第14話
朝起きると、午前10蒔を回っていた。
神谷日美子はベッドの中で大きく伸びをする。
気がつくと全裸だった。見知らぬ場所だった。
ゆうべ新大久保のラブホテルに泊まったことを思い出すまでやや時間がかかった。
歌舞伎町のバー『ユイット・ナフ・トロワ』で若いイケメンの男を逆ナンパした後、新大久保まで歩いてこのホテルに泊まった。
男は冴島陽介。
マルボウから八重樫組に派遣されたスナイパー兼工作員だ。
ホテルに連れて行くと、冴島は獣のようにたくましく、日美子はこれまで経験したどの男よりも激しく燃えた。
ベッドの上で日美子は何度も絶頂に達し、いつのまにか寝てしまっていた。
日美子は立ち上がり、冴島をさがす。ところがもうすでに冴島はいなかった。
金を取られたのでは。そう思い、日美子は財布をさがしたが、財布の中を調べると現金もカードも盗られていなかった。
あの男、どこに行ったのかしら。
スマホを確認すると、LINEに冴島を登録していた。これであの男にもう一度会えるわ。
東京麻布のニュー山王ホテルの一室では日米合同委員会の特別臨時分科会が開催されていた。
日米合同委員会は日米地位協定を実施するための実務者会議とされ、在日米軍幹部と外務省北米局長などの高級官僚の間で定期的にニュー山王ホテルで開催される。
会議内容は非公開が原則だ。
第二次大戦で日本が米国に無条件降伏後、一九五一年のサンフランシスコ講和条約で日本は表向きに主権を回復した。だがその後も米国が日本を実質的に植民地支配するために作られた組織、それが日米合同委員会だった。
しかしながら日本の大手マスコミがこの事実を報道することはない。報道規制されているからだ。
ロッカー内に長時間いるのは居心地悪い。
TKは息を殺し、わずかな隙間から部屋の中をうかがった。
まだだれも来ないうちにロッカーに忍び込んだが、出席者全員が揃い、そろそろ会議は始まる雰囲気だ。
部屋の中は六人。そのうち一人は椅子に座らず、部屋の隅に直立した警備兵だ。警備兵はマシンガンを肩に担いでいる。
すでに祥子にあてがわれたカーリーリナックスPCで出席者のことは調べ上げていた。
スマホをいじりながらTKは主席者の顔を確認する。スマホから、彼らの顔写真と肩書をリンクしたデータを見ることができた。
警備員はジョージ・スズキ。父親は在日米軍の黒人兵。母親は日本人女性。横浜生まれの横浜育ちでバイリンガル。
父はすでに退役し、両親は米国へ帰ってしまったが、ジョージは米国陸軍に入隊。横田基地に勤務して日本に残った。
議長を務めるのは外務省北米局長の沢島正芳、副議長は在日米軍司令部副司令官のトム・ガーシェンフェルドで、彼の方が実質的なボスだ。
副指令の他に軍服を着た男がいるが通訳だろう。名前はわからない。
この他、民間人ながら四神会の鳳正太郎会長の姿が見える。
残りの一名は正体不明だが人民服を着ているから中国人だろうか。
ジョージと通訳は二十代、鳳は六十代の老人、他の二人は四十代くらいの中年だろうか。
「それでは定例会議を始めます」
議長の沢島が言うと通訳が素早く英語にする。
「最初に昨夜のことを誤ります」
鳳が言う。
「私の息子が横田基地のみなさんにご迷惑おかけしました」
鳳は息子の淳也がコンビニ強盗した帰り道、パトカーに追われたので横田基地内に入れてもらい、警察をやり過ごしたことを詫びた。
「そんなことは気にしないでください」
ガーシェンフェルドの英語を通訳が素早く訳す。
「問題は南野首相の暗殺計画が失敗したことです。これで計画していた日中戦争が延期になりました」
「申しわけない。実は提案ですが、来週、中国副主席の楊浩然が来日します。
来日最終日にホテルニューオータニで南野首相で記者会見が予定されたますが、この席で副主席を暗殺します。
そうすれば中国としても日本に悪感情を抱き、日中戦争勃発の引き金なるかと思います。
なお暗殺の下手人は息子の淳也にやらせてください。
本人も昨日の件で在日米軍さんに落とし前をつけたいと申しております」
「落とし前ですか。さすがにジャパニーズ・ヤクザの心意気ですね」
「ところで」
中国人が日本語で口をはさむ。
「自己紹介がまだですが、私は青幇の極東支部長、呉俊宇と申します。
ご存じの通り、青幇はアジア最大のマフィア組織です。私たちは中国共産党とは違います。
中国共産党も本心では日本を軍事的に征服したいという野望はありますが、ただ米国CIA主導で日本を征服したくはないのです。
私ども青幇は中国共産党と米国CIAの二つを結ぶ、両者を調整する組織です。
米国に完全には与しませんが、さりとて中国にも完全には媚びない。
このプロジェクトが完遂すれば、東日本は米国、西日本は中国の領土になります。そして東京23区はあなたたち四神会が独立国、東京公国を立ち上げるのです」
「そのつもりですが、まず日中戦争を起こさないとなにも始まりません」
鳳が言う。
「実は今回、首相暗殺未遂の犯人役である祭林明は、もともと青幇のメンバーだったことをご存じでしょうか」
呉が言う。
「もしかしたら朱雀真宗の玄武さんもご存じないかもしれませんが」
呉の説明はこうだった。
昔、大阪心斎橋で青幇と四神会で縄張り争いがあった。
このとき四神会から金で買収されて青幇を裏切って情報提供した男が祭だった。
結局、心斎橋の縄張り問題の件は双方で手打ちになり、解決した。
祭は青幇には戻れず、悩んで宗教団体、朱雀真宗に入信した。
入信したのは四神会の幹部でもある玄武のアドバイスだった。
昔のことなので青幇としては今さら祭を処分するつもりはない。
ただ祭は青幇時代、精鋭の工作員だった。一流の中国拳法を身につけ、銃の扱いもうまい。
そのことを玄武に伝えてもらいたい。そうでないと宝の持ち腐れになる……。
そのとき、TKのスマホが鳴る。
すぐ音を消したが消音モードにしなかったことが悔やまれる。
クイーン・ヒミコからのLINEトークだった。
「手を上げろ」
その声はロッカーのドアが開けられるのと、ほぼ同時だった。
TKは手を上げる。
マシンガンの銃口を向けたジョージは、あごでロッカーから出るようTKに指示する。
TKがロッカーから出ると、肩を荒々しくつかんでひざまずかせ、両手を頭に付けさせる。
兵が一人部屋に入り、TKの肩に麻酔注射をうつ。
次第に意識が遠のいていく。
(つづく)




