第16話
カウンター席の隅で一人で飲んでいる青年が目に入る。
あの男だ。まちがいない。
神谷日美子は男に近づく。
「やっぱりここに来てたのね。冴島君」
日美子が言う。
「ここいいでしょう」
日美子は強引に男の隣に座る。
「やっぱり、あんたか」
男――冴島陽介が言う。
「この前のLINEトークだけど、殺されかけたよ」
「なにがあったの」
「まあ、いろいろね」
『ユイット・ナフ・トロワ』はいつになく混んでいた。
騒がしいのは日美子は嫌いだったが、冴島と再会できたのはうれしかった。
「こちらお店のサービスです」
バーテンが金魚鉢に入った特大アイスティを二人の前に出す。金魚鉢には二本のストローがさしてある。
「ただいまカップルのお客さま限定でサービスしてます」
日美子と冴島は顔を見合わせた後、一緒にストローを吸う。
八重樫ビルの地下2階はデーターセンターでヤエガシ・システムズ社のサーバー群が設置されていた。サーバーにはスーパー・コンピュータもあった。
三崎昇は40型デュアル・ディスプレイの前に座り、キーボードとマウスを動かす。
右のディスプレイには警視庁の野田と青木の二人が並んでうつり、左のディスプレイにはサイドバイサイドで祥子と冴島がうつっている。祥子と冴島は同じ祥子のマンション内の別々の部屋にいる。
三崎はあまりZoomが好きではなかった。
「報告します」
冴島が言う。
「先日、麻布のニュー山王ホテルに侵入して、各部屋に盗聴器と隠しカメラを設置しました。
途中、米兵に捕まり、拷問されかけましたが、なんとか脱出しました。
ご存じの通り、ニュー山王ホテルでは日米合同委員会の会議が分科会も含め、常時行われます。
こちらをご覧ください」
冴島の顔が消え、かわりに複数の部屋の様子がコマ割りで表示される。
こいつはすごい。三崎はそう思う。
「鉄仮面、よくやったな」
野島が言う。
「できれば毎日、日米合同会議を観察してくれ。日本によからぬことを企まないようにな」
「もちろん、そのつもりです」
と冴島。
「もう一つ報告ですが、来週、中国副主席の楊浩然が来日予定です。
日米合同委員会は楊の暗殺を企んでいるようです」
「なんだと」
「特に来日最終日、ホテルニューオータニでの記者会見の席が最も危ないようです。
詳しい情報は引き続き収集しますが、警察には厳重な警備体制をお願いします」
「わかった」
「歌舞伎町商事でサイレンサーを特注したのは」
祥子が口をはさむ。
「そのための準備だったの?」
「もちろんです」
三崎はふと人気を感じて振り返る。
すると曽根宮が佇んでいる。
「どうした。ここは私の許可がなくては立入禁止だぞ」
三崎が言う。
「すいません。すぐ戻ります」
曽根宮はそう言って、その場を後にする。
あいつはなにものだ。どこかの組織から送り込まれたスパイじゃないだろうな。
カメラマンの恰好をした鳳淳也は、ホテルニューオータニの二階「鶴の間」の記者会見場にいた。
長テーブルに楊浩然中国副主席と南野首相が並んでいる。
記者たちの質問が続く中、淳也はカメラを撮りながら、徐々に前に進んでいく。
ホテルマンの制服を着たTKと三崎は早くも淳也を発見した。
「三崎さん、おれについて来てくれ」
TKが三崎の耳元にささやく。
「わかった」
と三崎。
TKはサイレンサー付ケッヘラー&コッホにタオルをかぶせ、淳也の背後に近づいていく。
おそらく淳也はスーツの内ポケットあたりに拳銃が忍ばせてあるのだろう。
淳也が拳銃の射程距離まで副主席に近づいたとき、TKは淳也の背中にタオルをかぶせた銃を当て、引き金を引く。
ボスッという銃声は聞こえたが、周囲の喧噪に飲まれてしまった感じだった。
「お客さま」
TKは動かなくなった淳也の体を羽交い絞めにする。
「気分が悪いようですね。こちらへどうぞ」
TKと三崎は淳也の体を左右両側から支え、引きずっていく。淳也の口から血が流れている。
エレベーターに乗せ、1階に着くと、そのままロビーを横断して外にでる。
「早くして」
ジャガーの脇で祥子が言う。
TKと三崎は淳也の死体とともに後部座席に乗る。
祥子がジャガーを急発進させ、その場を疾走する。
(つづく)




