第18話
スマホの着信音にようやく気づく。シャワーの音にかき消され、聞こえなかったのだ。
シャワーを止め、浴室から出ると八重樫祥子はバスタオルで軽く髪をふいた後、全身にバスタオルを巻いて寝室へ行く。
カラーボックスの上に置いたスマホを取る。冴島陽介からだ。
「陽介ちゃん、どうしたの」
「姐さん、気をつけて。曽根宮が今、姐さんを暗殺しに来るかもしれない」
「なんですって」
「三崎さんにもこの後、電話するつもりだけど。彼は姐さんのマンションの鍵持ってるんでしょう。
緊急時に中に入れるように」
「よく知ってるわね」
スマホを切るか切らないかぐらいに、寝室のドアが開き、ジャックナイフを持った曽根宮隆英が入って来る。
「曽根宮君、どうしたの」
曽根宮はなにも答えない。
「死ね」
曽根宮がいきなりジャックナイフで襲いかかる。
祥子はすばやくよけるが、バスタオルがはだけ、全裸になってしまう。
あらわになった背中の牡丹の刺青は、匠とされる関西の彫師の手によるものだ。
祥子はスマホを曽根宮に投げつける。曽根宮がひるんだすきに素早くガラステーブルに置いたエルメスのハンドバックをつかみ、中からスミス&ウエッソンを取り出す。
この前、歌舞伎町商事で新調したばかりだ。
「やめなさい」
祥子は曽根宮に銃口を向ける。
だが曽根宮が襲いかかってくるので引き金を引く。銃声が響く。
祥子はベッドに押し倒され、その上に曽根宮の体が覆いかぶさる。
「いやっ」
祥子はベッドから降りる。
胸から血を吹き出した曽根宮の死体が仰向けで床に転がる。
「若頭っ、だいじょうぶですか」
三崎昇が銃を持って寝室に入って来る。
「失礼しました」
三崎は祥子が全裸なのに気づき、あわてて眼を床に落とす。
「あんた」
祥子が三崎に言う。
「極道なら女の裸ぐらいでビビってんじゃないわよ」
「米国債は買わないでください」
松田聡が言う。
「しかし」
南野首相が言う。
「そんなことをしたら、東京都民が600万人から800万人まで亡くなることになるわ。
米軍が人工地震と人工津波を起こすって脅迫してますし」
「ご心配いりません」
野島が言う。
「われわれが、人工地震と人工津波を食い止めます」
首相官邸の応接室のソファーには、内閣総理大臣の南野静子、警視総監の松田聡、警部の野島真一が詰めていた。
部屋の隅には三人のSPが立ったまま待機している。
野島は資料を渡して説明を始める。
南野首相は副総理の増山大樹と米国大使から、500兆円の米国債を買うよう要請されている。そしてもし要請に応じない場合、在日米軍が東京に人工地震と人工津波を引き起こすと警告もした。
これに対し、警視庁捜査四課、通称マルボウでは、コードネーム鉄仮面という特殊工作員を任務に当たらせている。
人工地震および人工津波は海底で核爆弾を爆破させて引き起こす。
具体的には地球深部探索船”ちきゅう号”が東京湾に三発の核爆弾を埋めて爆破させる。
この”ちきゅう号”内の専用コンピュータで核爆弾の爆破時刻をパラメータ制御するが、パラメータを調整することで地震や津波の大きさは変えられる。
そこで鉄仮面がちきゅう号”に潜入し、あらかじめ作成したデータの入ったリムーバルメディアを用い、専用コンピュータに最適パラメータをインストールする手はずになっている。
これにより地震も津波も食い止められ、国債を買わずとも東京都民の生命は守れる。野島はそう力説した。
「うまくいくかしら」
と南野首相。
「われわれを信じて下さい」
野島が力強く言う。
竹芝埠頭に数隻の船が並んでいる。
その中でひときわ目立つ奇妙な船。それが”ちきゅう号”だ。
船体中央に巨大な鉄塔のデリックがそびえ立っている。
昼休みだった。この時間は通常の職員はいない。四神会関連の人間が警備しているだけだ。
TKは甲板を観察した。警備は三人。服装は全員カジュアルだが、いずれも赤いネックストラップに社員証のカードホルダーを下げている。しばらくすると一人が船内に入っていく。
TKは白いTシャツ、青いジーンズに黒いスニーカーといったラフな格好だ。
背中に緑色のナップザックを背負っている。ナップザックの中には銃などを入れてある。
TKは埠頭から跳躍して甲板に飛び乗る。ナップザックを開き、準備する。
片手にサイレンサー付拳銃を持ち、青いタオルで隠す。
「困るよ。勝手に乗船しては」
警備員が一人、TKに近づいてくる。
「実はですねえ。道をおたずねしたいんですが」
TKはわざと大きな声を張り上げ、タオルで隠した右手を相手の腹につける。
引き金を引くとボスッという音が聞こえるが、それをかき消すよう大声で話し続ける。
もう一人の警備員は気づいていないようだ。
TKは殺した警備員の体を引きずってマストに隠れるように置き、警備員のネックストラップをはずして自分にかける。
TKは船内に入ろうとする。
「おまえ、何者だ」
振り向くと警備員が拳銃を構えている。
TKは素早くタオルで隠したサイレンサー付拳銃を撃つ。
警備員は静かに甲板に仰向けに倒れる。
船内に入り、操舵室を見つける。
操舵室には一人の警備員が壁際のベンチシートに腰掛け、缶コーヒーを飲んでいる。
「おつかれさまです」
TKはそう言い、ポケットからUSBフラッシュを取り出す。
専用コンピュータはすぐ見つかったが、USBコネクタを見つけるのに手間取った。
ソフトウェアを立ち上げ、データをインストールする。
無事インストールが完了し、USBフラッシュをはずす。
「なにやってるんだ」
TKの肩に手を置く者がいる。
振り向くと缶コーヒーを飲んでいた警備員だ。よく見るとどこかで見た顔だ。
「おまえか」
ジョージ・スズキだった。
ジョージはTKを殴ると、腕をつかんで体を投げ飛ばす。
TKは床に倒される。拳銃も床に転がり、ジョージに奪われる。
「この前は見逃してやったが、今日はおまえを殺すぞ」
TKはジーンズの裾をまくり、隠してあったジャックナイフを取り出す。二本のゴムバンドをすねに巻き、ジャックナイフをはさんでいたのだ。
立ち上がりざまにTKはジョージのパンチをかわし、腹にジャックナイフを突き刺す。
ジョージは床に倒れ、手足をけいれんさせ、しばらくすると動かなくなる。
TKは銃を拾い、操舵室を出る。
甲板に出ると、埠頭に四神会のヤクザと思われる男たちが数名並んでいる。
中央にいるマシンガンを構えた男は玄武和義だった。
「おまえが冴島陽介か」
玄武が言った。
「いや鉄仮面と呼んだ方がいいかな。
どっちでもいいが、ここで死んでもらうぞ」
玄武はマシンガンを乱射する。
TKは瞬時に跳躍し、甲板から海に飛び込む。
(つづく)




