥子と野島は応接室で向かい合って座っている。
祥子が曽根宮を銃殺した後、冴島からメールで長々と指示がきた。
曽根宮の死体を冴島の死体に偽装せよとのことだった。
まず加藤外科に死体を運び、顔を冴島に似るよう整形した。
ただし口周辺、特に歯型はきれいに検出できないよう、鈍器などで傷つけた。
これは死体を検死するとき歯型で本人を特定する場合があるからだ。
また硫酸など劇薬で指を洗い、指紋を検出できにくくさせた。
さらに冴島と同じ衣服を着せ、冴島のマイナンバーカードを入れた財布をスボンのポケットに忍ばせておく。
こうして冴島が”ちきゅう号”に細工した翌日の早朝、若手組員たちが東京湾に死体を捨てた。
また冴島は”ちきゅう号”から海に飛び込むところをだれかに目撃させた。
フリーダイビングが得意な冴島は長時間、海に潜っている自信はあった。
これにより、海に飛び込んで冴島が死んだように見せかけることができたのだ。
後から知ったことだが、曽根崎の体に銃で撃たれた跡があるが、冴島も海に飛び込むとき玄武が冴島に発砲しており、死体の弾痕も冴島の死を偽装するのに一役買った。
冴島が死んだふりをしたのは敵を油断させるためだ。
鉄仮面が死んだと思わせれば、日米合同委員会の幹部も四神会の幹部も警戒を解く。
その方が彼らを暗殺しやすくなる。冴島はこう考えたのだ。
ただし味方にも自分が生きていることを冴島はわざと伝えなかった。
「でも、陽介ちゃんがあの後、どこで過ごしていたか知らないわ」
祥子が言う。
「『ラスボス』ですよ」
パチンコケースを運びながら、そばを通りかかった三崎が言う。
「池袋のネットカフェです。私が鉄仮面君に教えたんです。
あそこでずっと寝泊りしてたみたいですよ」
するとパチンコ玉がケースから落ちる。
三崎はあわてて拾う。
祥子はパチンコ玉を両手いっぱいに拾って、野島に差し出す。
「これ、わたしの驕りです。警部さん、『ガチンコ』で遊んでいきませんか。
ここだけじゃなく、渋谷店や大崎店でも使えます。『ガチンコ』はチェーン展開してますんで」
「だめだ」
野島が言う。
「われわれは公務員だ。ヤクザからワイロなんかもらったら、首が飛ぶぞ」
野島が自嘲気味に笑う。
不意に野島のスマホが鳴る。野島はしばらく話した後、いらだたしげにスマホを切る。
みるみるうちに野島の表情がけわしくなるのを祥子は見逃さなかった。
「どうなさったんですか」
「実は、府中刑務所からの電話だったが……鉄仮面のやつ、脱獄しやがった」
(つづく)




