第17話
東京四谷の地球神宮寺では、ミサを終えたばかりの玄武和義が控室に戻ると、鳳正太郎と曽根宮隆英が待機していた。
鳳は四神会会長、曽根宮は玄武がヤエガシ・システムズ社にスパイとして送り込んだ四神会の部下にして朱雀真宗の職員だった。
三人とも長テーブルを囲んで座る。
「残念な報告があります」
曽根宮が言う。
「ご存じでしょうが、中国副主席、楊浩然の暗殺計画は未遂に終わりました」
「知ってる」
玄武が言う。
「われわれの暗殺計画を妨害したのは、マルボウと八重樫組です」
「行方不明の息子はどうなった」
鳳は言う。
「やつらに殺された模様です。まだ死体は発見されませんが、やつらが隠したと思われます」
「だれがワシの息子を殺したんじゃ」
「鳳淳也副会長を殺害したのは、コードネーム鉄仮面というマルボウが雇っているヒットマンのようです。彼の日本名は冴島陽介です。もちろん、本名かどうかわかりませんが」
鉄仮面だと。玄武が心の中でつぶやく。ふざけたコードネームだ。
「鉄仮面を殺せ」
鳳は全身を震わせる。
「息子を殺したやつを許すわけにはいかん」
「とりあえず、やつらのスーパーコンピュータにウイルスを忍ばせ、壊しておきました。
しばらく復旧するまで、高度な情報処理はできないと思います」
「それだけじゃだめだ。鉄仮面を殺せ」
鳳はしばらく鉄仮面、マルボウ、そして八重樫組に悪態をついた後、心を落ち着け、しばらく二人に東京を離れるよう指示した。また今日ここに来た理由もそれを伝えるためだとも言った。
「どうして東京を離れないといけないんですか」
玄武が訊く。
「昨日、日米合同委員会の特別臨時分科会に参加したんだが、米軍が東京湾に人工地震を仕掛けるかもしれん。そうしたら巨大津波が発生して、23区のほとんどの地域は被害を受ける」
「いつ人工地震が起きるんですか」
と曽根宮。
「早ければ1週間後じゃ」
「そうですか。でしたら1週間以内に一人はバラします。鉄仮面が無理でも八重樫組の幹部ぐらいはやれると思います。東京を離れるのはその後でもいいでしょうか」
「そうじゃな。ほっておいてもやつらは人工津波で死ぬかもしれん。じゃが極道なら、自分の手で復讐するのが筋じゃろうて」
人工地震に人工津波か。聞いたことはあるが、米軍の最新軍事兵器にはついていけない。
玄武は胸の中でつぶやく。スマホにもテクノストレスを感じる自分。最近の技術の進歩はおれには速すぎる。
ネットカフェ『ラスボス』は池袋の北口から歩いてすぐだった。
ペンシルビルの三階だった。
八重樫ビル地下2階のデーターセンターに設置したスーパーコンピュータが今朝から動かなくなったから、三崎昇がTKを連れて『ラスボス』に連れてきた。
この店はエイトナインスリー社が運営しており。臨時でスーパーコンピュータを使えるとのことだった。
昨日までに入手した情報で驚くべきことがわかっていた。すべては昨日まで稼働していたヤエガシ・システムズのスーパーコンピュータのおかげだった。
日米合同委員会の特別臨時分科会では、日本政府に500兆円分の米国債を1週間以内に購入することを要請するよう決定した。
これは米本国から来た指令で国家デフォルトの危機を回避するための苦肉の策だった。
もし日本政府がこの要請を拒否した場合、在日米軍は東京湾海底に人工地震を起こす。この地震のため巨大な人工津波が東京23区の大半を襲い、シミュレーションでは600万人から800万人の死者が出る。
四神会経由で副総理の増山大樹に伝え、増山が南野静子総理大臣に最終決断を迫るというシナリオだ。
TKはすでにマルボウの野島警部にこの情報を伝え、祥子や三崎にも説明した。
この人工津波を回避する作戦としてTKが思いついたのは、パラメータの変更だ。
彼らが人工地震を起こす手順はこうだった。最初に海洋開発機構の地球深部探査船”ちきゅう号”を使い、海底に三発の核爆弾を埋める。
核爆弾が爆発すると海底の海水が地下のマグマに達し、地震が発生する。この地震が海流に影響し合い、人工津波が起きる。
だが人工的の起こされた津波は自然の海流の波動と共鳴したり、干渉したりして、大きさが変わってくる。三発の核爆弾のそれぞれ爆破するタイミングをずらすことで、津波は大きくも小さくもなる。
人工地震自体も三発の爆破時刻をずらすことである程度まで大きさを制御できる。
”ちきゅう号”内の専用コンピュータはスタンドアロンだが、ここに核爆弾の爆破時刻が指定される。
したがって、この爆破時刻を変更したパラメータをインストールすれば、人工津波の大きさを最小限に抑えることが理論的には可能だ。
ただし、このためにはスーパーコンピュータで流体力学的シミュレーションが必要になる。
米軍基地内にあるサーバーの気象兵器シミュレーションソフト、『DEVIL』にアクセスできれば、これは可能だとTKは考えた。
『ラスボス』の受付は白髪の老人だった。
TKは三崎について受付に行く。
「アルマジロ料理の店、知りませんか?」
三崎が言う。
「はい? 存じ上げませんが」
「ゾウ料理の店やキリン料理でもいいんですけど」
老人は引き出しから黒いカードを取り出し、三崎に渡す。
「この一番奥の個室です」
「どうも」
三崎は一礼して店の奥に進む。TKもついて行く。
「うちはいつも暗号ごっこだから」
三崎がTKに微笑む。
奥の部屋に着くとカードを挿入する。
部屋の中はちょっとしたホテルのスイートルーム並みに豪華だった。
タンスのようなスーパーコンピュータが部屋の奥に鎮座し、作業用デスクにはマルチディスプレイ、キーボード、マウス、ジョイスティックが置かれている。
この他、ベッドやソファ、冷蔵庫もある。
三崎がソフアーに座り、ジュースを飲んでくつろいでいる間、TKは早速、スーパーコンピュータを稼働した。
『DEVIL』にアクセスし、シミュレーションを試みる。
「そう言えば最近、気になってるんだが」
三崎が言う。
「うちの曽根宮を知ってるかい。あいつ、もしかしたら四神会のスパイじゃないかって疑ってるんだ。
うちのスーパーコンピュータにウイルスを仕掛けたのも彼かもしれない」
「調べる方法はないんでしょうか」
TKが言う。
「彼の業務用LINEのIDを教えようか。パスワードはわからないが」
三崎はIDをメモに書いてTKに渡す。
TKは『DEVIL』の作業を中断し、ブラウザのタブを新たに開き、パスワード推論AIにアクセスしてみる。
しばらくして曽根宮のLINEのログが出てくる。朱雀真宗教祖にして四神会の幹部、玄武とやり取りしていることがわかる。
「やっぱり、曽根宮ってやつはあやしいな。玄武と連絡し合ってますね」
TKが言い、ブラウザの『DEVIL』のタブを開く。
三崎は用を思い出したので八重樫ビルに戻るといい出した。
三崎が去ってから、TKは長時間、『DEVIL』と格闘していた。最適なパラメータを見つけるまで時間がかかりそうだ。
そのうちにふと、気まぐれでタブをクリックし、曽根宮のLINEを見てみる。
――今日、八重樫組の若頭をバラせ
数分前、玄武から曽根宮に宛てたメッセージだ。
TKは慌てて祥子にスマホをかける。
(つづく)




