第19話
警視庁捜査四課の窓から巡査の青木正樹は外を眺めていた。
祭は警視庁本庁ビル正門前に停めた黒いリムジンに乗り、去っていく。
身元引受人は宗教団体、朱雀真宗。保釈金を捻出したのは青龍アセット社。いずれも広域指定暴力団、四神会のフロント法人だった。
これまで拘置所にいた祭林明容疑者が不起訴処分となり、保釈金と引き換えに娑婆に帰っていく。
祭は確かに首相暗殺事件の犯人ではない。だが真犯人に替わって犯人役を演じるという犯人グループの一員だ。その意味では共犯者と言っていい。
その祭からなんの手がかりもつかめないまま、祭が釈放されてしまうのは、これまで捜査してきた青木にとり、やりきれない気持ちがあった。
「どうした青木」
野島が声をかける。
「くやしいんですよ。あいつが釈放されるのが」
「おまえの気持ちはわかる。だがここは我慢するしかないぞ。
そんなことより、鉄仮面が死んだといううわさを知ってるか」
「えっ?」
竹芝埠頭には、「立入禁止」と書かれた黄色いバリケードテープが張り巡らされていた。
多くの警官や関連職員がテープ内を右往左往している。
所轄である愛宕警察署の鑑識係、米村公男は、打ち上げられた死体を検分していた。
Tシャツにジーンズを穿いた男性。年齢は二十代から三十代前半と推定される。
ポケットにあった財布にマイナンバーカードが入っていて、顔写真付きで氏名は「冴島陽介」。
写真の顔にくらべ、死体の顔はかなりむくんでいたが、確かに似ている。長時間、海水に浸かったせいで顔がむくんだのだろうか。
また歯や口の周囲に外傷がある。飛び込んだときにどこかにぶつけたのか、銃が当たったのかわからないが、歯型が取りづらい。
指先がただれていて指紋が取りにくい。海水で皮膚が炎症を起こしたのだろうか。
いずれにせよ、遺体は「冴島陽介」という人物でまちがいなさそうだ。
米村はそう思う。
玄武和義はバリケードテープの外から死体を観察していた。
あの死体は鉄仮面、冴島陽介にまちがいないだろう。
そう思い、スマホで鳳正太郎に電話した。
彼の息子の仇、鉄仮面の死を伝えるために。
「遺体を確認いただきたいのですが」
鑑識係の米村が言う。
米村はおもむろに白い布をどける。
真っ白い男の死顔が現れる。
愛宕警察署の霊安室は薄暗かった。
白い布に包まれた男の遺体がストレッチャーに横たわり、その周囲を米村、野島、青木が囲む。
野島と青木が身元引受人の代理ということで愛宕署に呼ばれた。
「どうでしょう」
野島が言った。
「本人かどうかは断言できませんが、顔は似てる感じはします」
「海水でむくんだんですかねえ」
青木が言う。
「もう少しやせていた感じはしますが、顔は似てますんで、絶対別人とも言い切れません」
「生前と遺体とでは、少し感じが変わりますよ」
米村が言う。
スマホで時刻を確認しながら、葛西臨海公園の海辺に祥子が佇んでいる。
その少し後ろに三崎が気をもんでいる。
「若頭、もう行きましょうよ」
三崎が言う。
「もう少しだけ待って」
祥子が言う。
すると突然、地面が揺れる。
三崎は「わあ」と叫んで転倒しそうになる。
次の瞬間、二人とも海からの強い波を浴びて、全身びしょ濡れになる。
「だいじょうぶですか」
三崎がポケットからハンカチを出して、祥子の全身をふこうとする。
「やめなさい。わたしの体に触れないで」
「……」
「人工地震も人工津波もまあまあ防げたんじゃないかしら。
陽介ちゃんがやったこと、百点満点じゃないかもしれないけど合格点ってところかしら」
「ところで鉄仮面君ですが、生きてるんですかね」
「さあ、わからないわ。あれから連絡ないし、死んじゃったかもしれないわ」
祥子は目に涙を浮かべているのを三崎は見逃さなかった。
首相官邸の南会議室で記者会見が開かれていた。
登壇者は南野静子内閣総理大臣。
記者クラブ所属の記者がほとんどだが、フリージャーナリストの神谷日美子もなんとかもぐり込んだ。
南野首相は与党である国民平和党と日本民族党の連立を解消し、副総理兼行政改革相の増山大樹を内閣から更迭した。
また政府保有の米国債100兆円を売ることを決意した。
この二つの案件に関して記者たちの質問が相次いだ。
日美子にも質問する機会が回って来た。
「フリージャーナリストのクイーン・ヒミコと申します」
日美子はマイクを持ってしゃべる。
「今回、SNSなどネットのうわさでは、米軍から500兆円の米国債を買わないなら人工地震を東京で起こすと脅迫を受けたとのことですが、真偽はいかがですか」
「それは陰謀論です」
南野首相が答える。
「そのような事実は一切ありません」
するとそのとき地震がある。
会場は一時騒然となるが地震はすぐ収まる。
日美子はスマホを操作すると、東京は震度3、津波のおそれはなし、と書いてある。
(つづく)




